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7.

 カウロは婚約者の背中を見送ると、小さくため息を吐いた。


 婚約者であるランカ=プラッシャーは才女だ。

 血筋はもちろんのこと、公爵家の令嬢達の中でも王子の婚約者に真っ先に名前が挙がったほどに優秀であった。


「ランカ=プラッシャーともうします。どうぞよろしくお願いいたします」

 瞳と同じ色のドレスを指先でちょこんと摘まんで挨拶する姿もまさに淑女そのもの。

 深く吸い込まれるようなその瞳に初めは恐ろしささえ覚えた。


 けれどそんなのはたった一瞬のこと。

 目を細めて笑う姿が、赤らんだ顔を恥ずかしそうに覆う姿が可愛らしくて、すぐに恋に落ちた。


 けれど一筋縄ではいかなかった。

 ランカの気を引こうと、綺麗なアクセサリーを見せれば宝石自体やカット方法に食いつく。

 珍しい織物が手に入ったといえば、彼女はすでに本で得ていた知識をあふれんばかりに披露しながら目を輝かせた。


 そんな彼女に劣等感を覚えそうになったことは幾度もあった。

 けれど彼女はいつだって輝いた瞳を向けて、カウロ王子、カウロ王子とカウロの名前を呼ぶのだ。


 ランカはカウロよりもずっと先の世界を見ているはずなのに、いつだって一緒に歩もうとしてくれるのだ。

 そんな彼女の新たな一面を知る度、カウロはランカという少女に惹かれていった。


 だがそれは昔のように恋ではなく尊敬だった。


 だからランカが唐突に投資を始めた時も驚きはしたものの、彼女らしいとさえ思ったほどだ。そして彼女が自分の婚約者であることを誇らしくも思った。



 けれどランカは投資先を拡大するにつれて、一緒に過ごせる時間はグッと減ってしまった。

 その時間を少しでも取り戻そうと、カウロは与えられた時間をよりランカのことを知る時間に使った。


 その時に子ども達に勉強を教えている小屋の存在を知った。


「まだ幼いのに教えれば教えるだけ覚えてくれるんです! まるでスポンジみたいに。彼らは大成しますよ」


 まだ見ぬ子ども達がそこまでランカに評価されているのが羨ましくて、小屋へと足を運んだ。小屋という呼び名がピッタリな、塗装も施されていない小さな場所は王都から少し離れた場所にあった。ランカに内緒でその小屋の扉を開く。そしてカウロは無垢な子ども達と出会った。


「王子様!? 何でここに?」

「大変! お茶用意しないと! あ、どうやるんだっけ?」

「昨日、ランカ様に習ったでしょ! まずはカップを温めるのよ」

「そうだった。カップ~」


 カウロの顔を見るや否や、嵐の前日かのように慌て始める子ども達。

 考えなしにドタバタと目の前をいったりきたりを繰り返す。


 やはり約束を取り付けてから来た方が良かっただろうか。

 出直します、の一言を口にして身を翻せばいい。

 けれどその一言はなかなかのど奥から上がってくることはない。

 焦った様子の彼らをカウロはパチパチと瞬きを繰り返しながら見守った。

 すると彼らの世話をしているのだろう老女が奥からやってくる。そしてカウロの前で深くお辞儀をする。


「王子様、騒々しくてすみません。すぐに用意いたしますのでこちらでお待ちください」

「突然の訪問をお許しください」


 木で作られた小さなイスに腰掛けて、やっと言葉が口からスルリとあふれた。

 けれど老女はイヤな顔一つすることなく、笑みを浮かべたままぺこりと頭を下げた。


 老女の手を借りて、子ども達が淹れたお茶がカウロの前に出される。


「とっては左だっけ?」

「右側じゃなかったっけ?」

「それって王子様から見て?」

「右と左? フォーク持つ方が右?」

「どっちだっけ?」


 それまでもこうしていくつもの声が飛び交って、その度に一つ一つ問題を解決していく。

 覚えがいい、とは言えないかもしれないが、自分のためにこんなに頑張ってくれていると思うと胸の辺りがじんわりと温かくなった。


 ――それからカウロが彼らを弟妹のように可愛がるようになるまで時間はかからなかった。

 王子、王子と繰り返す姿は幼い頃のランカとよく似ていた。


 けれどあの時とは違い、今度はカウロが彼らに教える番だ。

 かつてランカに教えてもらったことを、王宮付きの家庭教師たちに教えてもらったことを惜しげもなく彼らへと伝えていった。

 ランカのように上手くは行かなかった。

 けれどそんなカウロの言葉ですらも、彼らは必死で理解しようとするのだ。


 可愛くない訳がない。

 それに彼らは可愛いだけではなかった。

 カウロの知らないランカを教えてくれるだけではなく、ランカの訪問日をこっそりと教えてくれるのだ。


「明後日来るって。楽しみだね、カウロ王子!」

 カウロの気持ちを知ってか、知らずか。

 彼らはイタズラ好きの顔で「楽しみだね~」と笑うだけ。けれど不思議と嫌な気はしない。

 カウロは優しい協力者の頭を順番に撫でる。

 すると彼らは決まってコロコロと笑うのだ。



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