第六章 付けられた烙印③
木庭の言葉が心に刺さってしまった彩夢は、その夜、なかなか寝付けずにいた。
やっとうとうとしかけたその時、彩夢はなりだした電話に飛び起きる。
枕もとの時計は、深夜一時を回っていた。
受話器の向こうで、和歌子の涙声が途切れ途切れに、哲司の急変を知らせる。
彩夢はおぼつかない手つきで着替えを済ませ、下のホールへ降りて行くと、図ったように、椎野木が姿を現す。
「彩夢様、お急ぎください」
「椎野木」
この偶然を、今の彩夢には疑う余裕はなかった。
開かれたドアの中へ飛び込む。彩夢の躰が小さく震えていた。
ミラー越しに映るそんな彩夢に、椎野木は何かを言いかけて止める。
深夜の道はとてつもなく闇へ向かっているようで、彩夢には恐ろしく思えた。
ポッと現れた病院の灯りへと、彩夢は足をもつれさせながら吸い込まれていくのを、椎野木は複雑なまなざしで見つめる。
「ご苦労」
その声に、篠木は深々と頭を下げる。
祥希が満面の笑顔で言うのを、椎野木は頭を下げたまま、唇を噛む。
動揺しきった和歌子が、彩夢を見つけ、泣き崩れる。
しばらくして、バタバタと書けてくる足を戸が聞こえ、彩夢はその人物を見て、眉を顰める。
「彩夢さん」
「……十三丘様が、なぜ?」
「お忘れですか? ここは十三丘製薬の取引先の一つってことを」
すべてを語らなくても、その言葉だけで充分だった。
なかなか会おうとしない彩夢に、源次郎の言葉が頭に蘇る。
「利あって害なしの男。そう割り切ることが、時にして必要だと、肝に命ずるんだな彩夢」
目の前で愁傷な顔を作る祥希を、彩夢はじっと見つめる。
それから祥希は日を開けず、哲司のもとに姿を現すようになり、彩夢は心を揺るがす。
観念すべきなのだろうか……。
「まぁ」
和歌子が目を大きくして、彩夢を見る。
見舞いに持ってきた花の中に、見舞金がしのばされていた。
「僕の伝手で、移植できないものか、探させています。僕が出来ることなら、何でも手伝います。ですから、お気を落とさずに」
哲司は一命は取り留めたものの予断を許さない状態だった。
和歌子が涙ぐみながら礼を言う。
「十三丘様、このようなことをされては」
「何を言っているの彩夢。祥希さんに失礼でしょ。それにママは、二人の結婚に、大賛成よ。ここまでして下さる方なんて、そうそういないわ」
「そうですよ彩夢さん。こういう時は甘えるべきです」
「しかし」
「良いじゃありませんか。近い将来、家族になるわけですし」
にこやかに言う祥希に、彩夢は表情を硬くする。
「十三丘様、少しお時間よろしいですか。あちらでお話をしませんか」
場所を変えようとする彩夢を、祥希は後ろから抱きしめる。
「もういいではありませんか。彩夢さん、あなたはその若さでよく頑張った。あとは年の功があるこの僕に任せて下さい。彩夢さんに悪いようにはしないことを、お約束します。お父様のことも、すぐに手配させましょう」
彩夢は泣きたかった。
抱えきれないものに、押し潰されそうだったのは、事実である。
祥希が彩夢に向きを変えさせる。
「年齢が離れている分、彩夢さん、あなたを大切にする。だからどうか僕のこの気持ちを、受け入れて欲しい」
祥希の胸に、彩夢はそっと額を押し当てる。
女がてらに、立ち回ろうなんて、到底無理だった。そう認めてしまうのは悔しかった。源次郎が嘲笑う顔が、頭にチラつく。しかし、意識を戻さない哲司の手を握る和歌子を、無視することなど、彩夢にはできない。
強く抱き返して来る祥希の口元が、わずかに緩む。
そこに言葉はなかった。




