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異次元の魔導師(3)

第七話です。

 

「黒魔導師ストリーク?!」


「どうせ頭につけるなら、黒魔導師なんて失礼な呼び名ではなく”サー”をつけていただきたいね、お嬢さん。あなたが、”近頃の若者は言葉遣いが……”なんて言われないためにも」


「まさかっ!  あんな話はおとぎ話だ!」


 

 ストリークとエデレンの話を聞いていたギルド職員の一人が叫んだ。


 ストリークはその人物に向かって、何の感情も入らない、 氷のように冷ややかな一瞥をくれる。


 そして、そのままブツブツとスペルを唱え始めた。



「いけない! 逃げて!」



 エデレンが叫んだ時には既に遅かった。


 彼のいる次元に、黒い小さな物体がわらわらと沸き出し始める。


 一瞬、いぶかしげな顔をした男は、その正体に気づくと、「ぎゃあ!」引きつった悲鳴をあげた。半分腰を抜かしながら、黒い小さな物体から逃げ出そうとする。



「大げさな。 食い殺されるわけじゃあるまいし」



 嘲笑するストリークの前で、幽霊職員が腰を抜かして四つん這いのまま這って逃げ出した。


 彼を追う黒い小さな物体は、無数のゴキブリだった。


 空間から突然湧き出したゴキブリが、次から次へ彼に向かってわさわさと走り寄る。



 他の者も悲鳴を上げるが、しかし、ゴキブリが彼らに触れることはない。


 あくまで「おとぎ話だ」と叫んだあの男だけが狙われているようだ。


 狙われた職員は、手に、足に、身体中にゴキブリを取り付かせて、魂消たまげるような悲鳴をあげた。



「おぉ、そうか。ゴキブリは雑食だったな。すまんすまん。これでは彼が死んでしまうではないか」



 わざとらしく大仰なポーズでそう言うと、ストリークはまたもスペルを唱える。


 次の一瞬、ゴキブリたちは男から離れ、離れたそばからコロコロと死んでいく。


 後にはゴキブリの無数の噛み痕から血を流し、呆けたように座り込む男だけが残されていた。



「なんてコトを……」



 ストリークは、にらみ付けるエデレンの視線を涼しい顔で眺め、微笑までも浮かべてみせる。



「どうと言うこともなかろう。魔導師なら簡単に避けられたはずだ」



 ストリークの唇が、いやらしくねじれる。



「それとも君達は、その程度の魔道も使いこなせないで、魔導師などと名乗っているのかね? それはそれで困ったものだ」


「く……」



 屈辱であった。


 ではあったが、男の言うことにエデレンは反論できない。


 専門技術職の魔導師である以上、相手の魔道に対して反撃できないと言うのなら、それはそのまま彼我の技術の差であると言えるわけだ。


 つまり、プロとして技術が劣っていると言われても、劣っているほうに反論する術はない。己の技術で見返すしかないのである。



 しかしそれにしても、ストリークとエデレン達との差は開きすぎている。


 まるっきり、大人と子供と言ってもいいくらいの開きだ。



「この次元に面白い魔道の気を放つ者がいたので顔を出してみたのだが、どうやらお嬢さんではなさそうだな? うむ。残念だ」


「…………」


「まあ、それだけ美しければ、魔道の腕が 二流でも気に病む事はないだろうが」


「大きなお世話よ。おまえなんかに……」



 瞬間、エデレンは三メーターも吹っ飛ばされた。


 飛ばされた方向がよかったので、ウィストのように大怪我をすることもなく、意識を失うこともなかったが。



「おぉ、いかんいかん。小僧を吹っ飛ばした魔道の仕掛けを解くのを、すっかり忘れていた。お嬢さん、いかんなぁ、”おまえ”なんて汚い言葉を使っては。大丈夫かい?」



 ニヤニヤしながら差し出されたストリークの手を、エデレンは思いっきり振り払う。


 ストリークは大げさにため息をついて肩をすくめると、後ろを振り向いて、今度はフロアで固唾を飲んでいるギルド職員の幽霊達に向かって言った。



「本来の自分の次元にも、いささか飽きたんでね。この次元は私のいたところより魔道の進みは遅いようだから、ひとつ私が君達のために力を貸してあげよう」


「どういうことでしょうか?」



 怯えた口調で職員の一人がたずねる。



「伝説の魔導師サー・アーサー・ストリークが、おまえ達の指導者になってやろうと言っているのだ」


「つまり、この世界があなたの世界よりも遅れているから、コントロールしやすいと踏んだわけだね? ありていに言えば、この世界を征服しよう、ってことだ」


「これこれ、お嬢さん。そう言ってしまっては身も蓋もない。どうもあなたの言葉遣いは、いただけないね。せっかくの美貌が台無しだ」


「余計なお世話だ。何を企んでいる?」


「企んでいる、とは人聞きの悪い。何も悪い話じゃあるまい? 君達が、この世界の魔導師のトップになれると言うことなんだから」


「そんなこと、させるかっ!」



 エデレンが叫ぶ。



「あんたの言いなりになるなんて、誰が承知すると思ってる? あんたはそりゃ凄い魔導師だけど、世界の全ての魔導師を相手にして、独りで戦えるとは思えない。みんなが結託すれば、あんたなんて!」


「うむ。全ての魔導師が結託したとしたら、いくら私でも少々てこずることは認めよう。だがな……」



 言葉を切ったストリークは、またもやスペルを唱え始めた。


 エデレンは警戒しながら身構える。


 黒魔導師がスペルを唱え終わると同時に、人の気配が一気に溢れ出してきた。


 平行世界に隔離されていた職員達が、本来の次元に引き戻されたのである。



 ざわめく人々の前でストリークは話し出した。


 エデレンに語りかけるていを取ってはいるが、声の大きさから言って、この場の全員に聞かせようと言う意思は明白であった。



「これだけの差がある相手と戦えば、命の危険があることは理解できるだろう? 命をかけて私と戦って、万が一勝利したとしよう。その後に君たちの得られるものは?」



 全員の注意が自分に向いてることを確認し、ストリークは上機嫌で指を立てる。



「元のつまらないギルドの歯車のひとつだ」



 フロアにいる全ての人間が、ストリークの言葉に聞き入っている。意識を失っているウィスト以外は。



「私の配下になって、ずっと進んだ魔道を自分のものにすれば、ココにいる一人一人が世界中の魔導師の頂点に立てるのだよ? ええと……十人ほどはいるかな?」



 自分の言葉が彼らに与える影響を充分に自覚しつつ、魔導師はたずねる。



「君達の世界は、十人で分けるのに困るほど狭くはあるまい?」


「そして、あなたのために働くって言うの? まっぴらよ!」


「それは君個人の意見だろう? 他の人たちは、そうは思っていないようだぞ?」



 驚いてエデレンが振り返ると、皆はバツの悪そうな顔で視線をそらした。


 驚き、呆れて、言葉も発せられないエデレンの後姿に向かって。


 ストリークの言葉が続けられる。



「先ほど言っただろう? 私は前の次元に飽きて、ここへやって来た。この次元でやりたい事をやってしまえば、私は別の次元に去るよ。そのとき君達に残される物は? そう、支配者としての地位だ」


「ばかな! そんな言葉に私たちが……」



 振り向いて言い募ろうとするエデレンより先に。


 職員の一人が、ストリークへ向かって叫んだ。



「私は、やりますよ」



 

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