猫使いと詩人(4)
第12話です。
短いですが、鬱陶しくて読みづらいかもです。
「マスマティクスか……」
「なんだ?」
「数学のことだよ。魔道ったって、無から有は生み出せない。基本的には数学や物理学の法則にのっとった上で、その枠組みを少しだけ超えるんだ。魔道のターム(魔法語句)ってのは、その枠組みを確認し、一線を越えるためのものなんだ」
「なんだか、よくわからないが、つまり、何でも有りってワケじゃないんだな? ふん、それならストリークのヤツだって万能じゃないってコトか」
「残念ながら」
珍しく厳しい調子で、サイレンスはフリーを制す。
「確かに厳密に言えばストリークは万能じゃないけれど、僕らから見れば、ほぼ、万能に近い。君の体調が良かろうが悪かろうが、アリを踏み潰すのに支障はないだろう?」
あまりの比喩に、フリーは絶句する。
「そこまで違うのか?」
「違うね。さすがに、上下100万次元を含めても、たった3人しかいない、最高位魔導師だっただけのことはあるよ」
フリーはしかし、ストリークのことよりも気になったことがあるようだ。目を丸くして驚いている。
「100万次元? そんなにあるのか?」
「次元は無限だよ。いや、厳密には有限だけれど、僕らにとっては無限といっていい。少しずつ違う次元が隣り合い、上下に、まあ、実際は上下左右なんかないんだけど、とにかく魔道の言葉では上下に広がっているんだ。その最低限の数を知るには、宇宙誕生から今までの時間を、PLANK TIMEで表示した数の分だけ倍すればいい。だから、無限だといってもいいんだよ」
「プランクタイムってなんだ?」
「時間の最小単位だよ。10の-43乗秒のことさ」
「マイナス43じょうびょう?」
「そう。その時間ごとに、次元は枝分かれする。その枝分かれを最低2として、少なくとも次元の数って言うのは……宇宙誕生から今までが137億年だから、それをプランクタイムで表示すると……」
「いや、説明してくれなくていい。ものすげえたくさんの次元があるというコトだけは理解したから」
困惑しきったフリーの顔を、面白そうに眺めながら、サイレンスはうなずいた。
「あるって言うか、ものすごい速度で増え続けているんだけど、ま、いいか。とにかくストリークは、この次元から上下100万次元の間で三人しかいないほど、ものすごい魔導師だってことさ。次元跳躍だって出来るんだから」
「おまえには出来ないのか?」
「僕に? 無理に決まってるだろう? だいたいのやり方はわからなくもないけど、僕らがまねをしたら、次元放浪者になるのが落ちだよ。やめといたほうが無難だね」
「だが、おまえはかつて、次元跳躍した男を追って、異次元に行ってきたって言ったじゃないか。アレはウソだったのか?」
絶望した表情で、フリーが搾り出すように叫んだ。
そのセリフに自負を傷つけられたのだろう、サイレンスはむっとした顔で言い返す。
「ウソなものか。僕は吟遊詩人で、ホラ話もするけれど、ウソはつかないよ。まったく君って人は、なんだっていつもそう、僕に失礼なことばかり言うんだ? そもそも僕があの男を追った時って言うのはだね、アレは確か……」
「じゃあ、できるのか?」
「だから、次元跳躍のように、自分で好きな次元に飛ぶわけじゃないんだよ。僕が出来るのは、飛んだものの痕跡を追って、同じ次元に飛べるってだけさ」
「充分だ。早速やってくれ」
「えぇ! 今すぐにかい?」
「そうだ」
「せめてあそこの茶屋のテンプラを食べてからでも……」
「早く!」
叫んだフリーのイキオイに押されて、サイレンスは肩をすくめた。
「まったく、ワガママなんだから……」
ブツブツと言いながらも、タームを唱え始める。
「君よ、愛する君よ、君の背を追って我は……」
「おい、詩を読んでる場合じゃないだろう」
フリーが言った瞬間、サイレンスはこれ以上ないほど不機嫌な顔で睨み返した。
「黙っててくれないか? 僕は詩人で魔導師じゃないんだよ。魔導師はマスマティクスを使うけれど僕らは言の葉を使うんだ。アプローチの方法が違うだけで、やってる事の本質は変わらないんだよ。陸を馬で行こうが、海を船で行こうが、地図さえ間違ってなければ、同じ目的地に着くことは出来るだろう? わかったかい? わからなくてもいいから、とにかく黙っててくれ」
畳み掛けられてフリーは、悪かったと頭を下げ、それきり黙りこむ。
「君よ、愛する君よ、君の背を追って我は、奈落の底までも進みゆくだろう。だが君よ、君はその姿が見えないのだ。だからこそ君よ、我の行く道は君の足跡によって、光照らされているだろう 。君よ、愛すべき我が妻、ストリークと呼ばれし者よ」
ヴン
揺らぐ。
世界が揺らぐ。
フリーにはそんな風に感じられた。
胸元の猫は不安そうに彼を見上げ、優しく頭をなでられて、安心したようにまた眠り込む。
サイレンスはいまや、忘我の境地、恍惚の表情で、一心不乱に言葉をつむいでいる。
フリーはその姿を、ただ、見守るしかない。
やがて。
ヴワン
ひときわ大きく世界が揺らぐ。
あたりが真っ暗になり、真っ白になり。
そして……




