猫使いと詩人(6)
第14話です。
「身体を鍛える? 猫使いだから? どうしてですか?」
ウィストの問いに、サイレンスのマシンガントークが始まった。
「おや、この世界では猫使いは身体を鍛えないのかい? ああ、そうか。そういえば初期の猫使いって言うのは、本当に猫を操るだけだったね。あーウィスト君。本当の猫使いって言うのはね、ただ、猫を手足のようにあやっつるだけじゃダメなんだよ? だってそれじゃあ猫を利用してるだけだろう? 猫がかわいそうじゃないか。本当の猫使いなら、彼らと共に暮らし、彼らと喜びを分かち合い、彼らのように動けなくてはいけないんだよ。それでこそ猫達は、猫使いのために命さえ投げ出すんだ。犬と違って猫を本当に操るためには、彼らの家族、兄弟にならなくちゃいけないんだよ」
ウィストはサイレンスの言葉に、真剣な顔で聞き入っている。
しかし、フリーはうんざりした顔で、サイレンスを制した。
「いいから。そんな話は後だ。まずはストリークの居場所を」
「フリーさん」
すぐに、エデレンが声をかける。
フリーはまた、少し顔を赤らめて、彼女を振り返った。
その様子を、サイレンスが面白そうに眺めている。
「それなんですけれど、場所を変えませんか? あの男は、いまや強大な権力を持って、この世界に君臨しています。この自然公園や、いくつかの場所はまだ無事なんですが、それ以外のところは、すべて彼に支配されているといってもいいような状態なんです」
「そうか……それなら、君たちのいいと思う場所へ案内してくれ」
「元は魔導師ギルドの支部だった建物があります。その地下に私たちの隠れ家があるので、そこへ」
そこでサイレンスが素っ頓狂な声を上げた。
「魔導師ギルドの支部? そんなところ、大丈夫なのかい?」
「ええ、大丈夫です」
今度はウィストが答える。
「ストリークは最初、そこへ出現しました。そして世界中の魔道師ネットワークを掌握し、最初に彼の手足となった十人の魔導師を、十人委員会と名づけて各国に配置しているのですが、この北綾瀬支部は逆に盲点になっているはずです。もっとも、警戒は怠っていませんから、ご安心ください」
「彼には手も足も出なかった私たちですけれど、結界を張って、彼が近づいたら気付くくらいは出来ますから。もっとも、彼が我々を本気になって相手にしていないから、でしょうけれど」
ウィストのあとを引き取ってエデレンがそう言うと、サイレンスがすかさず口を挟んだ。
「ま、そうだろうね。君らの話を聞いた限りじゃ、ストリークにとって脅威にはなりえないだろう」
エデレンとウィストは、悔しそうにうなずく。
フリーはそんなふたりの姿を、いや、主にエデレンの姿を見て、明るい口調で付け足した。
「もっとも、そういう俺たちもストリークにとっちゃ、アリみたいなものらしいがね」
二人は驚いて振り返る。
「そうなんですか?」
しかし、その顔は暗い。
ふたりを見て、フリーがどうしたのだと問う前に、サイレンスが言葉を継いだ。
「バカフリー。彼らはストリークに対抗する手段として、我々のことを待っていたんだ。そうだろう? おおかたストリークのヤツが、君らじゃ話にならない、せめて猫使いのフリーくらい手ごたえがなくては、なんてことを言ったんじゃないのかい?」
ふたりは驚いてうなずいた。それを見て、サイレンスも満足そうにうなずく。
「ほら、やっぱりね。ま、でも、そう悲観したもんでもないよ。確かに魔導師としては君らも、僕らもストリークの敵ではない。だけど、ここには猫使いがふたりもいるじゃないか。猫使いならやつに一泡ふかすことも出来る」
エデレンとウィストはぽかんとした顔で、サイレンスを見る。
ふたりの様子に、サイレンスはにこにこと、とぼけた笑顔で答えた。
「おや? ご存じない? そりゃあ、ウィスト君、猫使いとしては失格だよ? な? フリー」
三人の視線が集中した先で、フリーは、仕方ないといった調子で肩をすくめる。
それから、半人前の猫使いウィストに向かって、にやりと笑って見せた。
「覚えておくといい。どんな魔道であれ、どんな魔術であれ」
フリーは自分の胸を指す。
「猫にだけは通用しないんだ」
すかさずサイレンスがその後を継ぐ。
「たとえ、どれだけ次元が違ってもね。不思議なことだし、どうしてなのかいまだに誰にも解明できないんだけど、これは、事実なんだよ」
驚くふたりに向かって、詩人はにこりと片目をつぶって見せた。
「そうなんですか……そうなんですか?! そうか……そうかぁ……」
「ほら、ウィスト。あんたは猫使いったって、半人前なんだからね? あんまり調子に乗らないように。魔導師としても半人前、猫使いとしても半人前。フリーさんとサイレンスさんの足を引っ張らないように、精進しなくちゃね?」
「わかってますよ、ひどいなぁ」
ふたりの会話を聞いて、フリーが怪訝な顔をする。
「おや? ふたりは恋人同士じゃないのかい?」
その言葉に、当のふたりは吹き出した。代表して、エデレンが答える。
「とんでもないですよ。ウィストは私の魔導師としての後輩です。だいたい、私はこういう線の細い軟弱な男はタイプじゃありませんから」
「わ、エデレンさん、ひどいなぁ。ま、でも僕だってエデレンさんみたいな怖くて冷たい人は、恋人にはしたくないですからね。ご安心下さいよーだ。イーッ!」
「そんなことはない!」
フリーが大声を上げ、みなは思わず彼を見た。
視線が集まったところで我に帰ったフリーは、顔を真っ赤にして口ごもった。それから、聞こえないような小さい声で、ブツブツとイイワケする。
「いや、彼女のことを知ってるわけじゃないが、さっき仔猫を見て微笑んだ彼女の顔を見て、そう思ったんだよ。冷たいヒトとは思えない」
しどろもどろしているフリーを見て、エデレンは思わず破顔する。
それから彼につかつかと歩み寄って、その腕を取った。
フリーは驚いてエデレンの顔を見る。
エデレンはフリーへ向かって、可愛らしく舌を出して見せる。
「ありがと、フリーさん。さあ、行きましょう。私たちの城へ」
「あ? あ、ああ」
並んで歩き出したふたりの後ろ姿を見ながら。
ウィストとサイレンスは顔を見合わせ、次の瞬間、吹き出した。
笑いながら、ウィストはサイレンスに話しかける。
「フリーさんってすごい猫使いかもしれないけど、女の人を見る目はないと思いますよ、僕」
「ははは、そりゃね。青春を猫使いとしての修行に費やした、ちょっと頭のおかしい男だからね」
「あ、それさっきの仕返しですね?」
「因果応報ってヤツさ。ところで、ウィスト君。ストリークが拉致していった女のこのことなんだけど、君は見た? どう? 可愛い?」
ウィストはきょとんとした顔で、サイレンスを見た。
「えっと、ストリークはひとりできたと思います。少なくとも、僕はそんな女の人は見てません。え? アイツは誰かを拉致して連れてきたんですか?」
ここでようやくサイレンスは、コトの次第に思い当たったようだ。
大きく息を吸い込んで、たっぷり10秒ためたあと、はぁっと大きく吐き出す。
そして、心配そうに彼を覗き込むウィストに向かって、ひらひらと手を振って見せた。
「いや、なんでもない。大した事じゃないんだ」
それから、エデレンと楽しそうに話しているフリーの背中をにらみつけ。
悔しさいっぱいの顔で小さく毒づいた。
「フリーめ……覚えてろよ?」