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3.

 投資は投資でもお金を増やすのが目的ではない。

 プラッシャー家のお金を元手にする以上、利益を増やしたところで回収されるのがオチだ。


 だが信頼度や恩義の回収は出来ないはずだ。

 投資に関する知識はほとんどないが、ランカには社畜時代に培った営業力があった。



 ゲーム開始まで後6年。

 今から知識を蓄えても遅くはないはず!


 ランカは立ち上がり、ネグリジェから父がプレゼントしてくれた、彼女の瞳のように青いドレスへと着替える。



 そして父相手に初めての交渉を開始したのだ。



「お父様。お願いがあります」

「どうしたんだい、ランカ」

「私に100万ジュエルほど貸していただけませんか?」

「一体何に使うか聞いていいか?」

「王子の婚約者として、私はまだ知らないことが多いと思うのです。なので市井のことをよりよく知るために投資を始めてみようと思いまして、そのためには元手が必要なのです」


 そんなの真っ赤な嘘である。

 そんなことこれっぽっちも考えてはいない。

 だがランカが投資をする上で、それらしい理由を考え出した結果がこれだった。


「投資? 寄付だけではいけないのか?」


 寄付は貴族としてのツトメの一つだ。

 より資産を持っている人間が、恵まれない相手に財を分け与える。それも素晴らしいことで、救われる人は多いはずだ。感謝だってされる。


 だがあくまでそれは『貴族』としての行動だ。


 ランカは、ランカ個人もしくはプラッシャー家への感謝を貯めなければいけないのだ。

 寄付だけではあまりに不十分すぎる。だがこの理由を直接告げることは憚られた。厳格な父がそんな自分勝手な理由を許すとは思えなかったのだ。


「貧しい者だけではなく、より成長したいと願う方や見込みのある方のお手伝いをしたいのです」


 だから嘘を吐く。

 全ては自らの保身のために。


「なるほど。それで投資、か」

「はい。また寄付とは違い、こちらは返金制や金利を発生させようと思っております。その際、いくつかの条件をつけ、少ない割合でもこちらへリターンを示すことによってより成長が見込めるかと」

「考えは分かった。だから二つばかりお前に質問しよう」


 父の表情は相変わらず何を考えているのかわからないまま。

 この質問は『却下するためのもの』か『許可するためのもの』か。

 ランカは気を一層引き締め、そして生唾を飲み込んだ。


「なんでしょう?」

「一つ目はその100万はどのように使う予定だ? ざっくりとでいい。答えてくれ」

「はじめは10万を5箇所に投資しようかと。小規模でもすぐに結果が出そうな雑貨を取り扱う店を中心に行っていこうと思います」

「なるほど。5カ所の案はあるのだな」

「はい。体制さえ整えば問題がなさそうな場所がいくつか」


 父の目を真っすぐと見つめながら、ランカはゲームの記憶が戻る前に訪れた領地でのことを思い出していた。


 地方の村には職人が多く、繊細な仕事をする者は多い。

 王都に出てきさえすれば瞬く間に引っ張りだこになるだろう、という商品を作るのだ。


 だが彼らやその商品が王都に出てくることはごく稀である。

 そもそも王都に出てくるだけのお金がない。あっても暮らすのには膨大なお金がかかる。

 ならば商人に委託すればいいのではないだろうかと思うだろうが、商人だって仕事なのだ。確実に売れる物や注文を受けたもの以外仕入れることはほぼない。それ以外を売ってもらうためには委託料が存在する。この委託料が高い割に売れなければそもそも商品の値段さえ入ってこない。


 そのため、細々と地方で商売している職人も多いのだ。

 つまり彼らの場合、お金さえあれば解決する、という訳だ。



「ではその申し出が断られた場合はどうする?」

「深追いせずに次にあたります」

「だがその店は初めの選択肢から外した場所だろう。外した理由に目をつぶるということか?」


 父の言うことは正論だ。

 投資は営業とは違う。

 数を打てばその分リスクが高まる可能性が発生するのだ。


「頭を冷やしなさい」

 だからその言葉に自分の浅はかさを嘆くほかない。




 ――今はまだ。




「……ならそこを私がカバーします」

「ランカ」


 ランカは立ち止まる訳にはいかないのだ。

 立ち止まったらその分、将来路頭に迷う確率が高まっていく。

 大事な大事な自分の未来を守るための知識ならいくらでも詰め込もう。


 暗記は得意だ。

 なにせランカは詰め込み世代と呼ばれる世代を生き抜いてきたのだから。


「2年、時間をください。それまでに必ずお父様を納得させるだけの知識を身につけます。ですから12歳の誕生日、また私のお話を検討していただけますか?」


 自ら定めたタイムリミットは二年。絶対に獲得しなければいけない案件だ。

 けれどその途中で他のことから手を抜けば、この父は必ずそこを見咎めることだろう。それにランカ自身も中途半端というのは好きではない。


 やるならば全力で。

 それこそがランカが前世で過労死を引き起こした理由の一つでもあるのだが、彼女のいいところでもある。


 まっすぐな瞳で父を見つめれば、彼は「はぁ」と短く息を漏らした。


「その強情なところは誰に似たのか……。屋敷の者にはランカの勉強につき合うように伝えておこう。そして2年後までに気が変わらなければ100万は好きに使いなさい」

「いいのですか!」

「年頃の娘が誕生日の朝、真っ先に話題に出すくらい重大なことなのだろう? 『投資』が『ばらまき』にならないよう、しっかりと勉強するように!」

「はい!」

「それと、ランカ。誕生日おめでとう」



 愛する妻によく似た娘には砂糖菓子よりも甘いらしい父の許しを得たランカは、その日から自らの生活を組み直した。


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