4.
そして約束の2年を迎える頃には凄まじい変貌を遂げていた。
ランカの変化に周りの貴族たちが首を傾げたのはほんの一瞬のこと。
すぐさま彼女の才能に感嘆した。
彼女が各地を訪れてするそれはまさしく投資だったのだから。
貴族のきまぐれなんかじゃない。
けれど商人たちのそれとも違った。
貴族の令嬢、ランカ=プラッシャーならではの投資なのである。
着々と投資先を増やしていった彼女は田舎の小さな雑貨店からスタートし、将来有望な子ども達にも『教育』という名の未来の資産を与えた。
「将来困らないように、大切な人を守れるように努めなさい」
ランカは子ども達の頭をなでて、何度もそう言い聞かせた。
それは子ども達に告げることで、自分の頭の中で自身にも言い聞かせていた言葉。
将来困らないように。
そして大切な自分自身を守れるように。
彼女は悲劇で転落しないように努めるだけなのだ。
例え、無垢な子ども達を利用したとしても……。
「ランカ様、出来たよ」
「ランカ様見てみて~」
けれどこうして何度となく足を運んで、彼女自ら子ども達の相手をするのは罪悪感からではなかった。
ただただ自分に懐いてくれる子ども達が可愛らしくてたまらなかったのだ。
会社と家を往復するだけの生活を繰り返して、その結果命を落としたランカにとって、そして最悪の未来を常に頭の端に起き続けなければいけないランカにとって、それは癒しだった。
「よくできたわね」
そう褒めてあげれば顔をくしゃりと丸めてえへへと笑うのだ。
そして小さな頭に手を乗せて髪を梳くように撫でてやればその目は細く伸びていく。
そんな一時の癒しに浸ることが出来る空間だったが、ランカにとって一つだけ困ることがあった。
「あ、王子様だ! カウロ王子、僕ね、ランカ様に褒められたんだ~」
それは城から少し離れた場所に建てた学校代わりの小屋に、王子がしばしば足を運ぶことだ。この場所の存在は話したが、場所まで教えた記憶はない。一体どこから聞きつけたのか、彼は週に2度ほどこの場所へと足を運ぶのだ。
婚約者であるランカと予定が被る日が多いためか、自然と訪問する日と被ることも少なくはない。王子とその婚約者が揃って訪れれば子ども達や、その親はひどく喜ぶのだ。だからこそ拒むことすら出来ずにいた。
「ミゲロ、頑張ったかいがあったな!」
「うん、でも僕、もっと頑張るよ! 大きくなったらカウロ王子とランカ様のために働くんだ!」
「それは頼もしい」
「ミゲロだけズル~い。私も大きくなったらランカ様付きのお針子になるんだから!」
そしてランカに懐いたように、カウロ王子にもまた心を許すようになったのだ。
これは将来何かあった時、揉めてしまいそうだ。子どもだからこそ純真で、けれども無力だ。
将来出世した時に匿ってもらえれば、と考えての投資だったが失敗だったかもしれない。
この子達を巻き込みたくはないと思ってしまったのだから。けれどここで投資を打ち切ることなんて出来る訳がない。ランカは誰にも聞こえないように小さくため息を吐いた。
せめて自分がいなくなる前に一通りの教育を終えなければ。
そしてランカは以前よりも多く小屋へと足を向けるようになった。
けれどそれと平行して、貴族としての役目、王子の婚約者としての役目、投資先のカバーそして新たな投資を進めていった。
そしてランカは夜会で知り合った、隣国、アウソラード王国の王子に投資を持ちかけた。
アウソラード王国は国家予算が少ない国でありながらも、国民の幸福指数は決して低いものではない。
そして何よりかの国の『お茶文化』にランカは驚かされた。
朝昼晩と必ず食事と共に出される温かいハーブティーは、今まで飲んできたどれとも違った。
「このお茶のお陰で健康でいられるのです」
そしてその言葉で確信した。
国内でしか飲まれていないこのお茶こそ、アウソラード王国の名産品になる――と。
貴族の多くは健康という言葉に目がないのだ。
そのためには大陸一苦いと言われる薬草をすりつぶしたものを毎朝決まって口にするほど。必ず3杯の水が必要で、その後もしばらくは舌の上に苦みが残ってしまうとの話を耳にした。
そんなものでも健康に効果がありさえすれば、大流行するのだ。とはいえ、そんなの本当に効いているかどうかわかりもしない。
つまり必要なのは確かな効果ではなく、健康にいいという噂。
その上、少し味に癖がありつつも食事と共に飲めるお茶。しかもその味は癖になるものときた。
投資家の端くれとして、このチャンスを見逃す訳がない。
「このハーブティーを他国相手に売ってみませんか? 絶対に損はさせません! 必要な費用は私が出します」
ランカはアウソラード王国の王子の手を握りしめて、熱く語った。
流通ルートもこちらで確立する。
利益の1%以外は要求しない。
元金を返却してもらった後発生した利益は一切要求しない。
だから商売を始めましょう――と。
話している最中で、いざとなったらアウソラード王国に移住すればいいのではないかと思いついたランカは、隣国側に有利な条件を挙げ続ける。
この件でなら金銭的な損失はいくらしても構わないとさえ思っていた。
だがそんな彼女の姿勢はアウソラード王国の王子の胸を打った。
彼もまた、ランカ=プラッシャーという令嬢の手腕を耳にしていたのである。
そんな彼女が自分の国のお茶をこんなにも評価してくれている、と。
王子はランカが用意した契約書を読んだ上で、書類にサインした。
――こうしてランカはアウソラード王国との関係を手にしたのである。