決戦(3)
第19話です。
今度は明らかに怒りをあらわにして、ストリークがスペルを唱える。
瞬時に察したフリーが飛び掛る寸前、ストリークはスペリングを終わらせた。
とたん。
ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
一瞬、ストリーク以外の人間の時が止まり。
ぃぃぃぃぃぁぁぁああああああ~っ!
魂消る悲鳴が、あたりに響き渡る。
ちょうどそこへ警備の連中が駆けつけた。
ゴム弾の攻撃からようやく立ち直り、駆けつけてきたその彼らもまた、恐ろしい悲鳴に、思わす身体をすくませる。それは、その悲鳴は、正常な人間の出せる声では断じてなかった。
フリーとウィストは、怒りに身を震わせながら、悲鳴の元を凝視している。
ストリークの魔道によって、全身の神経を引き絞られたエデレンは。
もうすでに半分意識のない、うつろな目をしながら、しかし、口だけは顎がはずれそうなほど大きく開けて、聞くものの心を濡れた手でわしづかみにするような、悲鳴を上げ続けている。
全身の痛覚神経を、雑巾を絞るようにねじり上げられているのだ。
敏感な指先、爪の間などに負った深い傷口の肉、あるいは眼球や性器を、酒に浸したペンチで、思いっきりつねり上げられる痛みを想像すれば、その万分の一くらいは実感できるだろうか。
彼女が正常な精神を保ち続けられるのは、もう、いく秒でもないだろう。
ウィストは叫びながら、ストリークに向かって突進した。
フリーは一瞬の間に状況を見て、ウィストの身体の影に入り込みながら、同じくストリークに向かって飛ぶ。ウィストの攻撃をストリークがかわすなり、防御する瞬間を狙ったのである。
だが、ストリークはそれを見抜いていた。
充分に余裕を持って結界を張ると、それでウィストの上半身だけを止める。
全力で走ってきたところで、いきなり上半身を壁にぶつけたようなものだ。ウィストの身体はぶつかった場所を支点に、大きく弧を描くように飛ぶ。
その場で後ろ宙返りをする形になった。
当然、その後ろにいたフリーの頭上に、ウィストの身体が降ってくる。
フリーはその身体をかわしながら、ウィストがぶつかったあたりの空間を身を沈めて避け、スライディングする。
ウィストは空中で身をよじると、まさに猫のごとく両手を付いて着地した。
スライディングをかわして飛び上がりながら、ストリークはスペルを唱える。その身体は宙をするりとすべり、 三メータほど先にふわっと着地した。
間髪いれずに、フリーが身体を翻 して対峙する。
と、そこで動きが凍りついた。
「残念だな。きれいなお嬢さんだったのに、もったいない」
ストリークの言葉も耳に入らない。
エデレンは、口からよだれを流しながら、呆けた目を宙にさまよわせ、ストリークが神経を刺激するのだろう、時々、びくびくと身体を震わせる。
そのときだけ あわあわと小さな、意味不明の悲鳴を上げている。
「エデレンさん!」
フリーの言葉にも、エデレンはまったく反応しない。
「終わりだ、猫使い。その半人前の魔導師”だった”女と、ゴミくずの猫使いモドキを連れて、猫捨て場の穴倉の中で永久に凍るがいい」
ストリークがあごをしゃくると、警備の連中が彼らの周りを取り囲んだ。
「しかしキサマらは、本当にバカだな? 何の準備も、計画も立てず、力任せで私を殺せると思ったのか? 信じられぬおろかさだ」
フリーはしかし、嘲るストリークなどには目もくれず、エデレンを抱きしめて、ほほを寄せた。その表情は、絶望に包まれて、紙のように真っ白だ。
そばに、ウィストが瞳に炎を燃やしながら、ふたりを守るかのようにすっくと立った。
それから彼は、腕の時計に目をやる。
そして。
「時間だ」
小さくつぶやく。
どぉおん!
突然、爆音と共に建物が大きく揺れる。
「なんだ?」
ストリークの問いに、しかし、答えられる者はいない。
しばらくあたりが騒然となり、やがて、ひとりの警備員が「あれは?」窓の外を指差した。
彼の指差す先では、巨大な業火がまるで巨人のように立ち上がり、あたりを煌々と照らしている。 天を焼く大きな炎は、決して自然発生的なものではなく、人為的なすばやさで瞬く間に広がってゆく。
「火事だ!」
「あれは、猫捨て場の方だぞ!」
口々に叫びながらも、しかし、訓練された警備員たちは浮き足立つこともなく、半数をその場に残して消火作業に走る。もっとも半数とはいえ、その数30人はいるからフリーたちを逃す恐れはない。
「ほかにも、虫けらが忍び込んでいたか」
怒りに燃えるストリークに向かって、ウィストが淡々と語る。
「猫の遺骸が燃える意味は、キサマにもわかっているだろうな?」
「ふん、いまさら少しばかり魔道の力が薄れたところで、キサマらに何が出来ると言うのだ?」
「確かに、何も出来ないかもしれない。というより俺たちのすべきことは、ほとんど終わった」
含みのあるウィストの答えに、眉を寄せるストリーク。
と、その耳にどこからか高笑いが聞こえてきた。
「はっはっはぁ! ざまあ見ろ、ストリーク。キサマの苦手な猫たちの力、今こそ知るときがきたのだ。キサマに殺された猫たちは、解放の業火に焼かれ、怨念となってキサマの手かせ、足かせになるだろう! そして、その薄汚い野望に止めを刺すのは、正義の人、究極の芸術家、さすらいの吟遊詩人。この僕、サイレンス・ザ・ポエットだ!」
警備員の向ける銃口をものともせず、滔々と見得を切るサイレンス。
もちろんその強気は彼の後ろに、警備員に倍する『対ストリーク組織』の連中がいるからなのだが。
「詩人……キサマが絡んでいたとは、な」
ストリークの顔には、フリーやウィストらには見せたことのない、濃い警戒の表情が浮かんでいる。
なるほど、どうやらサイレンスの力は、思った以上にすごいのかもしれないぞ? と、おしゃべりな詩人の実力を見直していたウィストは。
ふと視線を移した詩人の後ろの連中の先頭に、想像もしなかった驚くべき顔を見つけて、思わず叫んだ。
「まさか……なんで君がここに!」
当の相手は、彼の視線に気づくと、いたずらっぽく笑う。
ウィストは当惑したまま、その人物の名を呼んだ。
「どうしてこんなところにいるんだ……ネネちゃん!」
呼ばれた少女、ネネは、ウィストにウインクしてみせる。
それから表情を引き締めて、ストリークとサイレンスを見つめた。
その瞳には、強い意志と、輝きが見て取れる。
ウィストは動揺を隠せないながらも、今はそんなときじゃないと、こちらも魔導師と詩人の対峙に注目する。
警備員も、組織の人間も、その場のほとんどすべての人間の視線が。
恐ろしくやせた、しかし強大な力を持つ魔導師と、その力は未知数ながら、これだけの警戒をその魔導師に抱かせる、長身で美貌の詩人に注がれている。
ただ、ふたり。
瞳は開いていても、何も見ていないエデレンと、そのエデレンだけを見つめているフリーのふたりだけが、対峙する二人に、背を向けていた。
そこにいるすべてのものが、ヒトコトも言葉を発しないまま、業火の光に照らされつつ。
ただ、それぞれの見るべき相手を、見つめ続けていた。