王族と異界人
チェニスは案内された部屋に入ると、一通り見回してため息をついた
これが1日もかけずに建てられたとは、驚きを通り越して笑うしかない
アルベルトはこの内装にあたって、避暑地であるスイスのホテルを
モチーフにして内装と家具を選んで作業を行った
派手さこそないものの、それなりの格式と様式は意識されていた
チェニスからすれば、これと同じ物を自分の所有する邸宅の一つに
欲しいものだと思うレベルの代物だったようだ
旅の疲れもあれば、今日一日の出来事で衝撃の連続で疲れもある
料理は上手かったが、やはり疲労というものは食事だけでは回復しない
チェニスは窓の近くの、湖がよく見える位置に設置された
応接用らしいソファーに腰を下ろすと、再びため息をついた
酒が欲しいが、さてどこにあるのやら・・・少し休んでから探すか
そう考えていた矢先に、ドアが2度ノックされた
「チェニス様、失礼しても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。丁度アルベルト殿に聞きたいこともあったのだよ」
ドアが開いて、アルベルトとレイラが入ってくる
「おやランバートン殿、お目覚めになられたか
もう具合は良いのであろうか?」
「ちょっと疲れただけだからね。で、話ってなに?ああ、酒はダメだよ?
バルロイの話だと、チェニスは酒が入ると仕事にならないって言うからね」
「それは殺生であろう!? 私はそれを楽しみにして部屋に来たというのに!?」
「楽しみは仕事の後と相場が決まってる。それで、私に話しというのは?」
レイラはアルベルトにコーヒーを2つ頼んでから
チェニスの正面のソファーに腰を下ろす
アルベルトがコーヒーを二人分持ってきてから話を始める
「私は王都に戻ったら、陛下に正式に進言するつもりなのだが
レイドック領にしばらく逗留しようとおもう。まあ、名目だな
実際にはランバートン殿とを王都との仲介連絡担当だな
それは許可してもらえるであろうか?」
「それについては、私が良いだ悪いだ言う立場ではないよ
ガフ君と話しをして、了承が得られるかどうかだと思う」
「そうか。ではこの件はレイドック男爵と明日にでも話をしよう
では本題の方を話そう
おそらく今回の件でヴァンガード帝国が何かしらの動きを見せる
ランバートン殿は帝国と王国が戦争になった場合、力を貸してくれるのか?」
レイラは少し不機嫌を顔に出し、コーヒーに砂糖をミルクをいれると
微かに音をたててかき回してから、一口コーヒーを飲んだ
「私はこの村の住民になろうとは思っているけど
王国の便利な兵隊になるつもりはないよ?
私はあくまでレイドック領の固有兵力で
レイドック家の義務の範囲で働くだけよ」
「やはりそうなるか・・・そうなると困ったことになった
私の勘だが、帝国は水上戦力で王国に初撃を加えると読んでいる
ワグナーと手を組んだのは、その為だとみている
このテリス湖を船舶を使って兵力を渡らせ
支援兵器を搭載した河川で運用ぎりぎりのサイズの船舶を用いて
川沿いに街道を王都に向かうと予想している
その場合に第一上陸地点はおそらくここだ
ワグナーを使って、この橋頭保の確保が奴らの狙いだったと見ている」
「アルムの村が襲われるのであれば、それについては撃滅する
ただし王都が襲われたので王都を守備する義務がある人が守るべきだよ
そのために普段から農民や商人から税金を取ってお金もらってるんだから」
「ランバートン殿が言う事は最もだが・・・
臣民であろうが、貴族であろうが、たとえ王族であろうが
この国を守るという義務は発生する。だから協力してもらえないだろうか?」
「だから言ってるじゃない。レイドック男爵家に課せられる正当な義務の範囲
であるのならば、それは果たすって。でもレイドック男爵家は、王都の防衛
義務なんてないでしょ? 遠すぎるし、男爵がそんな重責を背負うわけがない
それと、前にも言ったよね。12歳の子供にあんまり面倒おしつけてると
国滅ぼしちゃうよ? ガフ君を利用して私を引っ張り出そうとするのも
あんまり考えないほうがいいよ。私の機嫌を一瞬で最悪にするから」
「では、どうしたらいいのだ・・・
このまま戦争になれば多くの民が徴兵されて死ぬことになる
多くの兵士も死ぬ事になる。私はそれを出来れば避けたいのだ」
「それを考えるのが、今まで代々に渡って国民から
膨大なお金を徴収し続けてきた王族と貴族の役割でしょ?
私はこの国にきてから、この村以外から何ももらってないの
王都にいったときも、水も、食べ物も貰ってないの全部自前だよ
なのに義務を課そうとか、それも他人が本来果たすべき義務をだよ
おかしな話でしょ? だから私をそんな都合よくつかわないでね
たったそれだけの簡単なお話なのよ。チェニスが私にお願いをしている
事自体が、まずおかしいの。そこに自分で気づいて欲しかったんだけどね」
残りの珈琲を飲み干して、チェニスの顔をじっと見る
チェニスはうっすらと汗をかいて目を瞑っている
出されたコーヒーには手を付けず、何かを必死で考えている
まあ、あれだけの一方的な戦闘を見せたからどちらかに転ぶとは思っていた
畏怖をして適度な距離を保つか。その力を利用しようとするか
残念な事に彼は後者を選んでしまった。私に対しては悪手でしかない
バルロイの助言もあの光景を見てどこかに吹き飛んだのかな・・・
「今日は戦闘を見て興奮しているのかもしれないし
ここでの食事を初めて体験して混乱しているのかもしれない
だから今の話は無かったことにしてあげる。今回だけの特別ね
アルベルトに頼んで酒でも出してもらって、飲んで寝てからよく考えて
私はこの世界に自分の意志で来たわけじゃない
その私を道具として使おうとするなら、貴方も私をこの世界に来させた
憎むべき敵と同じ扱いになる。私は貴方にそうなってほしくない
だからよく考えて。それじゃあ、おやすみなさい」
一方的に告げて、コーヒーの残りを飲み干して席を立つ
チェニスは口を開くことも目を開く事もなく
私が退室するまでそのままの姿勢で目を瞑っていた
部屋を出て一階に降りて正面出入り口から外に出る
灯りが殆どない世界か・・・星空が本当に美しい世界だ
夜空を見上げて眺めるなんて、この世界に来る前は
子供の頃に家族で旅行にいった時くらい昔にしかした記憶がない
空を見上げながら、てくてくとセンサー頼りでサンドキャットまで歩く
運転席のドアに背中を預けて、星空を見上げながらタバコを取り出す
禁煙してたんだけどなー・・・口にすると一瞬で元の木阿弥か
まあいいか、この体ではフィルターを多少消耗する程度で
体への害も何もインプラントが処理してくれるか。便利なことだ
喫煙による未来への憂いというものがなくなったので
生身の肉体だった頃よりかなり早いペースですぱすぱと吸う
「なんだ、起きたのか。具合はどうだ眠り姫?」
「姫って言われる年じゃないよ。吐くまで飲んだ王子様」
バルロイが村のほうからこちらに近づきながら、軽口を叩いてくる
皮肉を込めた返答をしながら、新しいタバコに火をつける
「珍しいな、煙を吸う習慣か?
確かドワーフ族の一部も同じことをしていたな」
「タバコって言う悪習だよ。体にとても害がある
もっとも私には問題ないけどね。バルロイも吸う?」
「試しに貰ってみるかな」
バルロイにタバコを一本渡して簡単に吸い方を教える
最初は肺に入れないで口の中で含んで吐き出すだけでいい
なれてきて大丈夫そうなら少しずついれてみること
もし合わなければすぐやめること
金がかかる嗜好品なのでハマらないようにね といって火を点ける
最初は口にいれて、白い濃い煙をもわもわと吐き出していたが
3口目くらいで肺にいれたらしく、盛大に咽る
「まあ、最初はそんなもん
んで、いきなり頭がすっきりした感じになるはず
ただそのすっきりした感じに依存性があって、習慣になる
そして喫煙で肺が汚染される。さらに癌という病になりやすくなる
なので今回限りで継続しないほうが良いよ」
「なるほどな、確かにこれは癖になるだろうな
肺にいれたら、頭を内側から叩かれたみたいな凄い衝撃だった
それなのに、数回肺にいれたらそれが当たり前になって
普通に吸えるようになっちまった・・・面白いもんだなこれ」
「これは紙巻ってタイプで肺にいれるけど
口の中から鼻に香りをぬけさせて、楽しむタイプのもある
粉末状のタバコを鼻から吸って香りとニコチンを楽しむのもある
葉を紙で包んで、口の中で噛んで口腔からニコチンを摂取するのもある
どれも全部、病気になる可能性を上げるので、命を削る快楽趣味だよ」
「まあ、俺も立場が違えばこれにハマっただろうがね
狩猟や偵察でこの臭いは結構なミスにつながりやすい
残念だが常にこれを嗜む事は無理だろうな」
「肺に臭いが残るからね。習慣的に吸っていると
口だの、息を吐いたときだのにも臭いが出ちゃう
なのでバルロイの役割からすると適してないだろうね」
私はいざとなれば、排気系をフィルターをかけて排出すればいいので
特に気にすることもなくすぱすぱ吸える
それでもだめなら、呼吸器系の部品そのものを交換すればいい
「で、今までしてなかったそんな習慣を持ち出したってことは
何かしらの問題があったってことか?
そいつを吸ったら頭がすっきりして気分が少し良くなった
つまりご機嫌が悪かったってことじゃないのかそれは?」
「あたり。チェニスと話した
帝国が攻めてくる可能性があるから手を貸せといわれた
私は村しか守る気が無いよと言ったら、国防義務をチラつかせてきた
ま、彼はやっぱり王族で、私は兵器としての価値が高いってわけだ」
「まあ、あれだけ圧倒的なのを見ちまうとな・・・
レイラが戦えば兵隊も徴兵された村人も死なないで済む
あいつは民が苦しみのが嫌いなので、その結果は魅力的だよな
対応を間違えると自分の国が滅びかねないと警告はしたんだが
まあ、あの現実を目の前でみれば、その警告より欲が頭に出るか・・・」
5本目に火をつけてすぱすぱしながら
そういえば、なんでバルロイはこんな時間に村の方向から来た?と
疑問が浮かんだので聞いてみる
「なんでこんな時間に村の方から戻ってきたの? 見回り?」
「いや、飯終わってから家に帰るやつがいるか聞いて回ったらな
ここは快適で美味すぎて、ずっといたら自分がダメになっちまうからと
殆どの村人が家に帰ることになってな。その手伝いをしてた
子供が寝ちまったとか、老人で夜は移動が危ないってのが3家族
下に残ってるだけであとは全員、項垂れながら家に帰ったぞ
もっとゴネてここに住みたいとか言い出すかと思って心配してたが
固いベッドと量だけはある不味い飯でもまだやってこうと思えるだけ
この村の住民のガッツも戻ってきたんだなと少し嬉しくなってたとこだ」
「ああ、仕事してたのか。それはご苦労さまでした
こちらのメンテだなんだで手伝えなくて申し訳ない
詫びに酒おごるわ」
「そりゃ嬉しいね。摘みはあのオレンジの魚にしてくれ」