10.
それから一層、ランカは投資先への訪問と新たな投資先の開拓に励んだ。
以前にも増して忙しなく飛び回るランカに、カウロは勇気を出してとある提案をした。
「気分転換もかねて、二人で別荘へ遊びに行かないか?」
婚約者という関係から、ランカが呼ばれているお茶会や夜会の予定はすでに把握済み。
詰まったスケジュールの中から2日連続で予定が空いている日に狙いを定めて誘った。断られるかどうかは正直半々。それでも長期休みに社交での必要最低限の交流しかしなければ、さらに距離は遠ざかる一方だと考えたのだ。
もし断られても、ランカが投資に励んでいるからと自分に言い聞かせればいい。
そう思っていたカウロにランカが返した言葉はあまりに残酷だった。
「せっかくのお誘いですが、その日はちょうどアウソラード王国から油田を見に来ないかとお誘いを受けておりまして……」
よりによってアウソラード王国……。
予測出来なかった訳ではない。
むしろ今までのランカの行動を考えると、空き時間が長ければ長いほどアウソラード王国へ足を運ぶ確率は上がっている。
つまり断られるなら高確率でアウソラード王国絡み。そんなこと分かっていても、こうして直接ランカの口から聞かされればダメージは大きいのだ。
「そうか……。楽しんできてくれ」
「はい」
泊まりでの油田視察に心を踊らせるランカを見ているのは辛い。
けれどこの時間を終えてしまえば愛しい婚約者は再びどこかへ飛んでいってしまうのだ。
ここで無責任に手を取って行かないでくれとでも言えたなら良いのだろうか。けれどそれはカウロの中の良心が許しはしなかった。
夜会でランカの活躍を耳にする度、彼女への尊敬の念は募っていく。
けれど『ランカ様が婚約者だなんて羨ましい』と言う言葉を耳にする度にどうしようも出来ない自分を恥ずかしく思うのだった。
ランカが油田視察に向かう一方で、カウロは一人で思い出の花畑に座り込んでいた。
思い出の中のようにランカが隣にいてくれることはない。なにせ彼女はアウソラード王国で楽しんでいるのだから。
この二日で関係を一気に前進させてしまったらどうしよう。
募るばかりで行き場のない不安は過去の思い出ばかり辿り、気づけば手の中には花冠が完成していた。
幼いランカに贈った物よりもずっと綺麗で、渡したいと思うのにその相手は隣にいない。
一人で花冠づくりなんてするんじゃなかった。空しさばかりが溜まって、美しい思い出までも浸食していくだけだ。それでも過去をなぞりながら動く手は新たな冠を作成し続けた。
「カウロ王子! 奇遇ですね」
「ああ、そうだな」
「なにをしているんですか?」
「冠を作っている」
「可愛いですね」
「ありがとう」
「……………………………………」
「……………………………………」
途中でイベントを発生させようとわざわざ王都から離れた花畑までやってきたアターシャのことは視界にすら入っていない。応答する声だって虫のささやきのように小さいもの。話しかけられたから返すだけ。
普段も普段だが、今日は一層扱いが雑。
半年かけてアプローチした結果がコレだ。
アターシャは転生前から『カウロ王子』を推し続け、転生してからはゲームのように彼と寄り添って暮らせることを夢見た。ゲームとは違い、王子にトラウマを植え込むことなく、それどころか投資なんて始める悪役令嬢に戸惑いはした。けれどアターシャも入学してまもなく、ランカが転生者であることを悟ったのだ。そして彼女がハナからヒロインの邪魔をするつもりがないことも。
想定外だったのはカウロがランカに惚れていたこと。
それでもランカはカウロと必要以上の交流を持とうとはしなかった。その上、アウソラード王国で油田が発掘されてからは関係を密にしているらしかった。やる気のない悪役令嬢を貶める必要なんてない。だからこそアターシャはひたすらに自分の武器を売り込むというアプローチを続けたのだ。もちろんイベントが発生するように努めもした。
けれどダメだった。
カウロはゲームの中とは違う生身の人間で、同じなのは見た目と声だけ。
そんな彼に夢を抱き続けるのは限界だったのだ。
「推しは眺める専門! って誰かが言ってたけどあれって本当ね。恋愛対象なんかにするもんじゃないわ」
だからアターシャは冠作成を止めないカウロの背中にそう呟くと、シナリオスタートから半年でカウロにアタックするのをピタリと止めた。
他の攻略者とのイベントを発生させながら、推しの恋愛が成就することを遠くから祈ることにしたのだった。




