第五章 歪められた愛③
男を虜にしたいのなら、胃袋を掴むのが一番よね。そう言って聞かせたのは、高校の同級生だった。それほど仲が良かった訳でもない彼女がどうしてそんなことを言ってきたのか、はっきり覚えていないが、どう対応して良いものか分からず、その時の綾夢はただ只管、笑って誤魔化していた気がする。空になった重箱を洗いながら、ふとそんなこと思い出してしまった自分を振り払うよう、独りごちる。
「そんなこと、決してあり得ませんわ」
「何があり得ないって?」
突然、岡部に背後から話しかけられ、綾夢は飛び上がる。
「何でもございませんわ」
慌てて否定をする、綾夢を一旦は訝ったものの、岡部は直ぐに気を取り直し、言い繋がせた。
「今日、保科さん達と飲みに行くけど、あんたも来る?」
嬉しい誘いだが、綾夢は一瞬、返答を躊躇ってしまう。
「行くっしょ?」
「わたくしは」
「あっ比嘉」
分かりやすく顔色を変える彩夢を見て、岡部がいやらしく笑う。
「も、誘うけど。ちょっとだけでも、顔を出しなよ。こういう付き合いも大切だからさ」
肩を叩かれ、彩夢は曖昧な笑みを浮かべる。
「じゃ、そういうことで」
仕方なく応じることになってしまった彩夢だったが、まさか本当に晟也が来るとは思えずにいた。
先に着替えが終わった岡部と待っていると、保科と柏木に両脇を固められた晟也が姿を現した瞬間、彩夢は思わず、嘘。と呟いてしまう。
彩夢の反応を見て、保科は顔をニヤつかせる。
珍しいことらしい。晟也が自転車を取りに行っている間、解くと聞かされ、彩夢は意識せずにはいられなくなり、まともに顔を見ることが出来なくなってしまっていた。
揃って会社を出て行くと、彩夢は呼び止められ、顔を強張らせる。
祥希が笑みを浮かべ会釈していた。
言葉を失っている彩夢の顔を、保科が覗き込んで来る。
「誰? 知り合い?」
「ええ。父の関連会社の方ですわ」
「そんな人がなぜあんたの所へ来るわけ」
それ以上の詮索はされたくなかった。言葉を濁らせる彩夢に、保科が腕を掴む。
「少し、話してまいりますわ。皆さんは先に行っていてください」
そっと保科の手を振り解く。
祥希の元へ歩いて行く彩夢の足が震えていた。
「何の真似ですの?」
平然とした顔で、祥希は車のドアを開く。
「昨日のリベンジをさせて頂きたくて、お迎えに参りました」
「その必要はございませんわ。わたくしの気持ちに変わりはありませんわ。正式にお断りいたします」
必死の思いで言った彩夢を祥希は笑い飛ばす。
「やはり僕が思っていた通りのお人だ。僕はこんなことで引き下がりませんよ彩夢さん。僕は今まで欲しいと思ったものはすべて手に入れてきた。あなたも例がではありません。今日のところはあなたの顔を立てて帰ると致しましょう」
彩夢に言葉はなかった。
何を考えているのか、まるで読めない祥希。
どう対処すべきなのか……。




