猫使いと少女(1)
1~2話が現代の話、3~4話が異世界の話です。
そのあと、二つの話が交錯してゆきます。
北千住駅から、徒歩二分。
オンボロアパートの一室。
ウィストはそこで、ガラクタ市で買ったギターを抱えて、今日も下手くそなブルーズをがなっている。
そんないつもの日曜日。
「よう、ウィスト! 生きてるか?」
一階にあるウィストの部屋。
その窓に顔を突っ込みながら、魔導師パラレスが声をかけてきた。
魔導師ギルドの北千住支部長をつとめる洒落者であり、ウィストの上司でもある。
流行の先端をゆく若々しい格好のパラレスは、ウィストの部屋をながめて眉をひそめる。
「相変わらず、汚ないところだね。ここは」
「ほっといてくださいよ。これでも、どこに何があるかは……」
「あのさ、昨日、俺、携帯忘れてかなかった?」
「聞いてねえし……携帯ですか? そこの、冷蔵庫の上にありますよ」
「おう、さんきゅ! へへへ 」
「なんです? 気持ちの悪い笑い方して」
「昨日の合コンのあとさ、ネネちゃんと、どうした思う? なあ?」
「どうせ、黒猫館でしょ? 飲み会の途中から、ずっとネネちゃんとばかり話してたじゃないですか」
黒猫館は、パラレスの常用する、いわゆるラヴホテルである。
「と、思うだろ? ところがさ……」
「寸前で嫌がられたんでしょう? ホテルの入口まできてから」
「な、何で判るんだ?」
「これでも、一応、魔導師の端くれですからね」
「嘘つけ。おまえ、遠隔系の魔法、使えないだろ? バカだから」
「ちぇ、きついなぁ……ネネちゃんから、電話があったんですよ。パラさんから逃げ出したあとに」
「マジ? なんでよ? おまえいつの間に……」
「そんなんじゃないですよ。千住亭で飲んでる時、みんなで電話番号、交換したじゃないですか」
「あ、そうか……ネネちゃん、なんて言ってた?」
「それは秘密です。約束しちゃったから」
「教えろよ! つっても、おまえじゃゼッタイ言わないか。妙に義理堅いモンな。いい加減なくせに」
「放っといてください!」
「ま、いいや。明日は仕事だからな? 遅刻するなよ」
「パラさんにだけは言われたくないですよ! 毎朝 、毎朝、堂々と遅刻してくる……って、あれ? 行っちゃった……」
言いたいだけ言って、つむじ風のように去っていくパラレス。
その後姿を眺めながら、ウィストは小さくため息をつく。
それからまた、ギターを抱えると歌いながら弾き出した。
どんどんどんどん!
突然、立て付けのわるい扉を叩く者がいる。
「はいはい。だれ?」
扉を開けると、向かいの部屋に住むソウカ教徒の老婆、オリーばあさんが立っていた。
ウィストの住む、このボロアパートの大家さんでもある。
「魔導師さん、あんた猫使いだったよね?」
「ええ、一応。……どうしたんです?」
「表の洗濯機の下に、猫が死んでるんだよ。どうにかしておくれ」
それは大家の仕事なんじゃないか? という言葉を飲み込んで、ウィストは立ち上がった。
大家のオリーばあさんが触れないから、頼みに来たのである。
ウィストが断れば、業者を頼むしかない。
そして業者に任せたら、クリーナーで吸い取って、そのまま ディスポーザに放り込まれてしまうのが、目に見えている。
野良猫とはいえ、いや、野良だからこそ。
ミンチにされてゴミ袋に詰められてしまっては、あまりに可愛そうだ。
オリーばあさんも、そう思って、わざわざウィストに頼んだのだろう。
ウィストは、ライターと羊皮紙と羽根ペンを用意すると。
共同洗濯機のところへ向かった。
洗濯機の下には、野良猫が死んでいた。
すでに 腐りはじめている上に、所々、ネズミに齧られている。
ウィストは地面に膝をついて、死骸を引きずり出す。
痛ましい姿をみて、オリーばあさんが小さい悲鳴をあげた。
ウィストは小さなため息をつくと、死骸に優しく話しかけた。
「かわいそうに……いま、天国へ送ってやるからな」
「極楽だよ!」
オリーばあさんはソウカ教徒なので、そういうところにはうるさい。
猫の死骸を、地面に横たえ、死骸から毛をひとつかみ抜き取ると、脇へのける。
羊皮紙を広げ、羽根ペンでなにやら、さらさらと書きつけたウィストは。
小さな声でぶつぶつ言いながら、ライターで羊皮紙に火をつけた。
「もしXが非Yと同値であるとすれば、Yは非Xを含意するが、XとY、ただし同時ではない、に等しい。しかしもし非Xが非Yに……」
ウィストの呪文が進むうち、脇へのけた猫の毛が、もこもこと増殖し始めた。
ウィストは猫の毛を掴むと、死骸の上にのせる。
瞬く間に、ネズミに齧られていた猫の死骸は、元のきれいな白猫の死骸になった。
「おやま! たいしたもんだね。元に戻っちまったよ」
「任意の有機物Xにおいて融点、沸点、発火点……」
続く呪文で猫の死骸は、突然、青白い炎をあげて発火した。
瞬く間に燃え尽きると、後には幾ばくの灰も残っていない。
それを見てウィストは小さく舌打ちすると、オリーに詫びる。
「すみません。燃焼温度が高すぎて、骨まで燃えてしまいました」
「まあ、いいんじゃないかい? ここらじゃ、埋めようって言っても、埋める場所もないからね」
「そう……ですね……でも……ダメだなぁ……俺」
「そうでもないよ?」
背後からの声に、驚いたウィストが振り返る。
そこには、漆黒の長い髪を無造作に束ねた、女の子が立っていた。






