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決戦(5)

第21話です。

 

「大丈夫。誰も殺させない」



 穏やかな、しかし、力に満ちた声が響いた。


 声の主は、決意を秘めた力強い表情でそこに立っている。



 争っていた人々は、気を呑まれて彼を注視した。


 動揺が消えた瞬間、ストリークの部下たちを襲っていた炎も消えた。


 声の主が発した鋭い音が、部下どもに巣食っていた狂気を払ったのだろう。



 一種異様な静寂が辺りを包む。


 と。



「ウィスト!」



 サイレンスが叫んだ。


 混乱を止めた声の主、ウィストはサイレンスの叫びにうなずいてから、黒魔導師に向かって叫ぶ。



「これ以上、誰も殺させない! おまえは僕らが打ち倒す!」



 一瞬の静寂。


 と、呆気にとられる人々を縫って、黒魔導師の哄笑が響く。



「はっはっはっはっ! 虫けらがよく言った。この最高魔導師にして、次元跳躍者の私を、どうやって倒すのだ、ええ? 世界がひれ伏した支配者である私に、キサマらごとき虫けらが、どうやって楯突こうと言うのだ?」


「今の音がなんなのか、わかるか?」


「なに?」



 怪訝な顔をする黒魔導師に、ウィストは両の掌を見せた。


 手には小さな傷がたくさんつき、血がにじんでいる。



「手を叩いたわけじゃない。手を振ったのさ。それも音速を超えてね」



 ウィストの顔は、自信に満ちている。



「ボクの魔道は未熟だから、手を完全に守ることは出来なかったけれど、音速を超える程度の魔道なら使えるんだ」



 自嘲するように笑うと、次の瞬間、ウィストは宙を駆け上がる。


 別次元の階段か坂でも使っているのだろうその軌道は、黒魔導師まで一直線だ。


 だが襲われる方も、もちろん黙って見て居はしない。小さな声で防御のスペルを唱えた。


 しかし、ウィストは止まらない。


 築いたはずの結界の障壁を難なく越えてくるウィストに。


 黒魔導師は、今度こそ明らかに衝撃を覚えたらしく、険しい表情で次々とスペリングしながら、駆け寄ってくるウィストから逃れる。


 逃れながらスペリングを完成させたとたん、別次元から飛んできた巨大な質量を持つ何かが、ウィストの身体にぶつかった。



どん!



 大きな音がして、ウィストの身体が弾け飛ぶ。


 が、空中でくるりと身をひねったウィストは、まったく音を立てずに、ふわりと床に立った。


 そばにはウィストの発した音で落ち着きを取り戻したフリーが、彼を見つめている。その表情には、成長した弟子を見る師匠のごとき喜びが見て取れた。



「しかし、一瞬とはいえ音速を超えるとは。やるな」


「師匠がいいですからね」



 フリーの言葉にウィストはウインクしてみせる。



「虫けらが、生意気な」



 黒魔導師は怒り心頭に達し、強烈な攻撃を仕掛けてくる。


 何もない空間から突然、大質量の物体が次々と飛んでくるのだ。


 攻撃を受ける彼らはもちろん知らないが、別の次元から見ればそれは『転がり落ちる途中でふいに姿を消した岩』であり、『走っている最中に神隠しにあった牛』だったりする。



 列車や飛行機、隕石のような破壊力のありすぎるものは、さすがに黒魔導師も避けている。この南極基地そのものが破壊されては、と言う気持ちが働いたのだろう。


 もっとも猫の灰が渦を巻くこの空間では、それほどの強力な魔道を使えないと言う一面も、確かにあるにはあったのだが。



ぶんと唸りをあげて飛んでくる攻撃を、しかし、ウィストはひらりとかわしながら、じりじりと黒魔導師に近づいてゆく。



「すごい! ウィスト、やるじゃないか!」



 サイレンスが叫ぶ。


 フリーはウィストの後ろに着き、彼と動きをシンクロして魔導師へ迫る。



「く、虫けらがぁ!」



 黒魔導師は完全に余裕をなくしながら、次々とスペリングを繰り返す。


 しかし、ウィストは完全にその攻撃を読みきっていた。



「ストリーク! あきらめろ! 今この瞬間、おまえとボクの魔道は拮抗しているんだ」


「バカな! 虫けらごときが何を言う!」



 普段なら嘲笑で返すところを激昂してしまうのは、まさに余裕のなさの現れである。


 対してウィストは笑みさえ浮かべながら、はっきりとした口調で言った。



「拮抗してるんだよ。忘れたのか? ここには猫の灰が舞っているんだ。魔道はその効力をほぼ失う。ここでは、全ての魔導師が、その実力を発揮しきれないんだ」



 ウィストは淡々と付け加えた。



「ボク以外の魔導師は、ね」


「なん……だと?」


「ボクの身体には、猫使いの血が流れている。そしておまえから見たら虫けら扱いされても仕方ないほど非力だけれど、コレでも魔導師だ。だから、この猫の灰が渦巻く空間でなら……最高位の黒魔導師でさえ、力を発揮できないこの空間でなら 」



 黒魔導師はウィストを注視している。



「猫使いであり魔導師でもあるボクは……」



 ウィストは胸を張ってまっすぐに黒魔導師を見る。



「おまえに対抗できるんだ」


「きさまぁ……」



 黒魔導師の表情が、修羅のごとくゆがんでゆく。



「なるほどっ! そういうことなら、僕はとにかくこの空間を維持することに全力を傾ける。ウィスト! フリー! ストリーク退治は頼んだぞ?」



 サイレンスの叫びに、ウィストとフリーはうなずき返した。


 サイレンスは灰の結界を維持するために、次々と言の葉をつむぐ。優雅な、放牧的とさえいえるその姿は、人々に奇妙な現実の喪失感を与えた。


 そしてその隙を突いたフリーは、ウィストの背中から飛び出すと、先ほど人々を助けることを嫌がっていたとは思えない、まさに野生の大型肉食獣のすばやさで、次々とストリークの部下の動きを奪ってゆく。



 拘束されてストリークの手下が現実を取り戻すのと、ネネたち反ストリーク組織の連中が我にかえるのは、ほぼ同時だった。


 しかしストリークの部下達の半分は拘束されている上に正気を取り戻しているから、先ほどのように狂気に駆られた自暴自棄な攻撃をすることは できない。


 かといって組織立った攻撃は、なお不可能である。


 組織立って動くためには司令塔が必要だが、その司令塔である黒魔導師は、ウィストと対峙して戦うだけで精一杯の状態なのである。



 ウィストは魔道を攻撃に使わず、体術の補助として使っていた。


 魔道での直接攻撃ならまだしも、猫使いの動きに魔道を絡められては、いかな黒魔導師もなかなか見切りが難しい。


 すばやく獰猛な動きを見せるウィストに魔道で対抗しようとするのだが、それを読んでいるウィストは、最後の一瞬で彼の想像をわずかだけ超えるのだ。


 それは魔道でも猫使いでもない、未知の動きになる。


 なまじ動きを読んでいるために、かえってウィストの術中にはまる黒魔導師は、灰の結界の中で思うように本来の実力が発揮できないこととあいまって、気が違ったかのごとき激昂ぶりを見せている。



「キサマキサマキサマっ。この虫けらが! 虫けらごときがこの大魔導師に向かって非礼の数々っ。決してっ! 決して許さんぞっ」


「虫けらと言うわりには余裕がないじゃないか。虫けらに追い詰められてそんなに悔しいのか?」


「ぐぬぅっ!」



 もはや言葉さえまともに発せないほど、黒魔導師の怒りは心頭に達していた。


 青白い顔は朱に染まり、逆立った銀髪の付け根には血管が浮き出している。


 切れ長の眼瞼は 、裂けんばかりに見開かれ、白目は白い部分が見当たらないほど血走っている。



「ふゅぎゅあらっ!」



 不可思議な叫びを上げながら、憤怒の塊と化した黒魔導師が跳躍する。


 だが、魔導師とて物語の魔法使いではない。


 いささか常軌を逸しているとは言っても、彼らもやはり現実世界の物理的な法則に拘束されている。


 世界の法則を少しだけ越える際のルール。


 それが魔導師のスペリングであり、詩人の言の葉なのである。



 怒りに我を忘れ言葉もなく飛び掛ってくる魔導師など、猛獣の体術を持つ猫使いにとっては、ただの貧弱な人間に過ぎない。



「ストリーク、終わりだ」



 

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