猫使いと詩人(3)
第11話です。
少し短めになります。
「冗談じゃないよ、まったく。なんだってこんな遠くまでこなくちゃならないんだい? あー、また君の口車に乗せられたなぁ。この調子じゃ、収穫祭までに帰れるかなんて、わからないじゃないか。だいたいね、収穫祭には、僕の歌を待っている女の子達がごまんとだね、」
「それじゃあ、おまえは帰るか? 帰って田舎娘を相手に、収穫祭を楽しむか? それならそれで構わないんだ。美女の救出は、俺ひとりでやって見せる」
「誰も帰るなんて言ってないだろう? 冗談じゃない、君になんて任せておいたら、助かる姫君も助からないじゃないか。まったく、君って人は荒っぽいばかりで、全然何もできやしないんだから」
えらい言い草に、思わず何か言い返そうとしたフリーは、口げんかで勝てる相手ではないことを思い出し、黙り込む。
フリーをやり込めたサイレンスは、満足げにうなずくと、背中に背負ったギターを取りあげて、陽気な歌を口ずさみ始めた。
「やあ~♪ 聞こえるかい? 空よ、太陽よ、鳥達よ。そして、世界中の恋人達よ~♪ これから、僕の歌に乗せて、本当の愛を教えてあげる~♪」
「太陽は別に、そんなこと教わりたくないんじゃないかな」
ちゃちゃを入れるフリーを睨みつけると、サイレンスは優しい声で吟じ始めた。
彼の歌は、しかし、確かに美しく、農作業に精を出す人々や、走り回る子供たち、それに道端の犬猫や、空を舞う鳥さえも、その歌に聞き入っているように見える。
もっとも、フリーにはそういう感性がないようで、やかましいなぁといった面持ちで、眉間にしわを寄せていた。
それでも、しばらくはその歌声を聴いていたが、やがて大きなため息をつくと、サイレンスに文句を言った。
「あんまり目立つんじゃない。そろそろストリークが姿を消した現場に着くぞ」
「はいはい、わかりましたよ。まったく、芸術を愛でられない朴念仁は嫌だなぁ。なんだって僕は、いつもこんな野暮天とばかり、旅をする羽目になるんだろう。でもまあ、その分、僕の洗練された美貌や、類まれな芸術が引き立つわけだから、それも神様の思し召しかもしれないな」
「頼むから、1分くらい黙っててくれないか」
「それは僕に死ねって言ってるのと同じコトだよ。でも、君とも長い付き合いだし、特別に言うことを聞いてあげるよ。ところでさ、今日の昼食なんだけど、いい加減アサナキの焼き鳥ばかりじゃなくて、僕、魚とか野菜が食べたいんだよ。だってさ、肉ばかり食べていると、身体の調子を崩してしまうだろう? ホラ、僕は君みたいな肉食動物じゃないからね。そうだ、さっき通った茶屋に、ずいぶんとおいしそうな野菜のテンプラがあったね。ちょっと戻って、ひとっ走りアレを買ってきてさ、お昼は」
「だ・ま・れ」
ようやく黙ったサイレンスを尻目に、フリーは例の体育館の廃墟に向かって歩いてゆく。
前回、ここを去る前に猫達の墓を立てたので、両脇には小さな小さなお墓が延々と並んでいた。
その哀しいお墓を見て何か言おうとしたサイレンスは、フリーにじろりと睨まれて、しぶしぶと黙り込む。
フリーの胸元で寝ていた仔猫が、目を覚まして、小さくにゃあと泣いた。
死んだ仲間の墓が並んでいるのに、何か感じるものがあったのだろうか。
フリーは心配そうに見上げる仔猫に向かって、穏やかに微笑んで見せた。
「大丈夫だよ。おまえの仲間達は、今頃、天国で楽しくやっているさ。そのうち時が来たら、俺たちもそっちへ行くんだ。そうしたら一緒に楽しく語り合えるってモノさ」
「でも、フリー。君は、天国には行けないと思うよ。だってさ……」
フリーはもう一度サイレンスを睨むと、無言のまま廃墟に入ってゆく。
肩をすくめたサイレンスは、仕方なくそのあとに従う。
ふたりと一匹は、廃墟の長い廊下を抜けて、体育館だったはずの巨大な空間に出た。もちろん、床を埋め尽くしていた猫達の白骨は、今はない。
「これはまた……すごいところだな。なるほど、猫達の無念がしみ付いているようだ」
さすがのサイレンスも、そのただならぬ雰囲気に、言葉少なにそれだけ語ると、口を閉じる。
フリーはやりきれないといった顔で、胸元の仔猫を抱きしめながら、ゆっくりと先へ進んだ。
やがて、ひときわ荒れ果てた場所に来ると、歩みを止める。
「ここだよ、サイレンス。ストリークはここで消えたんだ」
「ふうん。それじゃあ、その時の様子を、もう一回、聞かせて。場所や、やったこと、言った言葉、すべてを出来るだけ正確にね」
フリーはうなずくと、猫達の白骨を見つけたところから、ストリークが姿を消すまでの経緯を語った。サイレンスは目を閉じたまま黙って聞いていたが、やがて話が終わると、ひとつ質問をする。
「ストリークの言葉を正確に覚えているかい?」
「そりゃ、無理だ。俺は魔導師じゃないんだから」
「魔導師かどうかは関係ないよ。とりあえず聞いたことのある言葉だけでいいから、思い出して。このままじゃ、手がかりが少なすぎる」
う~んとうなって腕を組んだフリーは、しばらく考えていたが、やがて少しずつ話し出した。
「え~と、確か……周りだけ、次元を変えたとかなんとか。なんだっけな。集合がどうとか、世界全体を含むとかなんとか……」
「T:a+~a=I足りえるユニバースにおけるT1:ICa+~a足るXをここに出現せしめたし」
「それだっ! 確かにそんなような呪文を言ってた」
「マスマティクスか……」