8.
小さな彼らの協力もあって、二人の距離は近づいていた……と、カウロは思っていた。
けれどある時を境に少しずつ、けれど確実に遠のいてしまった。
それがアウソラード王国への出資。
ハーブティー葉が絶品だというランカの言葉に間違いはなかった。
実際、分けてもらったハーブティーは今まで飲んでいたどのお茶とも風味がまるで違う。スゥっと抜けるような爽快感はくせになりそうだ。これをアウソラード王国の人たちは食事中に飲むらしい。癖があるが、それでいて食事とよく合う。
確かに投資家、ランカ=プラッシャーが目を付けるほどの品だった。
だからカウロも一国を相手にしているとはいえ、いつも通りのランカだと思いこんでいた。
けれど彼女は今までのどの投資先よりもアウソラード王国に固執していた。明らかにかける時間が違うのだ。それでも相手は国。きっと初めての大山に彼女も張り切っているに違いない。
一見サバサバしているように見えるランカだが、情熱的な一面も持ち合わせている。
きっとこの投資も成功させてみせるだろう。
カウロは尊敬すべき婚約者の邪魔にならないよう、沸き上がる寂しさを胸の奥にしまい込んだ。
ランカのことを愛しているからこそ、カウロはなにも言い出せずにいた。
そしてカウロは婚約者として、ランカの活躍を見守り続けることを決めた。
――そんなある日のことだった。
ついにアウソラード王国で油田を掘り当てることに成功したのだ。
それも想像していたよりもずっと大きな油田を。
ここまで大きな油田があればこの先、100年はエネルギーに困ることはないだろうというほどの大きさに、大陸中が驚きに包まれた。
そして今まで貧しかったアウソラード王国に見向きもしなかった国々は石油を求めて、こぞってアウソラード王国へ手紙を送った。
『我が国に石油を!』
それぞれの国は自国の武器となりうる名産品をチラツかせて、これからより国交を密にしようとしたのだ。
中には大陸一の国土と財を有する大国の物だってあった。
その国の手を取れば、ハーブティーに石油と築いた財を元手にさらなる発展を得られることだろう。
産業革命を起こすことだって夢ではない。
けれどアウソラード王国の国王達が真っ先に連絡を取ったのは、手紙を送ってきた数多の国ではなく、辛いときに手を差し伸べてくれたランカだった。
今までの感謝と、これからも仲良くしてもらいたいと。
そんな旨の手紙を受け取ったランカは喜びで涙があふれてしまった。
正直、断罪後の金銭と住居は心配だったのだ。
だがここまで好感度が高めることが出来れば、断罪された後も安泰だろう!
つまり努力が実ったのだ。
それも他の誰かの、大勢の幸せと一緒に。
これほど幸せなことはないだろ。
ランカは手紙を両手で持ちながら、そこが玄関先だということも忘れてルンルンと鼻歌まで歌い出す。
――そんな婚約者を目撃したカウロを背筋にへばりつくような危機感が襲った。――
このままだとランカは自分との婚約を解消してしまうのではないか。
もしもランカを嫁に出すことで、石油の供給を一定数約束するという取引を提示されてしまえば、いくら王子の婚約者とはいえ、解消してしまうことだってあり得る。その決断を下すのは王子であるカウロではなく、父である国王である。石油が今後の発展に直結するのは確実。王子としては一番に国のことを考えるべきなのだろうが、そう割り切れないほどにカウロはランカのことを好いていた。
投資を次々に成功させていく彼女への尊敬と共に、ふとした瞬間に見せる笑顔は恋情をも刺激した。二つの感情が入り混じった想いを、ランカを見守りながら胸の中で育てていたのだ。
けれど同時にその思いが全く伝わっていないだろうことも理解していた。
それでもカウロは『王子としての自分』と葛藤してばかりでなかなか動けないし、行かないでくれと言えるほど仲がいい訳でもない。
だからこそ気持ちばかりが焦ってしまう。
その間、ずっとランカとアウソラード王国との手紙が続いているのは知っているからなおのこと。
だが実際にはカウロが危惧していることなんて起こる訳がないのだ。
なにせアウソラード王国の国王も王子もランカも、誰もが婚約や結婚のことなど一切考えていないのだから。
それどころかアウソラード王国の王子は婚約者を心から愛しており、生涯一人だけを愛する宣言をしているほど。そんな彼の正妻としてランカを迎えようだとか、せめて側室……なんてバカなこと、誰も頭の隅っこにすら思い浮かべてはいない。
カウロが仲睦まじいなんて勘違いしている彼らの仲は、ビジネス関係と親友が融合した、極めてイレギュラーなものとしか言い表すことの出来ない何かである。
仲がいいことには変わりはないが、その中に恋愛感情などこれっぽっちも含まれていない。
次第に豊かになっていくアウソラード王国側がランカに強く求めることは『是非結婚式では代表の挨拶をして欲しい』ということ。異世界で友人代表の挨拶をすることになるとは……。そもそもそんなシステムが王族にも存在するのか、なんて驚きつつも、ランカは喜んで承諾した。
「石油を巡った各国との交流が一段落ついたら、ランカの予定とすり合わせて日にちを決めよう!」
手紙に綴られたその文に思わず、ランカは笑みをこぼした。