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異次元の魔導師(1)

第五話です。

 

 北千住駅東口から徒歩2、3分のビル。


 そこに、魔導師ギルド北千住支部があった。


 普通、各市区にギルドの支部はひとつだが、面積の広い市区には、二つおかれる場合もある。足立区には、北千住支部と北綾瀬支部があった。足立区役所を、南北ではさむ形になっている。


 ウィストのように下っ端の魔導師は基本的に使いっ走りなので、二つの支部の間を往復することも、しばしばなのであった。



「書類なんか、ファックスかメールでいいと思うんだけどな。このご時世に、いまだに印鑑なんて……お役所って、どうしてこう頭が硬いんだろ?」



 ブツブツ言いながら社用車を運転するウィストに、先輩魔導師のエデレンが笑いながら答える。



「魔道の仕事は悪用されやすいからね。煩雑な手続きも仕方ないよ 」


「判りますけど、もうちっとこう、現場の人間に優しいシステムにして欲しいなァ」


「みんな最初はそう思うんだけど、上に行くと忘れちゃうんだよ。支部長だってそうじゃん?」


「ですよね。パラさんだって俺の直属のときは散々文句言ってたくせに、支部長になったとたん、全部忘れた顔して、のんきに上司とゴルフなんかしてるもんなァ」


「まあ、それでも、パラレス支部長なんかいい方だよ? フランクだし。文句も少ない方じゃん 」


「綾瀬支部の支部長なんて、ものすごい威張ってますもんね 」


「なによりセクハラもしないしね。前にいた、品川支部は凄かったよ。もう、セクハラの嵐。あたしのお尻がすり減っちゃうんじゃないか? ってくらい。ひどいもんよ」


「そうなんですか? お尻がすり減るってのは、すごいなぁ。まあ確かに、その気持ち、わからなくもないけど。エデレンさんキレイだから」


「あ、セクハラ発言」


「そーか、キレイって言うのもセクハラなんですよね。まいったなぁ 」


「ふふふ。まあ、可愛い後輩の言うことだし、キレイ発言は素直に喜んどくか」


「はははっ! ありがとうございます」



 ウィストの運転する軽自動車は、混雑する環七を避けて、竹ノ塚から保木間へ抜ける。


 東保木間から南下して北綾瀬へ出たところに、魔導師ギルド北綾瀬支部があった。



「あれ? なんか様子がおかしくないか?」


「そーっすね。人っ子一人いないすね。あーそうか、わかった。今日、休みなんじゃないですか?」


「んなわけないじゃん。綾瀬支部って、ウチより休み少ないんだよ? あの厄介な支部長が、やたら張り切っちゃってるから」


「ですよね……どうしたんだろ?」



 ウィストはいぶかしみながら、車を北綾瀬支部の駐車場に入れる。


 書類を持って支部の入口に入ると、中にも人の気配がない。いつもかかっているはずのヒーリングミュージックさえ途切れていた。



「おかしい! やっぱりなんかあったんだ」


「みたいですね。お~い! 誰かいないのかぁ……いてっ」



 大声で呼び出したウィストの後頭部を、エデレンが思いっきりひっぱたき、声をひそめながら叱る。



「バカじゃないの? いきなり大声出すな! 中で職員が監禁されてるかも知れないんだから」


「あ、なるほど。すげえ、映画みたいですね」


「のんきに喜んでる場合じゃないだろっ! ウィストっ! 手分けして、館内を捜索するよ」


「はい。それじゃ俺は 二階の方を見てみます」


「気をつけるんだよ? 魔導師ギルドを狙うとしたら、相当大掛かりな組織のはずだから。不審なやつを見つけたら、無理しないで警察を呼ぶんだよ?」


「うす、了解しました。エデレンさんも気をつけて」


「うん、慎重に行こう。携帯は音がでないようにしておきな。」



 二人はそこで別れ、エデレンは1階、ウィストは2階へ向かう。


 まるでアニメの泥棒のように、ウィストは抜き足差し足で階段を上がると、2階のフロアにある部屋をひとつづつ覗き込んでいった。




 魔導師ギルドというのは、一般人にはまだまだ理解されがたい組織である。


 魔導師というものの性質上、胡散臭い印象が拭いがたい。そのため、少しでも明るくクリーンなイメージを、と言うことで建物は、全室ガラス張りになっている。


 廊下から部屋の中が覗けるありがたい構造のおかげで、扉を開けることなく、ウィストは部屋の中を確認していける。


 程なく、二階のフロアの全ての部屋を確認し終わってしまった。



「なんだ、誰もいないじゃん。あれだな、きっとみんなでどっかレクリエーションにでも行ったんだな」



 ウィストが呑気なセリフを吐いた、ちょうどその時。



ブルブルブル……



 マナーモードの携帯が震えた。


 一瞬びっくりして飛びあがったあと、急いでポケットから携帯を取り出す。


 着信ではなく、エデレンからのメールであった。



”静かに、下まで来い”



 端的な文面が、逆に切羽詰(せっぱつま)った様子を感じさせる。


 ウィストは携帯を持ったまま、抜き足差し足で階下へと降りて行った。


 広いロビーを壁伝いに渡り、エデレンが向かったはずの方へ進む。


 と、エデレンが給湯器の陰に隠れて一室をのぞきこんでいた。


 のぞいているのは、一番奥の資料室のようだ。近づくうちに、ウィストにも気配が感じられた。



 声が聞こえるわけでも、大きな物音がするわけでもないが、確かに奥の部屋には大勢のいる気配が感じられる。


 エデレンの後ろにそっと近づくと、気配を感じて彼女が振り向いた。人差し指を口に当てて警戒を促す。ウィストはエデレンの耳元に口を寄せると、そっと話し掛けた。



「人……いますね?」


「うん、いる。 十人くらいか」



 こんな際にも関わらず、いや、緊張が高まったからこそかも知れないが、彼女のつけた香水が淫靡いんびなくらい甘く香る。



(エデレンさん、綺麗だなぁ。ネネちゃんとはまた違った魅力があるね)



 とまあ、のんきなことを考えていたウィストは、突然 、肘鉄砲を喰らって我にかえる。



「ウィスト。ボ~っとしてるんじゃない。敵の人数と武装のレベルを確認するんだ。ついておいで」



 言い放つと彼女は、短いスカートのまま匍匐ほふく前進をはじめた。足を斜めに出すやり方なので中まで見えることはないが、それでも充分になまめかしい光景である。


 先ほどの香水の香りと眼前の光景に、ウィストは毒気を抜かれていた。


 人質、敵、そう言ったもともと現実感のない言葉が、さらに現実感をなくす。



「はぁ」



 慌てて気の抜けた返事をしながら(この人、本当はこういう事態が好きなんじゃないだろうか)という懸念が湧き上がってくるのを抑えきれないウィストであった。



「明らかに生き生きしてるよなぁ、エデレンさん」



 小さな声で呟くと、エデレンの後を追って匍匐前身をはじめる。


 奥の一室がどうやら見えるところまで来ると、エデレンとウィストはそうっと中をのぞきこんだ。



(え?)



 ウィストは思わず声を上げそうになり、慌てて自分の口を抑える。


 エデレンを見ると、彼女も驚きを隠せない表情で凍り付いていた。



(な、なんだこれは?)



 ふたりの眼前には、たくさんの人々がいた。


 そして、誰もいなかった。


 

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