異次元の魔導師(4)
第八話です。
「私は、やりますよ」
エデレンはその男をキッとにらみつけると、激しい口調で責め立てる。
「何を言ってるの? こんな男の言いなりになるって言うの? 魔導師としての誇りは?」
「誇り? 十人以上もいて、たった一人の魔道に叶わない我々に、どんな誇りを持てと?」
「………」
「それに万が一、このまま彼を倒すことが出来たとしても、せいぜい金一封だろう? その後はまた、退屈なルーティンワークだ」
そこで言葉を切ると、男はエデレンからストリークに視線を移した。
「それならひとつ、この人の言うことに賭けてみたっていいさ。つまらない人生を長く生かされるより、のるかそるか、一発狙ってみたいんだよ」
男の吐き捨てるような叫びに、エデレンは沈黙する。
代わりにストリークが言葉を継いだ。
「いやいや、 勘違いをしてもらっては困るな。私は君達に危険な橋を渡らせる気はない」
魔導師はわざとらしく、驚いたような表情を作る。
「いいか、考えてみろ。君達は言わば、最新の兵器を持って、原始時代にいるようなものだ。一人一人が世界を切り取って、そこの王となるんだ」
ストリークの言葉に、皆は酔い始めていた。
エデレンに反論した職員の男は、陶然とした瞳でストリークのつむぎだす言葉を待っている。
「好きなところを切り取って、支配下におくといい。その上で私に反抗するもよし、私が去ってから改めて世界の覇者になるもよし。もちろん、十人で仲良くこの世界を統治したっていい」
最初の男のそばに、さらに二、三人が歩み寄る。
ストリークは彼らにも微笑みかけた。
「君たちが、世界の中心になる時が来たんだ」
それをきっかけに、残りの人間もわらわらとストリークの元へ駆け寄った。あまりの勢いに、エデレンは跳ね飛ばされて、倒れたままのウィストのそばに転がされる。
今や十人の職員の代表となった例の男が、おずおずとストリークに話し掛けた。
「サー・アーサー・ストリーク……」
「おぉ、ようやく言葉の使い方を知る人間がいたようだな? 君の名はなんと言うのだ?」
「ヨハンです。ヨハン・ロングアイランドです、サー」
「よろしい、ヨハン。とりあえず君が、その十人のまとめ役になりなさい。暫定で、そうだな……十人委員会とでも名づけるとしようか。君がその委員長だ」
「はい。承知しました」
喜びに輝くヨハンの横顔に、エデレンが激しい怒りをたたきつける。
「裏切りものっ! 貴様のやっていることは、人類に対する裏切りだぞ! 自分のちっぽけな欲のために、この世界を悪魔に売り渡すのか!」
「エデレンさん、いや、エデレン! サー・ストリークに手も足も出ないで、口だけで何を言っても虚しいぞ? 君は簡単に戦えと言うが、その戦いで命を落とすのは我々魔導師だ」
そうだろう? と言わんばかりに、ヨハンはエデレンを見つめる。
「我々が命を落とし、家族を路頭に迷わせてまで、サー・ストリークと戦わなければならない理由を教えてくれ」
「それは、この世界のみんなのために……」
「みんな? その中には、私の妻や子供は含まれないのか?」
「………」
「それに今だって、世界中のあちこちで戦争が起きているじゃないか? もし我々が世界を統治すれば、人類史上初めて戦争のない世界が実現するかもしれないんだぞ?」
「か、勝手な理屈を……」
「君の言ってることも、君の勝手な理屈さ」
「何を……」
「いずれ実現する平和な世界のために立ち上がる我々と、小さな正義感でそれをぶち壊し、世界のギルド職員を危険にさらそうとしている君と、どちらが裏切り者だ?」
「自分が支配者になりたいだけだろう! その汚い欲望を、人類平和のためなんて耳障りのいい言葉に置き換えているだけじゃないかっ!」
「はっはっはっはっ」
二人のやり取りを聞いていたストリークが、乾いた笑い声を上げた。
皆がそちらに視線を移す。
「ヨハン、君はなかなかの論客だな? この僅かな時間の間に、良くぞ、それだけの理論武装を出来たものだ。まるではじめから私の配下にいる腹心のように、的確な論の進め方だ」
「ありがとうございます、サー」
「十人委員会は安心して君に任せよう。ところで委員長、我々はいつまで、こんな小さな小汚い建物にいなくてはならないのかね?」
ストリークの「委員長」という言葉に、ヨハンの顔が緩む。
「どこか適当な建物を接収して、そこを本拠地にしたいと思うのだが?」
「ああ、申し訳ありません。それでは適当な候補地をただちに見繕います」
「うむ。世界中のどこでもいいぞ? 決まり次第、私がそこへ君たちを運んでやろう」
「 十人一度にですか? す、素晴らしい」
「なに、すぐに君たちも同じ事が出来るようになる」
「おぉ!」
十人は感嘆の叫びを上げた。
ヨハンはそのさなか、横目でエデレンを見る。
彼女と目が合うと薄く笑って、それきりまるで興味を失ったかのように、二度と彼女に視線を移すことはなかった。
「お嬢さん、君はどうするね? ヨハンと仲直りして委員会に入るかね?」
「だ、誰が!」
「そうか、そうか、それは残念だ。ならば、君にはもう用はないよ。君の勇気に免じて、命だけは助けてやろう。どこへなりとも消えるがいい」
エデレンは何か言い返そうと口を開こうとする。
そして思い直すと、気を失ったままのウィストを抱え上げる。
彼を背負って、そのまま、よたよたと歩き出した。
後ろから、ストリークと十人の裏切り者の哄笑が聞こえる。
エデレンは血が出そうなほど強く、唇を噛んで歩いてゆく。
気を許すと全身を覆ってしまいそうな、やりきれない絶望感と戦いながら。