6.
「それで、早速相談したいことがあるのだが」
「なんでしょう?」
「茶葉産業で得た金で新たに行いたいことがある。それが現実的かどうか、客観的な意見がほしい」
「わかりました。出来ることがあれば私もお手伝いいたしましょう。それでその内容は?」
「石油の発掘だ」
「石油……ですか?」
「王族に代々伝わる書物に過去に油田が存在したとの記述があってな。油田があるだろう候補地はいくつか発見されているのだが、発掘するための費用が捻出されずにずっと放置されていたんだ。だが財源に余裕がある今なら出来ると思ってな。それでランカ……どうだろうか?」
石油、か。
アウソラード王国の国土の3割は砂漠が占めている。
残りの7割の緑地帯で茶葉の生産を続けているが、これから先も同等の利益が見込めるかは不明である。もちろん一回のブーム程度で終わらせるつもりは毛頭ない。それでも目新しさで大量購入されているのは間違いない。それは王子にも何度と言い聞かせていたことだった。だからこそ財源があるうちに次の手を打ちたい、と。
それ自体は賢い選択である。
だがこのタイミングで茶畑から石油発掘に人的コストを削くのは賢い選択と言えるだろうか。
茶葉産業をある程度続けてからの方が堅実とも言えるだろう。
だが大陸中でエネルギー源を求めている状況で石油が発掘されれば、アウソラード王国はさらなる発展を遂げることが出来るだろう。
今、この国の国民のやる気は最大まで引き上がっていると言っても過言ではない。財源に余裕があるというのもウソではない。つまり費用だけはしっかりとあるのだ。
問題は『人』だ。
「どこから作業する者を連れてくる予定でしょう?」
「現在土木建設に当たっている者達の中に発掘を専門とする者達がいる。彼らに頼もうと思っている」
「つまり少数で進める、と」
「ああ、私の直轄の部隊として動かしていこうと考えている」
「…………そこまで決まっているのなら、私が口出しすることなどないでしょう。ですが、私とあなたの仲です。この件に携わってもらえないか、何人か声をかけてみます」
「助かる」
初めからそれが目的だったのではなかろうか。
話を受けてくれそうな人たちを何人か頭に思い浮かべつつ、すっかりと思惑にはまってしまったことに苦笑いを浮かべる。
けれど目の前で「よし!」とやる気とうれしさを隠そうともしないこの男を、ランカはすっかりと気に入ってしまった。
「フィリア! フィリア、聞いてくれ!」
何よりも嬉しいことがあった時にすぐさま自らの婚約者を呼ぶところは可愛らしさを感じてしまう。
年齢はランカの方がいくつも下だが、あどけなく笑って婚約者を抱きしめる姿は好感をもてる。
こういうところが国民に強く支持される理由の一つなのだろう。
今だって彼は民を一番に思い、行動した。
おそらくランカを利用した自覚はないのだろう。
ならランカもまた、友人の手伝いをしてやろうという心持ちで腰を上げるのだった。
ランカは帰国するとすぐに知り合いに声をかけ、アウソラード王国へと送った。その度に王子はもちろんのこと、国民はランカを歓迎した。
茶畑を通りかかれば誰もが作業を止め、ランカの乗る馬車に向かって頭を下げる。
砂漠に緑地、と自然があふれるアウソラード王国の風は時間によって全く違う顔を見せてくれる。その全てを体感するように、ランカはしばしば隣国へと足を運んだ。
もちろんカウロ王子の婚約者としての役目も忘れていない。
あの小屋に通って子ども達の成長を楽しみつつ、貴族としての役目も果たしつつ、だ。
そのためランカの予定はいつでも詰まりきっていた。
けれどつらいと感じることはなかった。
誰もがやる気に満ちあふれ、自身も出来ることをする。
それは前世ではすっかりと失ってしまっていたランカのやりがいを刺激したのだ。
ただ一つだけ気にかかることはあった。
「ランカ、今日もまたアウソラード王国へ?」
「ええ。新たなブレンド茶を試したいとのことで、呼ばれているのです」
「そう、か……」
カウロはランカに会うと決まって悲しそうな表情を浮かべるようになったのだ。声のトーンは下がり、いつしか俯きがちの顔ばかりを目にすることが増えた。
何か悪い噂でも流れているのだろうか。
ランカは心配になって調べてみたが、どれも好意的なものばかり。
一部では嫉妬混じりの悪評が流されているものの、そんなのは些細なもの。とてもじゃないが気を削くような物ではない。
ならばカウロ王子はなぜいつも同じ質問ばかりを繰り返すのか。
真意は掴めないまま日ばかりがすぎていく。
いっそのこと何か言ってくれればいいのだが、いつだって彼がそれ以上の言葉を続けることはなかった。
だからといってランカから聞くことは出来ない。
聞いてしまえば、彼の中へと大きく足を踏み入れることになる。
学園入学もまだ。
つまりヒロインの登場もまだの状況で距離を縮めるなんて真似は出来ない。
好いているからこそ遠ざかる。
深入りしないように、けれども相手の評判は落とさぬように。
そして今日もランカは愛しい婚約者の背中とは逆方向へ歩むのだった。