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決戦前夜(1)

第15話です。

相変わらず、サイレンスがノイジーです。

 

 穏やかな風が、小さな花びらを伴って、窓から優しく吹き込んでくる。


 男は、ほっそりとした指先で、優雅にティーカップをつまむと、少し赤すぎる、妖艶とさえ言える唇へ運んだ。


 ゆっくりとひとくち飲み、その味に満足したのだろう、微笑みながらうなずく。



「紅茶の味は、お気に召しまして?」



 後ろからかけられた女の声に、男は振り向いて強くうなずいた。



「やあ、エデレン。君の入れてくれた紅茶は、まさに天上人の飲み物だね。こんなに丁寧に、おいしく淹れてもらって、紅茶の葉も、喜んでいるようだよ。吹き込んでくる風は優しいし、見える景色には緑がいっぱい。これで、この窓がこんな無個性なものじゃなく、白木の、意匠を凝らしたバルコニーだったりしたら、もう、何も言うことはないんだけれどなぁ」


 詩人、サイレンスの途切れのない、しかも能天気な言葉に、エデレンは苦笑しながら言った。



「うふふ、さすがにお役所の窓にバルコニーは作れませんよ。ところで、ウィストとフリーさんは?」


「ああ、そうだ。ここは元々、魔導師ギルドの建物だったね。そりゃぁ、上品な趣味を求める方が、野暮と言うものか……えぇ? フリー? ああ、彼らは、公園の中で修行しているよ。まったく、猫使いって言うのは、どうしてこう、体育会系なんだろうなぁ」



 サイレンスがぼやくと、エデレンは肩をすくめて答える。



「私には、ウィストが体育会系には、どうしても見えないなぁ。まあ、それはともかく、それじゃ、ちょっと二人を呼んできます。どうやら、ストリークの居場所がわかりましたので」


「それなら、僕が呼んでくるよ」



 言うが早いか、詩人は立ち上がり、出口に向かった。



 しばらくすると、はぁはぁと息を荒げるウィストと、涼しい顔をしたフリーが、サイレンスとともに、帰って来た。


 彼らがトレーニングしていた公園は、このすぐ近くにある。二人の次元を超えた男たちが、魔導師ギルドの職員、エデレン、ウィストと初めて会った場所だ。



 猫には魔道が効かない。



 その為、ストリークは組織立って野良猫を狩った。


 その魔手から逃れたこの近隣の野良猫たちは、魔導師ギルド北綾瀬支部のすぐ近くの、この公園に隠れ住むようになっていた。


 そのため、公園を含む北綾瀬支部の周辺は、魔道の結界が少々鈍くなっている。



 フリーはウィストの猫使いとしてのスキルを上げるために、近くの公園で、様様なトレーニングをさせている。


 最初はストリークとの決戦に少しでも戦力を増やすため、必要に駆られてであったが、しばらく指導を続けるうちに、いつの間にか教えることそのものに、喜びを感じるようになっていた。


 そしてウィストは、自分の世界よりはるかに猫使いの発達した世界から来たこの男に対して、完全に心酔していた。


 彼に言われるまま、すべてのトレーニングを、一生懸命こなしている。


 そのためウィストは、フリーとは比べ物にならないとしても、猫使いとして、以前とは段違いのスキルアップを遂げていた。



「まったく、よく飽きもせずに、トレーニングなんかで無駄な体力を使うものだ。そんな暇があったら、歌のひとつでも歌えるように、練習したらいいのに」



 フリーはサイレンスの言葉を聞き流すと、バスタオルをとってウィストに投げる。


 ウィストはひょいとそれを受け取ると、流れる汗をぬぐった。


 そのさわやかな笑顔に、サイレンスは眉をひそめる。



 こうして、全員が、かつて魔導師ギルド北綾瀬支部であった建物のロビーに集結した。


 もちろん、四人のほかには、誰もいない。


 魔導師ギルドは、ストリークの出現に対して、ほとんどすべての職員が、彼の側にくみすることを選んだ。


 それによってギルドは事実上崩壊し、今や彼らは、全国に広がる巨大な組織すべてが、ストリークの手先となっているのである。


 もちろんこの現象は日本だけでなく、全世界規模で広がっている。


 ストリークは最初に取り込んだ綾瀬支部の職員十人を、十人委員会の名で、それぞれの征服先のトップにすえた。


 いきなりやってきた日本人の支配など、当然、各国のギルドの人間が受け入れるはずもない。彼らはみな一様に、激しく抵抗を示した。


 しかし、抵抗は長くは続かなかった。


 抵抗するものは、己の無力を思い知らされた。



 やがて世界の魔導師は、しぶしぶながらも、その支配を受け入れることになる。


 面従腹背とは言え、欧米諸国が日本人の支配者を受け入れざる得ないほど、彼我の力の差が大きすぎたのだ。


 今までの魔道など、かつての最高位魔導師にして、次元跳躍能力さえも持つ最凶の黒魔導師、ストリークの前では、魔道と呼べるようなものではない。


児戯じぎの類だ。




「ストリークの居場所がわかったって?」



 フリーの言葉に、エデレンはうなずく。



「元々あの男は、居場所を隠しているわけではありませんからね。世界中を飛び回っているので、場所を特定できなかっただけなんです」


「でもそれじゃあ、行った場所にはもういないって事もありえるんじゃないですか?」



 と、ウィスト。



「そう、今まではね。でも、大丈夫。私たちの味方のひとりが、ストリークの側近としてもぐりこんでいるから。その人物から、逐一報告が入るのよ。彼の行く先の予定もね」


「味方?」


「そう。同じこころざしを持つ、何人もの味方よ。アンダーグラウンドで結成された、対ストリーク組織に渡りをつけたの。ストリークの支配を受け入れない魔導師、いえ、魔導師だけでなく 、受け入れない人間は、世界中にいるからね」



 フリーがタバコをくわえながら、エデレンを見た。



「そいつらは、信用できるのか?」



 言われて彼女は即座にうなずく。



こころざし云々は置いておいても、日本人に頭を抑えられて、それでも日本国籍を持つ私たちと組もうって言うんだから、少なくとも状況を判断できる頭と冷静さは、持ち合わせている組織だと思っていいと思います」


「なるほどな」


「もっとも、私たちが純粋な日本人でないからかもしれませんけど」


「でも、それを言ったら十人委員会の筆頭、ヨハン・ロングアイランドだって、純粋じゃない。いや、生粋の日本人なんて、今じゃ国内の半分もいないでしょう?」



 と首をかしげながら問うウィスト。


 エデレンが答える前に、フリーがそれを制して話し出す。



「その辺の事情は、俺たちにはわからないし、今のところ重要なことではない。申し訳ないが、あとにしてくれないか」



 当然の優先順位なので、エデレンがうなずく。



「それよりも場所だ。その、ストリークの側近にもぐりこんだ人物は、やつの居場所をどこだと告げているんだ?」



 エデレンは、壁にかかった世界地図を指差した。



「ここよ」



 瞬間、サイレンスが叫んだ。



「冗談じゃない! 絶対にイヤだ! 僕は、そんなところへは行かないよ!」




 

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