9.
――と、ここで話を終えることが出来れば何とも幸福な物語で終えることが出来るだろう。けれど残念なことに悪役令嬢、ランカ=プラッシャーの真の出番はこれからだ。
前世の記憶を思い出してから5度の年が巡り、着々と人脈を増やしていったランカだったが、さすがにシナリオを回避することは不可能。
15歳の春。
いよいよ恋愛ゲームの舞台となる王立学園への入学が迫っていた。
つまりここからゲームシナリオが始まる。
準備は万端。
3年後に追放が迫っていても、逃げ道はある。
路頭には迷わない……はずだ。
学園へ向かう馬車の中で、ランカは深く息を吸う。
そしてそれを吐き出すのと同時にカウロへの思いを吐き出した。
「好き。だから邪魔は、しない。別々の道で幸せになる!」
今度こそ幸せになるんだ。
ランカは自身に言い聞かせるようにそう呟く。
馬車が舞台への到着を告げる。
こうしてランカは悪役令嬢としてストーリーの歯車となるため、足を踏み出した。
プロローグに当たる入学式で、ランカは改めてこの世界がゲーム世界であることを認識した。
カラフルな髪の毛ばかりの世界でも特に珍しい、ヒロインの桃色のフワフワな髪の毛はよく目立つ。
そんな彼女がランカの前世の記憶を呼び覚ますかの如く、次々と攻略対象キャラとの初対面イベントを起こしていくのだ。
乙女ゲームの攻略者だけあって、相手は実力者か権力者ばかり。
真面目なことが取り柄の宰相に脳筋だけど人望の厚い侯爵家の次男坊。
それに遠くを見つめてぼうっと惚けている青年は歴代一位の実力を持った先輩だ。確かどこかの国の王子だったはずだ。
どことなくカウロ王子とキャラが被っているのではないかと言われた彼だが、そこは問題ない。
トラウマを抱えているものの、正当派なカウロ王子に対し、隠しキャラは清々しいほどのヤンデレだ。元々頭が良かったのに加えて、突如として自由になる財を手に入れた結果――ヒロインを監禁する。
それがBADEND。ちなみにHAPPYENDでも寝室でヒロインに首輪をはめてくれと懇願するような男である。
それが果たして幸せなラストかと聞かれると、ヤンデレ属性という物を十分に理解していなかったランカには『幸せは人それぞれ』としか答えることはできない。
100本のバラと共にダイヤの指輪を差し出すコッテコテの王道王子とは正反対なのだ。
攻略対象者全員と、もちろんカウロとも接触を済ませたヒロインの顔はどこか一仕事終えたとでも言いたげだ。
その表情に違和感を覚えたランカだったが、気のせいだろうとその日は特段気にすることはなかった。
けれどほぼ毎日姿を見かけ、盗み聞きせずとも聞こえてくるアピールを耳にすればすぐにその理由を導き出すことが出来る。
「私の『癒しの力』でカウロ王子やこの国の方々を救うことが出来ると思うんです!」
ゲームではヒロインが『癒しの力』の存在を知ったのは学園入学から一月ほど前のことだった。
以前から不思議な力として使用してはいたが、それが古くから様々な文献に載っている特殊な力だとは思っていなかった――と。
ゲームどころか少女漫画でも割とよく見る設定だ。
不思議な力を持っているからと急に国立学園に通うこととなったヒロインは、貴族のご令嬢やご子息ばかりの学園生活に戸惑っていたはずだ。
自分よりもずっと身分の高い人ばかりの慣れない環境で、悩みを打ち明けられる人物なんていやしない。ましてやその悩みの種が特別な力だなんて……というヒロインの孤独さが攻略者達の暗い部分と重なり、二人で闇を溶かしていくストーリー。
……だというのにマカロンのようなゆるふわな見た目で、セールスマンさながらのアピールをしていては雰囲気ぶちこわしもいいところである。
けれどそれでランカは察することが出来た。
ヒロイン、アターシャ=ベンリルもまた、自分と同じく記憶持ちの転生者であることを。
つまり彼女は今、確実にカウロを落としにかかっているのだ。
けれどその一方で、わざと悪役令嬢であるランカを貶めてくるようなことはなかった。
ただただアタックを続けるだけ。
カウロがいくらすげない態度を取っても、アターシャは熱烈なアピールの手を緩めることはない。
その姿にはむしろ賞賛の言葉と拍手を送りたいほど。
けれどランカは知っていた。
悪役令嬢の断罪を通過しなければ、ヒロインとカウロ王子が結ばれることがないことを。
今はランカに無関心を貫くアターシャだが、いずれ悪役令嬢への手を伸ばし始めるはずだ。
それこそヒロインが幸せになる方法だから。
ランカは決してアターシャを、ヒロインに転生したかつての地球人を恨むことはない。
その目標にまっすぐと突き進む姿勢を、王子妃になった後も存分に発揮して欲しいと願うだけだ。
アターシャが王子ルートに入ったのならば、断罪エンドに備えないと!
だから悪役令嬢のランカは断罪後、路頭に迷わないように尽くすだけ。
よし、頑張ろう。
ランカは来るべきエンディングを見据え、両手を固めてやる気を出す。
もちろんカウロの気持ちには気づかぬまま。
アタックを続けてくるアターシャがランカだったらいいのに……なんて、彼が寂しさを募らせていることに気づく気配は未だない。