第六章 付けられた烙印①
「……ここは?」
ぼやけた視界に祥希の顔が映る。
「気が付かれましたか」
ハッとして、彩夢は起き上がる。
「会議は?」
「ご安心ください。滞りなくすべて承認されました」
彩夢は祥希の言葉に、目を瞠る。
……哲司を守れなかった。
「わたくし、帰ります」
呆然としたまま、退室しようとする彩夢の手を掴んだ祥希がほくそ笑む。
「そう言わず、お食事をご一緒しましょう。今後の僕らの話もしたいし」
「おふざけにならないで。わたくしはあなたとは結婚いたしません」
「聞き分けのないお人だ」
祥希の口調が少し変わり、彩夢は息を飲む。
太刀打ちが出来ないままなのかと思った矢先、祥希の携帯が鳴りその手が振り解かれる。
彩夢は足の震えが止まらなかった。
電話に出るため、部屋を出ていた祥希が戻って来る。
「申し訳ありません。僕から誘っておきながら急用ができてしまいました。お食事はまた今度ご一緒しましょう」
余程急いでるらしく、そう言い残し、祥希は足早で部屋を出て行った。
「彩夢様、お加減はいかがでございましょう」
祥希と入れ替わりに若槻が部屋へ入って来る。
「少し気分が悪いだけですわ」
「ではこのままご自宅の方へ戻られますか?」
「いいえ。父のところへ参ります」
「お嬢様、これをお飲みください。少し楽になられるかと」
「これは」
「サプリメントでございます。奥様がお渡しになるよう預かって参りました」
「ママが」
「ええ。最近眠られていないようだからって、用意されたようです」
若槻の手を借りて立ち上がった彩夢は、疑う余地はなかった。
これがほんの序章だってことに。
誰かが顔を覗き込んでいた。
ぼんやりとした輪郭がだんだんとはっきりしてくる。
ハッとして起き上がろうとした彩夢だったが、頭が酷く痛んだ。
「椎野木。あなたがなぜ?」
「何も覚えておられないのですね。彩夢お嬢様は極度の緊張から、過呼吸を起こされてしまわれたのです。睡眠不足おありだったようで、十三丘様からゆっくり休ませるよう申し付けられ、無礼を承知で、お部屋に運ばせていただきました」
頭を押さえ言う彩夢をベッドへもしながら、椎野木は答える。その声はいつもとまったく変わらないものだった。
「そうだったのですね。ありがとう椎野木」
何かがおかしいと思いつつ、彩夢は曖昧な笑みを浮かべる。
「もし、よろしかったらもう少し一緒におりましょうか」
「もうよろしくってよ」
半瞬ほど置いて、彩夢は答えた。
「承知いたしました。では私はこれで」
一礼した椎野木が部屋を出て行くのを見届け、彩夢はベッドから起き上がる。窓辺に立ち、そっと見下ろす。
椎野木が出て来るのが見えた。
一度こちらを見上げ、椎野木は車へ乗り込む。なかなか走り出そうとしなかった。具合が悪い彩夢を一人残し、行ってしまうのには、気が引けたのだろう。
走り去るのを見届けないまま、彩夢は窓に背を向け、その場へ崩れ落ちる。
とてつもない不安が、彩夢を襲っていた。
「おまえ、どうして」
「彩夢様から手を放せ」
「断る」
「おまえたちの好きにはさせない」
……あの会話は何だったのだろう。
一睡もできないまま朝を迎えた彩夢は、出社してきた桑井に頭を深々と下げる。
業務縮小は間逃れられない事実。
最初に切るべく企業に、マルシチの名が挙げられていたこと。
桑井にだけは説明しなければならない。そうかっ心を固めてきたはずなのに、未だに言い出せずに彩夢はいた。
何も知らずバカ話をする保科たちへ目をやる。
岡部に気を回され、晟也の話を持ち出された時、無性に腹が立った。
一人でいる彩夢に、晟也が珍しく声を掛けてきたのは、岡部と一戦交えて二日目のことである。
「らしくねぇぞ」
ふと顔を上げると、晟也がTシャツをパタパタさせながらことらを見ていた。
「らしくないって……、あなたに何が分かりますの?」
ジンワリと涙がにじみ出て来ていた。
「なんだお前、最近、いやいつも以上におかしいぞ」
「あなたに言われたくなくってよ」
その場から逃れようとした彩夢がバランスを崩す。
晟也に助けられ、彩夢はその手を振り払う。
「その気もないくせして、優しくなさらないで」
どうにもならない現実になのか、今更優しくして来る晟也になのか、その理由は定かではないが、彩夢は無償に腹が立って仕方無かった。




