5.
ランカはアウソラード王国の王族の信頼を確立するために奔走した。
アウソラード王国の王子やその婚約者が呼び集めたお茶農家や職人と話し合って、どうすれば売れる品になるかを考える。
そのための情報源として、現在各国で流通しているお茶をテーブルの上に並べて、それぞれの前に流通国や需要が書かれた紙を置いた。
味は問題ない。
流通ルートも投資で培った太いラインが存在する。
だから問題は多くの人にとって未知の商品をどう売り込むか、である。
もちろん『健康に効く』ことを推していくことには変わりない。だが噂が拡散されないと意味がないのだ。つまり初めに少数でも構わないから買ってもらうことが重要視される。
これらをふまえた上で、新規の茶葉を流通させる方法。
誰もが腕を組んで考え込む中、王子の婚約者付きの侍女がおずおずと手を挙げた。
「あの、小分けで売るのはいかがでしょう」
「え?」
「初めは少量から試していただくという選択肢があれば買いやすいかな、と。あくまで平民としての視点ではありますが」
「いえ、素晴らしい意見だわ」
ランカは侍女の意見に思わず拍手を向ける。
ランカは貴族相手の商売しか考えにいれていなかったのだ。
爆発的な流行後、一気に需要がなくなる可能性がある雑貨とは違い、継続的な利益が見込まれると考えていたからだ。
その上、ランカの国では平民にあまりお茶文化が浸透していない。
けれどこの国を含め、平民もお茶を楽しむ国は多く存在する。知らぬうちに視界が狭まっていたらしい。
そのことに反省しつつ、平民へ向けた流通経路を頭の中で探り始める。元々この国のハーブティーは他国のハーブティーよりも単価が低い。それこそこの国で平民にまでお茶文化が浸透している理由の一つである。
その上で小分けにして一つあたりの単価が下がれば、シュランドラー王国を筆頭とした他の国の平民の間でもお茶を飲む習慣が根付く可能性はある。
つまり新たな需要の獲得にも繋がる可能性は発生するという訳だ。
早速ランカ達は小分けにしたハーブティーを数種類、商業ルートに流すことにした。
すでに懇意にしている商人に中心に流してみれば、彼らは「次の流行はこれですか!」と新たなハーブティー葉の流通に前向きな考えを示してくれた。
そして商人達が様々な場所に流してくれている間、ランカはランカで自身が主催する茶会では必ずその茶葉を使用するようにした。もちろんプロモーションの一環である。プラッシャー家のシェフたちにはそのお茶に合うデザートを考案してもらい、今までの投資先のいくつかにはアウソラード王国の雰囲気をイメージしやすい小物を発注した。アウソラード王国もランカだけに頼る訳にもいかないと包装に使う袋やリボンの組み合わせを考案してみたり、新たなブレンドを作ってみたりと日夜研究に明け暮れた。
彼らの苦労が芽を出すのにそう時間はかからなかった。
アウソラード王国は今まで国交を盛んに行ってきた国ではなく、もちろん茶葉の流通はほぼなし。
興味を持った貴族も少なくはない。
物珍しそうに眺める彼らに商人は商機と見込んで、背中を押すかのように『ランカ=プラッシャーの新たな投資先』だと伝えた。
そのときすでにランカの名前は大陸中に広がっていた。
貴族の令嬢でありながら有能な投資者である――と。
これが次の流行か!
すると貴族たちはこぞって流通に乗っている商品を買い占めにかかる。
『ランカ=プラッシャーの投資品がまたしても品薄になったらしい』
そんな噂が流れ、買い占めに成功した貴族やランカの元には多くの貴族たちが押し寄せる。貴族と言うものは希少なものに弱い。ランカはそんな彼らの興味を利用したのだ。だがこれはまだ始まりにすぎない。
この商機を確実に逃さないよう、彼女は使える手段は全て使う。
過去に投資を行い、王都に店をオープンした喫茶店やハーブティー葉専門店にその茶葉を卸し始めた。もちろんそれだけではない。プラッシャー家の茶会で出したケーキや飾り付けに使った小物も一緒に売り出したのだ。
けれどどの店でも一気に流通はさせない。
あくまである程度の個数を絞って稀少価値を下げない程度に流通させた。
少ない茶葉が多くのお客様に届くように、とハーブティーのスイーツを新たに考案した店もある。
それはそれでランカには都合が良かった。
それでも需要が以前よりも増えることは予想済み。
すでにアウソラード王国の王子には茶畑の労働者を増やすように進言していた。そのための莫大な額の投資だ。
そして一年後、アウソラード王国には多くの富が手に入った。
茶畑の拡大のおかげで職にあぶれる者も少ない。
その上、手に入ったお金はランカの進言によって学校や孤児院の新設に回されるようになった。
それでもランカの出資した金額など余裕で返金出来るほど。
「ランカ。君のおかげで国は安泰だ。借りた金は返す。けれどこれからもどうか我が国との交流を続けてほしい」
アウソラード王国の王子は一年と少し前に借りた金額をランカへと返却した。
それでも彼はランカとの関係を切るつもりはない。
これからも彼女のアドバイスを……という下心もない訳ではないが、彼らにとってランカは恩人なのだ。収入に対して入った少しの利益を渡すだけでは、とてもじゃないが受けた恩を返せる訳がない。そう考えた王子は「なにとぞこれからもよろしく頼む」と頭を下げた。
「もちろんです」
投資を通じて信頼を獲得したいランカにしてみればありがたい申し出だった。
差し出された両手を握り、彼らとのこれからも続くであろう関係に最大級の微笑みを浮かべた。