1.
ランカ=プラッシャーは才女である。
彼女がシュランドラー王国第一王子、カウロ=シュランドラーの婚約者になったのは6歳の頃だった。
シュランドラー王国筆頭貴族が一つ、プラッシャー公爵家のご令嬢と、第一王子の婚約――それは誰の目から見ても順当な政略結婚への布石であった。
婚約当時のランカは幼いながらも貴族としての誇りを持っていた。
そして日々、将来の王妃として、国母として君臨するための教養を身につけていった。
――と、これだけを聞けば何とも努力家のご令嬢である。
実際、ランカの努力は他の貴族の子息の意識をも変えるほどの影響力を持ち合わせていた。彼女の出席するお茶会に呼ばれることは一種のステータスとなるほど。だからこそ誰もが彼女との関係を強固にしたいと願った。貴族として、日々研ぎ澄まされていた嗅覚が彼女との仲を築けと告げていたのだ。
多くの貴族達に囲まれても、幼いランカは顔色一つ変えずに上手く立ち回って見せる。
そんな姿を見た大人たちは『流石はプラッシャー家のご令嬢だ』『彼女こそが未来の王子妃に相応しい』などと彼女を誉めそやした。保身のためというのもあるだろう。けれど中には本心だってしっかりと含まれている。
『ランカ=プラッシャーさえいれば将来は安泰』とまで言い出す者さえいるほど。
貴族の大人たちが一目を置くほど、ランカという令嬢は他の御令嬢やご子息とは一線を画すものがあったのだ。けれど貴族達の多くは、自身の嗅覚を刺激する『ソレ』が何かを掴みかねていた。
それを多くの貴族達が知るのはもう少し後のことだ。
ある日、ランカが取った行動により貴族たちは混乱にたたき落とされた。
全ての始まりはランカの10歳の誕生日――その日を境に彼女は変わっていった。
若かりし日は『夜会のスズラン』と呼ばれ、夜会でひっそりと多くの御令息に愛でられていた母から受け継いだ美貌も、指通りのよい絹のような髪も、そして本人が気にしている父から遺伝した少し鋭い深海のような青い瞳も何も変わっていない。
変わったのは行動だった。
つい昨日まで励んでいたダンスのレッスンは乗馬時間に変わり、出入りさせていた商人はやがて宝石商から何でも屋へと変わっていった。
それだけならきっと何か思うことがあったのだろう、で終わった。けれどそれはまだ始まりでしかなかった。
ランカは12歳を迎えると、誰もが目を見開いて驚く行動にでた。
田舎の村の雑貨屋へとわざわざ足を向けて、この店に投資をすると言い出したのだ。
貴族が気に入った物に金を出したいということは決して珍しいことではない。だが12になったばかりの子どもが『投資』という言葉を使ったのである。しかも国きっての才女と呼ばれる令嬢が。
『貴族の道楽』
店の主人の頭にその言葉がよぎった。けれどそれはすぐに泡のように消え去った。
「こちらが契約書になります。よくお読みになって、承諾してくださる場合にはこちらにサインをお願いします」
その少女が店主の前に突き出したのは『契約書』と呼ぶことに全く違和感を持つことのないそれだった。
期間は元本完済後。
利益が出た際のみ1%の見返りを。なければなし。
仰々しく書かれてはいたが、簡単に言い換えればこの2つ。
彼女が持ちかけたのは間違いなく『投資』だった。
いささかリスクに対して求めるリターンが少ないような気もしたが、それは相手が商人ではなく貴族だからなのだろう。相手はどこぞの貴族ではなく、身の保証がしっかりとされているプラッシャー家の令嬢ということもあり、店主はありがたい申し出だとすぐに契約書にサインをした。
けれどランカの奇行とも思えるその行動はその店だけではなかったのだ。
時間に余裕があれば、彼女は自らの足で各地に向かった。そして自らの手で投資の交渉を進めていった。
そんな彼女の行動を誰も咎めなかったのは、彼女の行動が家のために繋がっていたからだ。
確かに金銭面でのリターンは多いとは言えない。経営が上手くいった、といえないところもある。そんなところには自らが赴いて助言までし出す。
彼女の助言はいつだって的確で、それでいて出張ってくることはない。いつでも『助言』以上のことはしてこなかった。
こうして彼女は信頼を築いていった。
そしてランカの信頼度が上がる度にもちろんプラッシャー家の信頼も上がる。それでいて元手を下回ることはないのだ。
その上、貴族の令嬢として、そして王子の婚約者としてのツトメも手を抜くことはない。
そんな彼女を誰が止めることが出来よう。
例えなぜランカがいきなりそんな行動を取り始めたのかは謎に包まれていても。