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第四章 忍び寄る運命の陰②

 「最近彩夢ちゃん、比嘉君と仲が良いね」

 「木庭さん。違いますよ。そんなんじゃありませんからね」

 「慌てて否定しなくたっていいんじゃない。晟也だって悪い気、していない様子だしさ」

 「岡部さんまで」

 その言葉に、彩夢の顔がとろけそうになっているのを見て、岡部と木庭は顔を見合わせて笑ってしまう。

 「でも人は変わるものなのね」

 「へぇそうなの?」

 「前なんかさ、おはようって言っても、ああって返すくらいでさ。本当に喋れるのかしらって思うくらい喋んなかったからね」

 「今だって変ってなくってよ。だって、わたくしがいくら話しかけましてもね、まるで知らん顔されますのよ。失礼な方って思いますけど、わたくしそれではいけませんと思いますの。わたくし、バンさんから良い言葉を教わりましたのよ。諦めたらそこで終了なのですって。ムーさんに言わせますと、男に甘い顔を見せてはいけないそうですわ。あと平さんの戦略は、ツンデレにする方法ですって。皆さん、経験豊富で驚きましたわ」

 饒舌に話す彩夢に、二人は圧倒されてしまっていた。

 「変わったね」

 木庭に言われ、彩夢は目を丸くする。

 「少なくても渾名では呼ぶような子ではなかった。おじさんとしては、あのおしとやかで慎ましい感じの彩夢ちゃんが好きだったんだけどな」

 「お諦めになさって」

 目を瞬かせている彩夢に代わって、岡部がふざけて答える。

 「岡ちゃんが使っても、何か感じが違う」

 「彩夢、カムバック」

 手を伸ばしてくる木庭を彩夢は軽くかわす。

 「木庭さん、頭大丈夫ですの? わたくしはずっとここにおりますけど」

 彩夢に真顔で言われ、木庭は妙に照れてしまっていた。

 「話は戻るけどさ、良い傾向だとわたしゃ思う。どこか晟也ってとっつきにくいというかさ、悪い奴じゃないんだけどね。自分の世界に入りすぎでしょ。ま、目指しているもんがそうさせているのかもだけどさ」

 「仕方ねぇと、俺は思うけどね。躰の管理とかも厳しいだろうし」

 「ですわよね。男子たるもの、しっかり食べなければですわ。栄養が偏っているから、あそこまで石頭になれるのですわ」

 自分の会話がかみ合っていないことに、まるで気が付いていない彩夢に、木庭が目を細める。

 「へぇそんなにかい」

 こんなに顔が引き締まることなかったことは、今までなかった彩夢である。込み上げてくる嬉しさに、お喋りが止まらずにいた。

 「ええそうですわ。わたくしが腕によりをかけて作った料理が、お口に合わないわけがなくってよ。それを一言も、美味しいとも、不味いともおっしゃらないのよ。全くどのような教育を受けていらっしゃったのかしら」

 「へぇ彩夢ちゃんの料理って、そんなに美味いんかい?」

 「当然ですわ。わたくしの料理は、三ツ星レストランのシェフ直伝ですのよ」

 「こりゃ大きく出たね」

 「私も料理は得意かな」

 二人の間に割って入った岡部が、ニッと歯を見せて笑う。

 「じゃあ今度、御馳走してよ」

 「よろしくってよ」「嫌よ」

 彩夢と岡部の声が重なり、木庭が大笑いする。

 「しかしさ彩夢嬢。前から聞こうと思っていたんだけど、どうしてそんな喋り方をするの?」

 「それ、私も聞きたい。何かのブームなわけ? それともオタク系?」

 答えに困った彩夢は、ふと晟也に言われた一言を思い出す。

 「そういうわけではありませんけど、漫画を読み過ぎちゃったみたいで、困りましたわ。直らなくって」

 「良い。良い。許す。その可愛さに免じて、わたしゃ許す」

 「木庭さん、やりましたわ。岡部さんに許可、頂きましたわ」

 「冗談はここまで。彩夢ちゃん、お使い頼まれてくれる? 帰りで良いけど、ボールペンの替え芯、買ってきて欲しんだ。明日、わたしゃ休まにゃならんのよ。本当は今日の昼休みに買ってこようと思ったんだけど、あんたらが面白すぎて、すっかり忘れちゃったのよね」

 「大丈夫ですわ。お任せ下さいませ、ご主人様」

 「お、そのキャラも良いね」

 「木庭さんは、油売ってないで仕事行く」

 岡部に雷を落とされた木庭が、慌てて管理室から出て行き、二人で笑い合う。


 ――週末。泣き明かす彩夢にそっと背中を摩る和歌子の姿があった。

 娘の行く末を案じ、母としてできることはそんなことぐらいだった。

 「お母様」

 「ごめんなさいね。何もしてあげられなくって」

 「大丈夫。安心をなさって」

 「お父様の病気もすぐに良くなるわ。だからあなたは何も考えず、好きになさい」

 「でも」

 背中を押してくれたのは、和歌子だった。

 後悔しないように生きる。それがどんなに困難でも立ち向かって行ってこそ、私の娘。そう言って笑った和歌子は、どこか寂し気だった。きっと和歌子だから言える言葉なのだろう、と思う。だから彩夢は決めたのだった。どんなに冷たくされても、今だけは、そう今だけはありのままの自分でいようと。しかしそんな彩夢の淡くも切ない恋は、もろく崩れ落ちようとしていた。

 滅多に来ることがない、駅の反対口。文房具店はすぐに分かったが、物珍しさに綾夢はキョロキョロする綾夢は、向こうの通りを歩く二人連れから目が離せなくなっていた。

 考えた事もなかった。晟也の姿がそこにはあった。


 隣りに居るのは誰?


 まるで彩夢の存在に気が付いていない晟也は、そのまま二人でスーパーへと入って行く。

 動揺しきった彩夢は、気が付くと二人の後をつけてしまっていた。

 楽しげに話すその女性が、気になって仕方がない彩夢である。晟也に気が付かれないよう、出来るだけ近くへと寄って行く。


 「もうせいちゃん、こっちの方が良いって」

 「そうか」

 聞こえてきた会話に、耳を塞ぎたくなる彩夢の手は震えていた。

 晟也が持つカゴへ次々と商品を入れて行く女性の幸せそうな笑みが、彩夢の足をふらつかせる。

 堪え切れず、彩夢は店を飛び出して行く。

 一度諦めた恋である。長い夢を見ただけ。

 彩夢は必死で込み上げて来るものを堪えていた。

 家路を急ぐ彩夢は、愕然と立ち尽くす。それはまるですべての終わりを告げられているように思えた。

 彩夢の帰りを待ち構えていた梶山が、腰を折る。

 言葉はなかった。

 車のドアが開かれる。

 初めから分かっていたこと。和歌子が言うように生きられないと……。



 


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