猫使いと詩人(2)
第十話です。
詩人のセリフが長くて読みづらいかも知れませんが、仕様です。
「手伝って欲しいことがあるんだ」
「いやだ」
何も聞く前に、強い調子でサイレンスが答える。
間髪入れない詩人の厳しさに、フリーは苦笑するしかない。
それでも、やさしいおだやかな表情を作って、サイレンスに哀願した。
「なあ、頼むよ。ノイ……じゃなかった、サイレンス。おまえの力が必要なんだ。100万人の心をその歌で酔わせる男、サイレンス・ザ・ポエットの力が」
「ふん、騙されるもんか。君はいつもそうやって僕をおだてては、危ない橋を渡らせるんだ。僕はね、世界中を旅しながら、毎日歌って、楽しく暮らす。それだけが望みであり、僕の生き方なんだよ。君と関われば、魔導師だの犬使いだの、怖い思いばっかりさせられるに決まってるんだ。冗談じゃないよ。僕はね、僕と僕を包むこの穏やかな世界と……」
「聞いてくれ、ノイジー」
「ノイジーって言うなって言ってるじゃないか。まったく君って人は……」
「ストリークと戦うんだ。そのために、おまえの力がどうしても要る」
「ほらみろ、やっぱりおっかない話になるんじゃないか」
サイレンスは鼻の頭にしわを寄せると、思いっきり顔をしかめた。
「答えは、ノーだ。このムラではね、明日から収穫が始まるんだよ」
「それがどうした? 詩人のおまえには関係ないだろう? どうせ手伝いやしないんだから」
「収穫は、もちろん関係ないさ。僕の身体は、肉体労働をやるようには出来てないんだから、仕方ないじゃないか。でも、その後は違うんだ。関係大有りだよ。なんたって、ここいらで一番大きな、収穫祭が始まるんだからね。それこそまさに、吟遊詩人、サイレンスの出番じゃないか」
「収穫祭までには、まだひと月くらいはあるだろう? それまでには、必ず帰すよノイジー」
「い・や・だ」
ヒトコトづつ区切ってそう言ったサイレンスは、フリーに向かって顔をしかめて見せると、それきりそっぽを向いてしまった。
そのかたくなな様子に、ひとすじ縄ではいかないと感じたのだろう。
フリーは奥の手を出す。
「そうか、それならまあ、仕方ないだろうな。あの人を救出するのは、俺ひとりでやるとしよう。まあ、考えてみれば、その方が好都合かもしれない。俺一人で助け出せば、手柄はすべて俺のものだ。彼女の好意も、俺一人に集中するだろう……」
ブツブツと聞こえないように小さな声で話すフリーの声に、サイレンスはだんだんと耳を傾けてゆく。
もちろん、フリーは聞こえないようにしていると見せかけて、実はしっかり聞こえるくらいの大きさで話しているのだが。
ぶつぶつと独り言―――ではないのだが―――を言うフリーに向かって、サイレンスが振り返った。
「まった。フリー。聞こえたぞ? 君、何か隠しているね?」
「とんでもない。なんでもないよ。いや、邪魔して悪かった」
「うそだ。今はっきりと聞こえたぞ? 彼女って誰? 救出するって、何の話?」
「わぁ、聞かれてしまったのか。うぅん、まいったなぁ。おまえは耳がいいなぁ」
大根役者もいいところだが、しかし、サイレンスには充分のようだ。
「ちゃんと説明してもらおうかな」
困りきった顔を作ってうなずいたフリーは、サイレンスに見えないように横を向いて舌を出す。
胸元から顔を出した仔猫が、その顔をきょとんと見上げていた。
視線に気付いたフリーは、その鼻先をちょんとつつくと、サイレンスに向かって話し出す。
「ストリークの野郎が、とても可憐な美女を拉致して、異次元に姿を消したんだ。だが、俺では追う事が出来ない。しかし、おまえの力を借りれば、彼女を救い出すことが出来る」
「ふ~ん。その女の子は、そんなにきれいなの? 君はその子と、いったいどういう関係なの?」
「別に何の関係もない。もっとも、これから彼女を救ったことで、恋に落ちるかもしれないがね」
神妙な顔を作ってフリーがそう答えると、サイレンスは大声で笑い出した。
「ははは。まったく君って人は、女心の何たるかをまったく理解してないね。恋って言うのはね、そんな単純なものじゃないんだよ? そういえば、君みたいに女心を理解しない者への教訓として、こんな神話があるんだ。いいかい? あるところに美しい姫がとらわれていてね」
「まった。その話は次の機会に拝聴するとして、まず、答えを聞かせてくれないか? 俺に協力して、その女の子を救い出してくれるかい?」
フリーが内心の笑いを隠し、不安そうな顔でそう問う。
サイレンスは一瞬、きょとんとしたあと。
ひどく真面目な顔で答えた。
「何言ってるんだ? あたりまえじゃないか」