猫使いと詩人(5)
第13話です。
ここから、舞台は現代(?)に移り、完結まで一気に進みます。
一気は言い過ぎた(´・ω・`)
「ついた……ようだね、どうやら。ずいぶんと空気の汚い世界だな」
サイレンスの言葉で、フリーは我に帰った。
周りを見渡せば、そこには見た事のない世界が広がって……いや、その世界には見覚えがある。
見たことないはずなのに、なにやら見覚えがあった。
どういうことだろうと、フリーは首をかしげる。
「おかしいな。俺はこの世界を知っているような気がする。知っているはずないのに……いったい、ここはどこなのだろう。どうして見た事があるような気がするのだろう」
「ま、それほど多くの時限を飛んだわけじゃないみたいだからね、ある程度、我々の世界と似ていることはあるだろう。というより、次元が違うから別の世界なんだけれど、感覚的には……」
サイレンスは、にやりと笑っていった。
「100年ほど、過去の世界に来たと思えばいい」
「過去の世界?」
「そうさ。次元が枝分かれしてゆく段階で、我々よりも少しだけ、文明の進む速度が遅かったんじゃないかな? たとえば、魔道の発見が少し遅れたとか、我々の世界で偉大な発見をした科学者が、ここでは生まれてこなかったとか、そんな感じだと思うよ」
サイレンスのおしゃべりも、今だけはありがたい。
そんな風に思いながら、不安そうな顔で、フリーはこの異世界を眺めた。
彼らが立っているのは、小高い丘である。
不自然に切り取られ、檻のような金属の枠で囲まれた、奇妙な印象の森だ。
そして、その森の外側、金枠の外に広がるのは、フリーの世界では「遺産」と呼ばれている、あの廃墟の、おそらくはまだ壊れていない姿なのだろう。
天摩すほど背の高い、灰色の四角い建物が、まるで針葉樹の森のように、所狭しと並んでいる。
息苦しくなるような汚い空気とあいまって、フリーは非常に不自然で不安定な印象をもった。
「なるほど……『遺産』の世界か。なんだか、ずいぶんと……息苦しいところだな……俺はもっと健やかで光に満ちた世界を想像していたんだが」
「まあ、彼らから見たら、僕らの世界だって、野蛮で不潔な世界に思えるかもしれないよ。誰にとっても、故郷こそ、最高の世界なのさ」
フリーはむっつりと黙ったまま、小さくうなずいた。
と。
「魔導師! 君達は魔導師だな! どこの所属だ!」
鋭い叫び声に振り返ると。
若い男女がふたり、最大級の警戒心を見せながら、立っている。
フリーが言い訳をしようと口を開く前に、詩人がぺらぺらと話し出す。
「魔導師とは心外だなぁ。僕は詩人だよ。この世界に、愛と平和をもたらすために世界中を旅している一介の、しかし、ふたりといない特別な詩人さ。覚えておいてくれ、僕の名前はサイレンス。サイレンス・ザ・ポエットとは、僕のことだ」
立て板に水で奇妙な自己紹介をされて、ふたりの男女は思わず鼻白んでいる。
もちろん、サイレンスはそんなこと歯牙にもかけず、とうとうと話を続けた。
「僕らはね、悪い魔導師を追って、この世界に飛んできたんだよ。え~と、この世界で魔導師というのは、一体どういう概念になっているのかな? 黒魔術と白魔術が違うものだとか、そう言う迷信的な世界じゃないといいのだけれど。まあ、あの建物を見る限り、そこまで未発達の文明というわけでもなさそうだから、心配ないか。まあ、それはいいや。とりあえず、僕らは旅の疲れを癒したいんだけれど、どこか気の利いた宿屋を紹介してくれない? 出来ればおいしい野菜料理の食べられるところがいいんだけれど」
ひたすらに喋りまくるサイレンスに、二人は目を白黒させている。
そこでフリーが思わず口を挟んだ。
「申し訳ない、この男はちょっと頭がおかしいんだ。我々は……」
その時、Gジャンの胸元から、仔猫が顔を出す。
女が思わず、「あら」と笑顔を浮かべた。
そのかわいらしい笑顔に、フリーは少しドキッとする。
それから、こんな笑い方が出来るなら、そう悪い人ではなさそうだ、と言わなくてもいいような言い訳を自分自身に試みた。もっとも、その試みが成功しているとは言えないようだ。
フリーは顔を赤らめながら、女に向かって話しかけようとした。
そこへ、隣の男が話しかけてくる。
「もしかして……ストリークを追ってきた猫使いって言うのはあなたですか?」
フリーは驚いて、ただうなずく。するとその若い男は、瞳を輝かせて話し出した。
「そうですかっ! あなたが……」
「ストリークを知ってるのか?」
警戒したフリーの言いように、男は優しい笑顔を浮かべて答えた。
「そう警戒しないでください。僕らはあのクソッタレの敵ですから」
フリーは思わず笑みを浮かべる。
「ふふふ……あいつをクソッタレって言うんなら、間違いなく俺の味方だな」
それから表情を引き締めると、自己紹介を始める。
「俺の名前はフリー。どこのギルドにも属さない、フリーランスの猫使いだ。ストリークを追って、この世界へやってきた。ヤツと同じ次元の人間だ」
「ギルド? 猫使いにギルドがあるんですか? そりゃぁすごい。そんなにたくさんの猫使いが?」
自己紹介も忘れて話し始めた若者を、女の方がたしなめる。
「ウィスト、猫使いの仲間がいて嬉しいのはわかるけど、自己紹介が先なんじゃないの?」
言われて若者は、早口に自己紹介をする。
「ああ、ごめんなさい。僕はウィスト。一応、この世界の猫使いで、魔導師です。どちらもまだ、半人前ですけれど」
「あら、普段は威勢のいいことを言っているのに、だらしないわね」
女~エデレンはウィストをからかい、それからフリーとサイレンスに向かって、優雅に頭を下げた。
「私はエデレンです。これでも魔道師の端くれです。もっとも次元を超えてきたような方にそう名乗るのは、少し恥ずかしいのですけれど」
「いや、そんなこともないさ。実は俺も、次元跳躍なんてできないんだ。この男、サイレンスがストリークの足跡を追ってくれたので、何とかこられただけなんだから」
「そうそう、すべてはこのサイレンス様のおかげ。しかし、この世界の猫使いは、好感が持てるね。猫使いでありながら、魔道師の勉強までしてるなんて。ねえ、フリー。君も少しこのウィスト君のつめの垢でももらって飲んだらいいと思うな、僕は。猫使いだからって、身体ばかり鍛えてるのも、どうかと思うよ?」
フリーが答える前に、ウィストが目を丸くした。
「身体を鍛える? 猫使いだから? どうしてですか?」