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旅立ち

第25話、最終話です。

 

 やがて、笑いやんだエデレンが、まじめな顔で言った。



「ウィスト、旅に出るんだって?」


「ええ、ネネちゃんと一緒に世界を回ります。ストリークは死んでも、彼の残した負の遺産は、まだ世界中に残ってますから」



 エデレンはうなずいて話を引き取る。



「一度握った権力を、例えそれが不当な方法で手に入れたものだとしても、なかなか離したがらない人間は多いからね。バカな話だけれど、そんなヤツラが意外に多いのも事実だ」



 その言葉に、ネネがうなずく。



「ええ、だからウィストと私の二人で何が出来るかはわからないんですけれど、それをこのまま放っておくことが出来なくて。父のしたことの贖罪になると思っているわけではないのですが」



 ふとネネの顔に影が落ちかけた瞬間。



「まあ、そう堅苦しく考えなくても、放浪の正義の味方でいいじゃないか。なかなか詩的でいいと思うよ? もちろん詩的美しさで言えば、吟遊詩人には遠く及ばないけれど」



 サイレンスがまぜっかえして、またひとしきり笑いがおきる。



「で、その吟遊詩人さんはどうするんですか?」


「エデレン、『至高にして究極の』が抜けてるよ。僕をたたえる形容詞はいくつあってもいいんだけれど、最低その二つは忘れないでほしいね。まあ今日のところは、美味しい紅茶を淹れてくれれば、許してあげないこともないよ」



 エデレンは苦笑しながら紅茶を入れる。


 サイレンスはそれを受け取ると優雅に一口飲み、胸を張って話し出した。



「もちろんいずれは、もといた次元に帰るつもりだけどね。フリーの方は今のところ帰る気がないみたいだし、しばらくはこの世界を回ってみるよ。この世界の女の子とも、まだ全然仲良くなってないし」


「あら、私とネネは女じゃないって言うんですか?」


「違うよ。売約済みの札のかかった女の子には、興味がわかないのさ。僕は不倫が文化だなんて意見には反対派だからね。もちろん、フリーやウィストを袖にして僕の元へくるって言うなら、いつでも大歓迎だよ。まあ、遠からずそうなるんじゃないかって、僕はにらんでいるんだけどね」



 ウィストが思わず顔をしかめる。



「ひどいなぁ、サイレンスさん」


「僕がひどいだって? 何だってそんな馬鹿げたことを思いつくのかな、君の脳みそは。考えてもごらんよ。エデレンがいずれ僕を好きになってしまったら、フリーはどうしたらいい? 彼は帰ろうにも次元跳躍が出来ないんだよ? 」



 何か言い返そうとするフリーに口を挟ませない勢いで、サイレンスは自説を延々と語る。



「その点僕なら、すがるエデレンを振り切って、元の次元に帰ることが出来る。 女の子に名前を呼ばれながら、振り向きもせずに去ってゆくのには慣れてるからね。そのときついでにフリーをつれて帰ってあげようって言う、はるか先までを見据えた遠大な、この上なく聡明な考えからの発言なんだ。まさに先見の明だと言えないだろうか?」


「言えません!」



 エデレンが即座に答え、笑いが起きる。


 しかめっ面のサイレンスとフリーを肴に、楽しい午後は続いた。


 今までのこと、これからのこと、みなはそれぞれの思いを話す。


 エデレンは毅然と、ウィストは慎重に、ネネは激しく、フリーはとつとつと、話すことはたくさんあった。もちろん、一番多く口を開いていたのは、サイレンスだったのだが。



 楽しい時間は早く過ぎる。


 やがてサイレンスが立ちあがった。



「さて、それじゃあ僕はそろそろ出るよ」


「え、もう行くんですか? サイレンスさんも世界をみて回るなら、僕らと一緒に行きませんか?」



 ウィストの申し出をサイレンスは即座に跳ねのけた。



「冗談じゃない。僕は恋人達の物語を語るのは好きだけれど、愛を語り合う恋人達のそばに独りでいるなんて、絶対にごめんだ。それに、吟遊詩人は一人で旅をするのが決まりだよ」


「でも、途中まででも僕の車に乗っていけばいいのに」


「あーもう、何もわかってないなぁ。そんな無粋な乗り物じゃあ、旅愁がそがれるじゃないか。詩人は徒歩か馬で旅をするんだ、これはもう、絶対に決まってるんだ」


「馬? そんなものがいるのか?」



 驚いたフリーが問うと、至高にして究極の吟遊詩人、サイレンス・ザ・ポエットはにやりと笑って窓の外、公園の隅を指差した。


 そこにはおんぼろの単車が一台、木陰で休 むかのようにひっそりとたたずんでいる。



「いいだろう? 今度のことで喜んだ人々が『何か欲しいものはないか』って聞くものだから、それじゃあ馬をって言ったら、代わりにアレをくれたんだ。僕の世界にはなかった乗り物だけれど、乗ってみるとなかなか楽しいんだよね」



 三人はあきれて声も出ない。



「ああ、みんながお礼を拒んだのは知ってるよ。でもね、僕は思うんだよ。お礼をしたいって人の気持ちを踏みにじるって言うのは、やはりよくないことなんじゃないかってね。だってさ、みんなお礼をすることで、僕らに借りを作らなくて済むわけだし、いや実際はみんなお礼をくれたからってそれで感謝の気持ちがなくなるわけじゃないんだろうけど、少なくとも彼らの気が済むことは間違いないわけで……」


「わかったわかった。別に責めてるわけじゃない」



 フリーが言うとエデレンも笑って言った。



「バイクに乗った吟遊詩人ってのも、なかなか素敵じゃないですか」


「そうだろう? やっぱりエデレンはセンスがいいね。美味しい紅茶を入れるだけあるなぁ。それに比べてバカフリーときたら 、本当に無粋無骨不細工でどうしようもない。だいたい前から言おうと思っていたんだけど、君って男は……」


「とにかく!」



 止まらないサイレンスの言葉をさえぎって、ウィストが叫んだ。



「これで一度お別れですね。僕らは数年をめどに帰って来ますから、それまでどうかお元気で」


「なんだ、君らも出るのか?」


「サイレンスさんが出るのなら、ちょうどいいですから。どうかお元気で。また会いましょう」


「そうだね。特にネネちゃんは、もう少し大人になったら、もう一度ぜひ会いたいね」


「これだ」



 ウィストが肩をすくめる。



「俺はこのままエデレンさんとここに残る。ここに残ってやれること、やるべきことをする。その後は、今はまだ考えてない」


「エデレンに振られて、僕と一緒に元の次元に帰るんだよ」


「やかましいぞ、ノイジー! おまえは何でそういう……」


「あぁ! また言った。君は何回言えば、そのふざけたあだ名を……」



 旅立ちの日にふさわしい抜けるような青空のもと。


 もうしばらくだけ、名残を惜しむじゃれあいは続くだろう。




 公園の丘の上を通りがかった一匹の猫が、なぁと小さく鳴いた。





―――了―――



 

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