異次元の魔導師(2)
第六話です。
会議室らしきその部屋は、他の部屋と同様にガラス張りである。
そしてその部屋の中には幾人ものギルド職員がひしめいていた。
しかし、彼らの身体はみな半透明で、向こうの景色が透けて見えるのである。
そのこと事態に彼ら自身も気付いていて、みな動揺を隠せないでいた。
生きながらにして幽霊にでもなったかのような不可思議な現象に、彼らの全てが当惑している。
さすがに魔導師ギルドのスタッフであるため、パニックを起こすようなことはなかったが、それでもこの異常事態の原因や解決を見つけるには至っていない。
なにしろ、外部と連絡しようにも、自分たち以外の物質には触れることが出来ないのだ。
そして、彼ら同士の身体も、お互いに触れることが出来ないようである。自分と相手の手を重ね合わせ、お互いの身体がすり抜けてしまうと言う事実を、気味悪そうに、しかし何度も試している。
「どうしちゃったんでしょうね?」
「うん……どうやら別次元がいっぺんに重複してしまっているようだけど」
「へえ、そんなこと、ありえるんですか?」
「事実、目の前で起こってるんだからね。まずそれを認めないと」
「別次元そのものの存在は、俺も魔導師の端くれですし、とりあえず知ってます。でも、こんな風に、その存在を視認できるとは思いませんでしたよ」
「あたしだってそうだよ。魔道ったって要は、別次元を利用して、モノを呼び出したり、移動したりするってことだからね。存在する以上、見えたっておかしくない道理なんだろうけど」
「でも、あれですよね? 彼らがお互い触れないってことは、彼らの人数分だけの次元が、この場所に同時に存在してるってことになりますよね?」
「まあ、そうだろうね。厳密には、あの中の全員を試したわけじゃないから、もしかしたら2,3人づつ同じ次元にいるのかもしれないけど」
いつの間にか立ち上がって話をしていた二人の姿を、幽霊の一人が見つける。
急いで近寄ってくるのは、彼らの顔見知りの職員であった。
「き、君達! 君達は平気なのか?」
「ええ、我々はこの建物と同じ次元にいるようですね。ご質問がそう言う意味なら」
「そうか、助かった。すまんが、急いでこの事態を千住支部のほうに伝えてくれないか? いや、ギルド本部でもいい。異常事態だ」
(異常事態は見りゃ判るって)
心の中で突っ込むウィストを尻目に、エデレンはうなづくと携帯電話を取り出す。
千住支部にかけてしばらく音を聞いていたが、繋がらないことを確認すると電話を切る。
今度は本部にかけ、こちらも繋がらないことを確認し、その旨を伝えた。
いつの間にか、彼らの周りに人が集まってきている。大人数なのに、しかも喋り動いていると言うのに、彼らの気配はまるっきり感じられない。
ウィストは気味悪そうに彼らから少し距離を置いて、事の成り行きを見守っていた。
「繋がらないんだな? では、向こうにも同じような事態が発生しているのか……」
「どうでしょう? まだ、そう決めるのは早いような気がします。あちこちで同時にこのような事態になったと言うよりは、ここだけの異常と考えた方が可能性としては高くないですか?」
「うむ。そうだな。確かに千住だけならともかく、本部までとなると考えづらいな」
「ええ。ですから、我々が直接あちらへ行ってみます。その上で、支部長なり本部の指示を仰ぎたいと思いますが?」
「了解した。頼む。我々も、できるだけコトの究明を急ぐ。まあ、何も触れられない以上、ディスカッションくらいしか出来ないかも知れんが」
「いえ。仮定や仮説は、立てておくに越したことはないと思います。後々のためにも」
「そうだな。とりあえず、この次元混乱からそちらの次元に戻るスペルを検討してみよう。いや、エデレンさん助かる。申し訳ないが頼むよ」
「はい、できるだけ早く戻ります」
「その必要はないですね」
突然のセリフに、みな一様に声の方向を振り返った。
ウィストもビックリして、そちらに目を移す。
すると視線の先には、 だぶだぶの高級スーツを着た神経質そうな男が、唇の端を皮肉にゆがめながらこちらを見つめて立っていた。
「携帯が通じないのは、あなたも既に元の次元から隔離されているからですよ、お嬢さん。急いだので、そっちの坊やとふたり一緒に同じ次元になってしまいましたが、構わないでしょう?」
甲高い耳障りな声でそう言うと、男はニヤニヤと嘲笑する。
言葉を発せないでいるエデレンの代わりに、ウィストが男に尋ねた。
「あんたが、これを?」
視線をウィストに移した男は、彼をにらみむ。
「言葉遣いに気をつけ ろ、小僧。私はおまえごときが気安く声をかけられるような人間ではない」
「へえ、そうなんだ。気をつけるよ。んで? これはおまえがやったことか?」
ウィストは、わざとぞんざいな口調でそう言った。
瞬間。
彼は車にぶつけられでもしたかのように、身体ごと吹っ飛ばされて壁に激突した。
「人の忠告は素直に聞くもんだぞ、小僧」
言いながら、男は嫌味な笑いを浮かべている。
エデレンはウィストに駆け寄ると、彼を抱き起こした。
ウィストは意識を失っていた。
「まったく、バカなんだから。反骨精神旺盛なのもいいけど、少しは状況を考えなさいよ」
言いながら、ウィストの口の端から流れ出る血を、ハンカチでぬぐった。
それからキっと男を振り返る。
「スペルを唱えたようには見えなかった。ってことは、何かのキーワードに反応して、別次元から何かが飛んでくるように、事前に仕込んでおいたってコトね? 用意のいいコト」
「なかなか聡明なお嬢さんだ。そう、キーワードは”おまえ”だよ。私にそう言うクチの聞き方をする者は、決して許さないようにしてるのだ」
「あなた、ギルドの人間じゃないね? はぐれ魔導師?」
「フリーランスの魔導師と言っていただきたいね。まあ、半分は正解だ。ギルドには属していない」
「残りの半分は?」
「うむ。それも私の所属にかかわる話だな。私はギルドどころか、この次元にも属していないのだよ。言っている意味がわかるかね?」
「じ、次元放浪者?」
「次元放浪者? やめてくれ」
男はわざとらしく顔をゆがめて、不快そうに吐き捨てる。
「彼らは自己の意思によらず、不本意ながらも次元を渡り歩かねば……いや、時限の流れに翻弄されて漂わなければならない、言わば無能力者だ。彼らといっしょにされては困るよ」
「それじゃ、ま、まさか……ジャンパー!?」
「ようやく、正しい答えにたどり着いたようだ。ご明察恐れ入る」
芝居がかった仕草で、男はにやりと笑った。
「いかにも私は次元跳躍者にして、最高位魔導師だ。もっとも最高位は剥奪されたがね。君達も魔導師の端くれなら、私の話くらいは聞いたことがあるだろう?」
「最高位を剥奪。ジャンプ~次元跳躍の力を持つ魔導師…………黒魔導師ストリーク?!」