表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

決戦(1)

第17話です。

 

 翌日。


 のんきに手を振るサイレンスを残して、一行を乗せた飛行機は、一路、南極大陸へと旅立った。


 もちろん既存の航空ラインは使えないので、組織が秘匿していた軍事用の輸送機である。


 その快適とは言いがたい揺れる機内で、三人はこれからの手はずを確認しあっていた。



「正直、南極地域に入ったら、いくらも時間はないと思うんです。いくらこの機体が低空を飛び、しかもステルス機構を装備していると言っても、魔道の結界まではごまかせませんから」


「でも、エデレンさん。それなら、いったいどうやってストリークに近づくんですか? その側近にもぐりこんでいるという人物が、手引きしてくれるんですか?」


「いいえ、それは無理よ。私たちが南極へ一直線に向かってくれば、ストリークにも情報が漏れたコトはわかってしまうでしょう。そうしたら、その人物の命も危ないわ。だから、私たちが飛び立った時点で、彼女には安全のために、逃げ出してもらう手はずになってるの」


「彼女? その人物ってのは、女なんですか?」



 うなずくエデレンに、今度はフリーがたずねる。



「なるほど、確かにその方が無難だろうな。しかし、だとしたらエデレンさん、ウィストの言うように、いったいどうやってもぐりこむつもりなんだ?」



 サイレンスはすでにエデレンのことを呼び捨てにしているが、フリーはいまだ距離を置いていた。まあ、それは距離というより、『照れ』に近い感情ではあるのだが。


 反対にウィストとは、猫使いとして技術を教えている間に師弟関係のような感情が生まれ、自然にウィストと呼び捨てている。



「方法はあります。防御壁に隠れて、もぐりこむんです」


「防御壁?」



 フリーとウィストが同時に、声を高くする。エデレンはうなずいた。



「ええ。猫に魔道が効かない為に、ストリークは世界制服をする傍ら、すべての組織に猫狩りを命じているのは知っているでしょう? その猫たちは、狩られたあと、どこに行くか知ってます?」


「……もしや」


「そう、南極に連れてこられて、氷に閉じ込められてしまうんですよ。猫の遺骸を焼却すると、空気中にその成分が出るのだかなんだか、とにかくその周辺が一時的に、魔道の効き辛くなる状態になるのだそうです。これも、もぐりこんでいた人物からの情報なんですが」


「なるほど……その遺骸を運ぶ車に乗って、中に入り込むと言うのか。猫の遺骸を防御壁にする、と。うむ、それならば、ストリークの結界も、ごまかせるだろう。しかし……なんと言うむごい……」


「本当に! ストリークのやつめ、なんて残虐な」


 フリーは殺された、いや、現在も狩られているたくさんの猫を思い、胸を痛める。


 ウィストは、怒りに燃えた。彼ら猫使いにとって、猫は兄弟であり、家族なのである。



「残虐なだけじゃなく、狡猾で、強大な力を持っているわ。だから、ただ行き当たりばったりでは、到底彼を倒すことは出来ない。充分に考え抜いて、練りこんだ作戦が必要なの」


「それはそうだ。で、入り込んでからの作戦は?」


「まずは、ウィスト。これをもって。今から使い方を教えるから」



 エデレンが差し出したのは、小さな缶詰ほどの大きさと形の、金属製のものだった。細かい説明がなくても、それは爆弾以外の何物でもないだろう。



「それから、私がこれをもつ」



 続いて彼女が取り出したのは、機関銃大の無骨な銃だ。



「フリーさんは、武器はナシで」


「それはかまわんが、しかし……」


「それじゃ、作戦を説明します」



 フリーには取り合わず、エデレンは真剣な目をして作戦の説明を始める。


 ふたりの猫使いは、時々、それは危険だとか、ほかに方法はなどと口を挟みながら、エデレンの話に聞き入っていた。


 やがて飛行機は、南極大陸の近くに降りた。


 そこで手配してあった防寒服に着替えると、三人は氷の大地を歩き出す。


 結界の外で、猫の遺骸を運ぶ車の荷台に乗り込むためだ。



 三人はものも言わず、切りつけるような極寒の中で、ひたすらに時を待つ。


 しばらくして、数台のトラックが現れた。


 彼らは息を殺してトラックを見送ると、最後尾の一台が過ぎ去る寸前、駆け出す。走りながら荷台に取り付き、後部の扉を開けると、中に飛び込んだ。


 猫使いの二人は、まさに猫の身軽さで荷台に飛び込んだが、エデレンは足を滑らせてしまう。


 そこにすかさず、フリーのたくましい腕が伸び、彼女の身体を抱えた。



「大丈夫か?」


「ええ、ありがとう」



 言ってから、お互い、思わぬ至近距離に顔があることに気づき、あわてて身体を離す。二人とも、少し顔が上気していた。


 その様子を見て、軽く微笑んだウィストの表情はしかし、トラックの荷台に視線を移した瞬間、凍りついた。


 荷台に積まれている、たくさんの猫の遺骸。


 無造作に、まるでぼろきれのように、傷だらけになって山積する遺骸。


 そのあまりに哀れな、無慈悲な光景に三人は、背中にツララでも突っ込まれたかのように怖気をふるい、呆然と立ち尽くしてしまった。



「なんと言う……なんと言う……」



 フリーは、唇をわななかせながら、小さくつぶやく。


 ウィストにいたっては、もう、声も出ない。


 わかってはいたことだが、実際にこうしてその姿を見ると、彼らの心はひどく傷ついた。



 エデレンはしかし、ここで優しい言葉をかける無駄を知っている。



「この車は最後尾だから、このくらいで済んでいるのでしょうね。前の車の荷台は、きっと隙間なく猫たちの遺骸で埋められているでしょう」


「ああ……」



 猫使いふたりは、胸の痛みに耐えながら、猫たちの遺骸のそばに、ひっそりと座った。エデレンは、そのそばによると、ふたりの様子をうかがう。


 若いウィストは怒りに燃え、厳しい表情で遺骸を見つめている。対してフリーは、胸の痛みに耐え切れぬかのように、両肩を抱いてうつむいていた。


 エデレンは、フリーのそばにゆき、その肩をそっと抱いた。


 一瞬、びくっと驚いたフリーは、しかし、肩に置かれたエデレンの手に自分の手を重ねる。



 痛みといたみが、彼らの心を満たした。


 と。



ゴトン。ゴロゴロゴロ。



 低い音とともに、トラックが揺れる。



「ついたようね」



 エデレンはそうつぶやくと、フリーの肩から手を離した。そのときにはすでに、フリーもウィストも、戦闘体勢に入って、厳しい表情で瞳を燃やしていた。



「ここからは、時間との勝負だ。一気にいくぞ」



 フリーの言葉に、うなずく二人。


 やがてトラックは、猫を埋めるための巨大な穴の淵にある施設に入った。


 もっとも、穴の直径は100メーター以上もあり、埋めると言うよりは、放り込むと言うほうがふさわしいだろう。


 南極の冷気の中で、幾千万の猫たちの遺骸は、それ以上腐ることも傷つくこともなく、静かに凍り付いているのだ。




 施設に入った瞬間、氷漬けにされた、幾千万の兄弟の無念を感じたのだろうか。


 フリーとウィストの肌が粟立あわだった。しかし、それは怖気になることはなく、そのままストリークの非道への、強烈な反発、怒りとなって燃えさかる。


 おそらく施設の人間だろう、男たちの声が聞こえてきた。


 声はどんどん近づき、やがてフリーたちのいる荷台の前に来る。


 ぎいと音を立てて扉が開いた刹那、三人は飛び出した。



 しゅっと言う風切音が聞こえたときには、そこにいた5人の職員とドライバーは、フリーとウィストの当身を食らって、声もあげずに倒れた。



「命があるだけ、ありがたいと思え。外道の手先が」



 吐き捨てるようにウィストが言う。


 エデレンは、事前に組織の者から手に入れていた地図を見て、叫ぶ。



「こっち! ストリークのいるところまで、一気に走るよ」


「応!」


 力強いいらえと同時に、二人の猫使いは、エデレンを追って駆け出した。




 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ