決戦前夜(2)
第16話です。
「冗談じゃない! 絶対にイヤだ! 僕は、そんなところへは行かないよ!」
驚いて彼を見る一同を、サイレンスはふくれっつらで睨み返す。
フリーが、みなを代表して尋ねた。
「おい、ノイジー。おまえ、どうして、その場所を知っているんだ?」
「フリー! そのあだ名で呼ぶのはやめろっていったじゃないか! 僕の歌をノイズだなんていう野暮天は、君くらいしかいないんだぞ!」
「わかった、わかった。サイレンズ・ザ・ポエット。偉大なる詩人よ。おまえは何を知ってるんだ?」
「何も知るわけないだろう! 僕だって、この世界に来たのは初めてなんだぞ。でも、そこがどんな場所かは地図を見ればわかるっ。この星の自転軸の、『極』に近いんだぞ? 絶対に、間違いなく、そこは……死ぬほど寒いに決まってる!」
エデレンが指し示したのは、南極大陸であった。
「そうなのか?」
フリーが怪訝な顔で、エデレンを見る。
エデレンとウィストは、仕方なくうなずいた。ウィストがつぶやくように言う。
「かなり。と言うか、この星でもっとも寒い場所ですよ」
とたんに、フリーもげっそりした顔になる。
その表情を見て、ウィストが言った。
「まさか、フリーさんも寒いからイヤだなんて言うんですか?」
「いや、そう言うわけではないが……しかし……うぅむ」
とたんにサイレンスが叫ぶ。
「フリーだって苦手に決まってるじゃないか! 猫は寒いところが嫌いなんだから。フリーに聞いただろう? 本当の猫使いって言うのは、人間の姿はしていても、中身はほとんど猫なんだよ。そのくらい激しく自己暗示をかけなくちゃ、本当の意味での猫使いになんて、成れやしないのさ。それよりも、どうせストリークは、しばらくそこにいたら動くんだろう? それを待って、もっと暖かいところで対峙すればいいと思うな、僕は。ここで無理に寒いところへでかけてゆくメリットが、僕にはまったくわからないよ。だいたい……」
機関銃のようにしゃべるサイレンスに、エデレンがゆっくりと首を横に振る。
「情報を与えたのに、計画通りに私たちが動かなければ、組織の信頼を失ってしまいます。この先、彼らの援助なしに、ストリークの居場所を探すことは、非常に難しいでしょう」
そこで、みなは言葉を失ってしまった。
しばらくの間、重い沈黙が流れる。
エデレンとウィストは異次元から来たふたりの男たちを、ただ黙って見守っていた。
サイレンスはぷうと頬を膨らませて、そっぽを向いている。フリーは腕を組んだまま、じっと目を閉じて何事かを考えていた。
やがて。
「いいだろう。そこへ行く手はずを整えてくれ」
フリーが重々しくつぶやく。同時に、サイレンスが悲鳴を上げた。
「いやだ! 冗談じゃない! 僕の旅はいつだって、冬将軍から逃れるための旅でもあるんだぞ? 暖かい土地を求め、温かい人とのふれあいを求め、春風に乗って僕の歌を、世界中に届けるために、僕は旅をしているんだ。僕こそが、暖かい世界を求める心こそが、真の吟遊詩人なんだ。何があったって、そんな寒いところに行くものか! 金輪際、お断りだ! だいたい、フリー!僕は知ってるんだからな? さらわれたお姫様なんて、嘘なんだって。もう、騙されるものか!」
フリーはしかし、黙ったままエデレンにうなずく。
エデレンは一瞬、サイレンスを見、それから黙って立ち上がる。
コンピュータルームの方へ歩き出し、出口で一度振り向くと
「航空機の手配をしてきます」
とだけ言って、そのまま奥に姿を消した。
残された男三人は、それぞれの思惑に沈み……
いや、ひとりだけは、相変わらず口を開いている。
「いいかい、何があったって、僕は行かないからね。約束だから、フリーが元の次元に戻るというときは手を貸してあげるけど、それ以外は一切お断りだよ。僕はここで、温かい紅茶を飲みながら、春の風に吹かれて、君たちの帰りを待っていることにさせてもらう。よりによって、極のそばなんて、誰が行くものか。冗談じゃない!」
すると。
「うむ、俺もそう考えていたところだ」
フリーの、思いもかけない言葉に、一瞬きょとんとしたサイレンスは、あわててぶるぶると頭を振ってから、猜疑心たっぷりの瞳で、彼の顔を見返す。
「おっと、その手には乗らないぞ。そうやって僕に同意するフリをして、油断させてから、何かまたよからぬ口車に乗せようって魂胆だろうがね」
フリーはその言葉に、まじめな顔で首を横に振る。
「いや、そうじゃない。サイレンス、おまえは詩人だ。魔道のことにも詳しいし、科学や、そのほかのことにも、ずい分と広い知識を持っているが、しかし、戦闘向きではない」
「うん、そりゃぁそうだ。僕は優美にして、博識な……」
言いかけたサイレンスを、フリーの言葉がさえぎる。
「だから、むしろおまえにはここに残ってもらって、俺たちをバックアップしてもらいたいんだ。おまえほどの知識があれば、コンピュータも通信機も使えるんだろう?」
「当たり前じゃないか、こんな旧式のシステム。目をつむったって使えるよ。だが、うん、それはいい考えだね。それなら、協力してあげてもいいよ。よし、話は決まった。それじゃ、君たちはがんばってストリークを倒してきたまえ。まあ、勝てる見込みは凄く薄いけれど、そのときはほら、僕が君たちの魂を慰める歌を歌ってあげるから」
「勝手なヤツだ」
苦笑するフリーを尻目に、サイレンスは、今にも歌いだしそうになる。
そこへ、エデレンが帰ってきた。
事の詳細をウィストから聞かされて、エデレンは微笑んだ。
「実は、最初からサイレンスさんには残ってもらう予定だったのです。これからやってくる、向こうの組織の人々と合流し、ひと仕事していただかなくてはなりませんので」
「助けはいらないよ。こんな旧式のシステム、僕一人で充分だ」
「いえ、そうではなく、作戦の一環として彼らと合流し、していただくべきコトがあるんです。それに、ともかく、紅茶を入れる人は必要でしょう?」
いたずらっぽく微笑んだエデレンの言葉に、サイレンスはまじめな顔でうなずいた。
「うん、確かにそれはそうだ。自分で入れた紅茶は、あまりおいしくないからね。そのスタッフって言うのが、紅茶を上手に淹れられる人だといいんだけどなぁ……いっそのこと、エデレンはここで、僕のために紅茶を淹れてくれるって事で、その人がエデレンの代わりに、君らと行くって言うのはどう? 」
話を聞いていた全員が、あきれて肩をすくめた。
代表してフリーが、率直な意見を述べる。
「黙れ、バカ」