少年と夢
見晴らしが良い小高い丘の上から見渡すテリス湖は
春特有の優しい陽光を受けて湖面を穏やかに輝かせている
父さんとリュミルは湖畔の岩に腰を下ろして釣り糸を垂らし
母さんと僕は昼食のための火起こしをしている
少し肌寒いけど、この季節の風はとても気持ちがいい
しばらくすると、父さんとリュミルが大きな魚を釣り上げたようだ
二人のはしゃぐ声と、水面で魚が暴れる音が聞こえてくる
「おーい、お前達! 良いサイズのテリスマスが釣れたぞ!」
「お兄ちゃーん! 私が釣ったんだよ! おっきいよこれ!」
父とリュミルが釣果を誇るように
テリスマスを掲げて丘を登ってくる
母は笑顔で丘を登ってくる二人に手を振る
《あ・・・・これ夢だ・・・これ僕が8歳の時の・・・・・・》
この年の秋に、母とリュミルは流行り病で倒れた
悪女の嫉妬 母とリュミルが掛かった流行り病・・・・
この病にかかるのは最初は女性だけ
病にかかった女性がその命を落とすと
その死体を糧にして病はもっと性質が悪い、黒魔病 に変質する
黒魔病は全ての生きしと生ける物に驚くき速さで広がる疫病だ
人も、動物も、植物も、そして水までも腐らせる疫病だ
父と母は村を治める者として、苦渋の決断を下した
母は、悪女の嫉妬を罹った女性達を村はずれの廃屋に集めた
もちろん、リュミルも、そして自分自身もその廃屋に・・・・・・
父は決断を下したのは自分だからと、その後の処理を一人でやった
村中から薪を集め、その廃屋の周囲を覆うように積み重ねていった
男達と病に罹らなかった女達は、家の窓からその様子を伺った
薪を積み終えると、油を廃屋にふりかけ・・・そして火をかけた
燃え上がる廃屋の中で、半死半生の女たちは悲鳴をあげ泣き続けた
しばらくすると、煙を上げ燃え上がる廃屋の中から
微かな歌声が聞こえた・・・・母の声だった
母は焼け落ちる廃屋の中で皆に声をかけ、歌おうと皆に言った
泣いて叫んで終わっても、残された家族はきっと悲しみに暮れる
それなら、最後は歌って笑顔で終わろう。残される家族のために
母の言葉に少しずつ、歌いだす者が続いていった
リュミルも泣きながら、一生懸命に皆と共に歌った
この世界を創造した女神への感謝と賛美を込めたその歌を
男達と無事だった女達は、泣きながら共に歌った
いつしか生きし者も、死に行く者も、共に歌い一つになった
そして炎と煙が廃屋を包み、屋根が燃え落ち、歌は終わった
《このまま・・・このまま夢から覚めなければ・・ずっと・・》
父とリュミルが母の元へと戻り、魚を見せ付ける
一頻り釣果自慢をして満足した父は
湖で汲んできた桶にいれた水の中に魚をいれ
周囲を探して魚を捌くのに適した台になるものを探す
丁度、竈を作るのには適していなかった大きな石が残っていた
石の上を手ではらって簡単に掃除すると、桶の水を少しかけ
汚れを落としてからテリスマスをのせて捌き始める
ふと、その動きを止めると。父は立ち上がって僕を見つめた
「ガフ、今日は久しぶりに会えて本当に嬉しいよ。でも、そろそろ時間が無い」
「え?・・・・父さん、何を言っているの? ここでならずっと一緒に・・・」
「残念だが私達とお前とはもう住むべき世界が違う。一緒には居られない」
「待って! 僕も連れて行って! もう一人は嫌なんだお願い父さん!!」
「お前にはすべきことがある。そしてお前は一人ではない。よく聞いてくれ」
「嫌だ! もう離れたくないよ! 村のこととか村長とかもう無理だよ僕!」
「ガフ!!」
父は立ち上がると、悲しげな視線で僕を見つめた
「頼むガフ・・・・私達はもう関われないんだそちらには・・・・・・・・
でも、誰かがやらなければ、世界は変わってしまう。悪い方向に・・・・」
「僕は・・・そんな世界に関わる大きなことなんて出来ない・・・・・・・
父さんみたいに勇敢にもなれない・・・・・・・・・・
母さんやリュミルみたいに覚悟ももてない・・・・・・
僕はただ・・・昔みたいに・・・皆で一緒に暮らしたいだけなんだ・・・」
気がつくと、母とリュミルがすぐ傍に居た
母は僕を優しく抱きしめてくれた。懐かしい母さんの香りがする・・・・
リュミルは僕の左手を両手でぎゅっと握ってくれた。懐かしい柔らかい手だ
父も近づいてきて、僕の前でしゃがみ込んで、目線を合わせる
父は僕の頭に手をおき、優しく撫でながら言葉を続ける
「私達は魂の最後の力を全て捧げて、この世界を司る女神様にお願いをした
お前と、お前の過ごす世界が穏やかで豊かであるようにと願った
女神様は条件付でその願いを聞き入れて下さった」
「女神様・・・条件・・・何の話をしているの父さん??」
「お前の過ごす世界は、穏やかに見えて停滞と退廃の淵にある
このまま何もしなければ、穏やかな滅亡に全てが向かうそうだ
そこで、お前の元に異界より、白き銃士を導くので
その白き銃士と共に過ごし、新しい風で大地を満たせ。そう言われた」
「白き銃士・・・レイラさんのことだね?」
「そうだ。かの者は異界より訪れたお前とはまったく違う存在だ
お前の世界より遥かに進んだ技術を持ち、遥かに進んだ文明をもつ」
「うん・・・・レイラさんの魔道具をみたよ。凄かったよ・・・・」
白い眩い光を放つ魔道具
炎を調整して出し続ける魔道具
今まで嗅いだ事も、味わった事もない、気絶しそうなくらい美味しい食事
父が言う、遥かに進んだ技術と文明の片鱗は昨夜目の当たりにした
「だが気をつけろガフ。白き銃士はどちらにも導くことができる」
「父さん、それはどういうこと??」
「新しき風で大地を満たすこともできる
内に秘めたる力で全てを滅ぼすこともできる
白き変革者でもあり、白き創造者でもあり、白き破壊者でもある
白き銃士がこれからどう世界に関わっていくかは、ガフ、お前次第だ」
「破壊者・・・・・・・」
僕がレイラさんに毒を盛られたと勘違いしてナイフを抜いたバルロイさん
バルロイさんは、昔は父と共に冒険者をしていた
確かにバルロイさんは戦闘向きの職業ではない斥候や罠担当のシーカーだ
それでも、Aランク冒険者の技量は並のものではないしダガーは得意だ
そのバルロイさんに一瞬で近づいて、素手の一撃で昏倒させたレイラさん
バルロイさんは先にダガーを抜いていたのに、何も出来ないで倒された
そのとき、レイラさんはバルロイさんを嘲笑うかのように遅いと言った
破壊者・・・・父の言う不吉な言葉の意味も、理解してしまう
「しかし、必要以上に恐れることはない
ガフ、お前が正しき行いをして、正しき道を行き
善意をもって接して感謝を忘れなければ
白き銃士はお前を助けてくれるはずだ」
「正しき行い・・正しき道・・・善意・・・そして感謝・・・」
レイラが食事前に教えてくれた、いただきますの説明が頭に浮かぶ
「・・・・大丈夫・・・父さん、レイラさんはきっと僕を助けてくれる
彼女は全てに感謝をすることを僕に教えてくれた・・・・
僕がその気持ちを忘れなければ、きっと助けてくれると思う・・・
自信なんてないし、父さんや母さんやリュミルみたいに強くないけど
僕だけ・・・逃げたら・・・父さん達の犠牲・・・無駄になるしね」
父は僕の言葉に満足げに頷くと、優しい眼差しで僕を見つめ、そして
「また会えるかもしれないが、それはしばらく先のことだろう
ガフ・・・愛しい我が息子よ
寂しい思いをさせて済まない
辛い思いをさせて済まない
一人にしてしまって本当に済まない
だが、私も、お前の母も、そしてリュミルも
お前が生きる限り、姿は無くとも常にお前と共にあり続けるだろう
ガフ・・・・お前に女神様の加護があらんことを・・・・・・・・・」
周囲の景色がうっすらと透けて徐々に消えていく
父も、母も、リュミルも、もうかろうじて輪郭がわかるだけになった
僕は最後に皆を見回してから
「ありがとう。さようなら・・・またいつか・・・・・・」