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第五章 歪められた愛⑤

 しかし、彩夢が思っているよりも、祥希はしぶとさを見せた。

 時と場所を変えて姿を現す祥希に、彩夢はついに根負けしてしまったのは、保科たちと飲んだ翌週末の出来事である。

 一緒にいた村上に大丈夫と聞かれた彩夢は、力なく笑って頷いて見せた。

 待っているであろう、椎野木に電話を掛ける彩夢の指が、わずかに震える。

 「シートベルトを」

 彩夢は上機嫌で言う、祥希の顔をまともに見ることが出来ずにいた。

 世話を焼くふりをして、祥希は彩夢の唇を奪う。

 突然の出来事に、彩夢は祥希の頬を叩く。

 「申し訳ない。つい可愛くて、衝動が抑えきれませんでした」

 悪ぶれる様子もなく言う祥希を、彩夢は軽蔑の眼差しで見る。

 「何の真似ですの? バカになさらないで」

 彩夢はシートベルトを外し、表へ出ようとするが、それより早く祥希は車を発進させる。

 目を瞠る彩夢に、祥希は愉快そうに笑い声を上げる。

 「彩夢さんは真面目だな。もしかして初めてでしたかキッス?」

 顔を強張らせる彩夢を見て、嬉々とした笑い声を上げる。

 「まさに彩夢さん、あなたは僕の理想の女性。僕の夢だったんです。僕の妻になる人は、僕が一から教えられる人が良いってね。彩夢さんは、西園寺会長を急かした甲斐がありました」

 不気味さを漂わす祥希に、彩夢は息を飲む。

 「だいぶ緊張されているようだ。何か音楽でも流すとしましょう」

 薄く笑う祥希を、彩夢は身を固くしたまま見詰める。

 「大丈夫。すぐ慣れますよ。僕ほどあなたを愛せる人物はいない。あなたにもそれはすぐに分る」

 「十三丘様、私を今すぐここで降ろして下さい」

 「なぜです?」

 「大変申し訳ございませんが、あまり体調の方がすぐれませんの」

 「それではどちらかで、ゆっくり休まれますか?」

 「はっきり申し上げますわ。このような行為、迷惑ですわ。わたくしは十三丘様との御縁談はお断りいたします」

 声を振るわせて言う彩夢を見もせず、祥希は急ブレーキが掛ける。

 驚く彩夢に、祥希は優しく微笑む。

 「良いですね、その頑なさ。あなたがどう僕を拒もうと構いません。その方が、ハンターのし甲斐がある」

 言葉が出ない彩夢を見て、祥希は目尻の皺を濃くする。

 「失敬。ものの喩が悪すぎました。しかし覚えておいてください。僕は今まで欲しかったものを手に入れてきた。名誉に財力」

 そこであえて言葉を切った祥希が、口元を緩ます。 

 何事もなく、送り届けられた彩夢は、玄関で崩れ落ちる。


 帰ってくる途中から降りだした雨が窓を叩く。


 明かりがつかない部屋を、椎野木が傘もささずに見上げていたことを、この時の彩夢は知らずにいた。


 そして、この夜、眠れずにいたのは、晟也も同じだった。

 蛇口から落ちる水滴の音が、雨音と重なり、晟也は額に手を置く。


 翌朝、彩夢はそっとカーテンを引き見下ろす。

 地面が夕べ振った雨のせいで塗れていた。

 突然鳴りだした電話に、肩をビクつかせる。

 源次郎からだった。

 祥希と食事をしたことを喜ばれ、このまま花嫁修業に入るように言われ、彩夢は言葉を失う。定例会議に出るように告げ、その電話は切れた。

 

 本社に着いた彩夢は、少し遅れて源次郎と共に入って来た祥希に、顔を強張らせる。

 予想はついていた。

 笑みを浮かべ手を挙げる祥希に、彩夢はぎこちなく会釈する。

 彩夢は会議室へ初めて通され、気が遠くなる思いで、集まった面々を見回す。本来あるべく、哲司の姿はそこにはなかった。

  


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