第1ノ界:#1
ダンっ!!
まいは今までで生きていた中で一番勢いよく立ち上がり、学生椅子がぐらりと倒れそうになったところをギリギリ地面に踏ん張った椅子すら気にも止めることなく、まいは鞄を担いで大急ぎで教室を後にした。
神はさっきの言葉が真かどうか疑わしく思いながらも、慌てて背後を離れないようくっついていく。
まいの性格は、大体「望みはあるが実現するまで時間がかかる。もしくは、行わない」事が多かった。
考えるよりもまず“自分にはできない点を上げ、冷静にネガティブに諦めていく。意欲の「い」の字すらでない”、やる気が感じられない若者であった。だからこそ、消極的な彼女から想像もできない言葉と行動である。
【まいどうしたんだ、彼女が生きている中でこんな変化は初めてだ…
新しい一面見れてラッキー…いや。むしろ危機感を感じたほうが…?】
彼女の表情は真っ直ぐに何かを見つめ、足取りですら力強い。
走っているわけでもなく進みが早いのは、今のこの熱量を消すまいと意気込んだ表れからだろう。
(神様あのねっ。ウチ…どうせごく普通の人生を生きるしか道がないのならば。妥協をして生きるのもいいかもしれないけど、せっかくのチャンスを物にしたい。
あれは姫ちゃんに降りかかった非日常だとは、見て何となくわかるけど。
ウチには関係なくて…異世界に行けなくても。ただ話を聞いたりして、知りたいだけ!
ずっと、ずっと…ココじゃないどこか別の世界が見れるなら…!ウチは…っ!)
まいは藪から棒に探したって無理だろうと考え。まず、うさ耳男に出会った姫愛鈴を見つけ、最初に出会った場所を教えて貰おうと学校内を探索し始めた。
きっと彼女はまだ学校の中だと置きっぱなしの鞄をみて知っていたので、思い当たる場所ならどこへでも向かい、かなりの時間を浪費したがやっとの事で、彼女の場所を突き止める。
探査して思ったことは、人っ子一人出会わないばかりか、気配さえなかった事に二人は違和感を感じつつも、自分で足を動かし、余りにも不気味で怖いと言われている理科室の教室前でも、探しまわったまいの姿に、神は「こうして少しづつ成長していくのか」と嬉しく感じると同時に「“完全にあのうさ耳男に心を奪われている”このままじゃ、現実とかけ離れてしまうのではないか」と危機感が生まれつつあった。
まいはまず話を振るのが大の苦手なので、どのように話そうか言葉が整っていないが、まいの中で「整った」と自信を持ち。彼女のいる場所、図書室のドアに取っ手を触れる。
しかし、中から姫愛鈴以外の声が漏れていると気付き、大きく開けるのをやめて。
体を屈み、ドアを指一本入るかどうかわからないぐらいの隙間を開け、中を覗きこんだ。すると、図書室にはあの遠山雫が姫愛鈴の頬に触れて話す、まるで乙女ゲームのワンシーンのように迫っていた姿が見えた。
まいと神はぎょっとした顔で驚き、神は「プレイボーイだなぁ」と同じ男?としてキザすぎる姿に眉をしかめる。まいも同じように眉をしかめるも、苦虫を嚙み潰したようにまた違った面持ちで固まる。
(きめぇ!!…ホントにタイミング悪いなぁ!遠山雫はぁ!!
てか何を話してんのっ告白…って雰囲気?じゃないだろうし。女子ならあんな感じで対応してるの?
それとも姫ちゃん限定?きもいなぁ~~~~…!)
そのワンシーンを見て震えだすまいの顔をみて、神は「まいはあんなチャラいの嫌いだもんねっ」と自分の敵にならないであろう事に、にやついた不敵な笑みを浮かべて喜ぶ。
そんな神の心境など知らないまいは、鼻で吐き捨て、茶番の終わりを待っていると。後ろからずっしりとした重さと、動物特有の臭いが鼻に入ってきた。
ここは学校内なので動物の臭いがすることはおかしい。しかも、神ののしかかる感覚を思い出しても、こんなに重力を感じたものではなかったので、まいはとても怖くなりバッと顔を横に向けると…
「汚い手でぇ…!アリスの頬に触れるとはぁあああっ…!
彼はちゃんとトイレに出たら手を洗っているんでしょうね!?」
わなわなと怒りをにじませた、朝に出会ったうさ耳男のがまさしくそこにいたのだ!
まいは出会った嬉しさに、ついテンションをあげ、そして共に遠山雫を批判しだした。
「それは同意だな!たまに手を洗わずに出てくる奴とかいるし。
きっとあいつもそうだよ~!…ねえ、もしかして異世界からきたの?」
「―――はい?」
背中にもたれかかった男は、長い耳をピクリと反射的に動かし、まいと同じように隙間から覗いてみていたのを下へと向けた。彼はまいの存在など何一つ頭に入っていなかったからか、奇妙な問いに内容よりかは“動物”が突如自分に話しかけたということに驚かれた返事だ。
彼の目がどこか警戒心のない顔とカラ返事に、そう向けられるとは思わなかったまいは、ゾッとした感情を滲ませ、奥から沸き起こるものを感じても、受け流すようにそれでも会話を続けようと。
もっとわかりやすく、丁寧に彼に問いただす。
「貴方は、ココの世界の、人間じゃないですよね?異世界からきたのですか?」
「……貴方。私をさぐろうとしてますけど、何を…?」
しかし、それが逆効果だったか。
彼はやっとまいを“動物”から“人”として見るようになり、自分について悟りきった事を聞きだす彼女に警戒心が生まれ、彼が素早く・自然に胸ポケットに右手を突っ込んだ。
まいに体重を乗せ、離れることはなかったが胸ポケットに入れているであろう可能性の物が、まいの脳裏を一瞬で横切り、胸ポケットに入っているのは“銃”だと推測する。
彼が離れないのは、そのまま動かないように相手を覆いかぶさるようにのしかかり、すぐに頭部を吹き飛ばそうと考えているのではと考えた。
ただ異世界について聞きたかっただけだったまいは、さっきのと含めて、まさかとは思わず頭が次第に真っ白へと変わっていく。
空想上の人物は「まい!まい!」と心配そうに叫ぶだけ。
「そういえば、貴方。あの時一緒にいましたよね?しかも、彼の事少し知ってるような口ぶりからすると、友人とかですか?だったら好都合…
貴方を人質にして二度とアリスに近づかないよう脅すこともできそうですよね?
アリスが汚れる前に…僕がアリスをお守りしないとっ…!」
ズッと手から出たのは、やはり銃だ。しかもその銃は白く金の飾りが施された見た目高級そうで美しい。
(フリントロック式!?)
そのフリントロック式の銃が、頭に向けられそうになった瞬間。
うさ耳男の指に小さな電流…静電気が「バチィッ!」っと音を立てて牙をむいた!
男は瞬間的痛みに「ぃたぁ!」と口にしたと同時に、まいに当たることなくゴトンと地面へ落ちる。
まいはそのチャンスを逃すまいと地面につかんばかり体を縮こませ、サッと銃を掴んだ!
「しまった!」。彼が気づいた時にはもう後の祭りで、まいの手には男の銃がしっかりと握られ。のしかかったのをうまく払いのけ、獣のように長い廊下を走って行った!
(どうしよどうしよっ、簡単に銃を手にしてしまった!以外にクソ重い!)
『取り敢えず奴から距離をとり、警察に電話するか教師に報告して身を守ってもらおう!』
「まてぇ!!返しなさいっ!」
背後からはあの男の声が聞こえてくる。大人しくつかまったりしたら間違いなくあの男はまいを殺すことは明確で、彼女を動物として見たあの目を見て、人をなんとも思っていない人物?であることを察する。
闇雲にどうすればいいのかわからず、ただ右へ左へとジグザグに走るしか彼女はできない。
何故なら普通の女子高生がいざ自分の生命の危機を受けたら、漫画のように戦えるだろうか?
力も戦う技術もない。体力だって普段スポーツをしていない運動不足で帰宅部の彼女では勝てない。
たとえ力を持っていても“道理と倫理が邪魔をしてできないだろう”。
今持っているその銃で、あの男に銃を向ければ相手だって少しは怯むやもしれない。
撃ち殺す…という手もあるだろう。しかし、生まれつき平和な生活だけを生きてきた住人の一人が、すぐに軍人のように考えを切り替えて、日本の法律に触れない範囲の自己防衛が出来るだろうか?
そこでまいがその手を瞬時に使わなかったことで、彼女の運命は“そこで決まってしまった”。
「きつい…!腕が痛いっ…!あっ!鞄そのまま背負っちゃったままだぁ…っ!」
走り続けたせいで息切れするも足を止めることが出来ず廊下を走り、曲がり角に差し掛かった時。
彼女の横から黒いものが一瞬で目に映り、何やら振り下ろす!
「「ジャリッ!」」
…一瞬斬られた音が耳に入る!
『!!』「あ、ごめんなさ…」
まいは何かにぶつかったと思い、自然と謝罪がこぼれた。
慌てたこともあり、曲がり角で出会った男を学生でも教師でもない。と冷静な判断が出来ず。
まいは切られたことに気付かなかった!
神は後ろから追いかけてくる男よりも見知らぬ男に目線を変え、刃物のように鋭く睨んだが。
ほんの数秒で違和感と、その人物に見覚えがあり、反撃の手を止めた!
その男は全身真黒なローブでまとい、身を隠しているが顔や腕に包帯と絆創膏で傷を隠している。
手に持っていた捻じれ、歪にできたナイフは小さな鎌のように湾曲し、まだ敵意をひしひしと隠さなかった。
そして、彼の目を見ると額の中心がチクチクする感覚が襲う。
神はその一瞬を全て悟り、わずか1秒でまいの身体を使い“無謀だと知っていても”銃を使って彼の頭を吹き飛ばした。
耳に響いた銃声の音。
まいの経験上で聞いたことがある音は、運動会で鳴らされるアレぐらいしかない。持っていたものに、激しい火花と、打たれて崩れる男の姿を見てしまったまいには、何故自分が銃を使ったのかが理解できない。
男はよろめき、後ろのうさ耳男はその光景に豆鉄砲を食らったように固まり、血の気を引いたところで後ろに逃げ出す。
「えええ…す、すみません!!??ああぁ…」
謝罪をする途中でも動きを止めることなく、まいをうさ耳男と同じように走らせた!
逃げねば!逃げねば…!
どうして撃ち殺したのか。何故、助けるのではなく、逃げているのか。
まるで誰かに動かされている感覚で、それが不気味と感じるよりも、それを安心と感じる己の心理に不気味に感じさせられた。
「こ、こないでください!!」
うさ耳男が汗を吹き出し、顔をしかめすと。前には銃声の音に不審に思った二人が前に立っていた。うさ耳男は疑問そうに見ていた無垢な少女の手を取り、風のように少年の横を過ぎ去る。
少年は拐われた少女を目で追いかけ、すぐ前にやってくる彼女と、黒い何かに目線が戻した。
「まいちゃ…?、!!」
黒い何かは霧の如く身体を浮遊させ、穴の空いた額から真っ黒な液体を流している。この世のモノとは思えないその存在を見て、寒気と、胸に響く警報で立ち止まる暇など無いと悟る。
がむしゃらに右へ左へ、変わらない景色からも逃げられず、籠の虫のように逃げ続けた!
…
……
………。
「はぁ…はぁ…」 「ぜぇぜぇ…ぐっ…」 「はぁはぁ…」
「あ、あれって人?」
「わかりません、悪魔でしょうか?ああ!アリスぅ、怖かったですーっ!」
「お、い。何抱きついてんの…?姫愛鈴はオレのだから」
「いたのですか…貴方もしつこいっ!アリスは僕のですよっ!?」
「ふ、二人共…喧嘩は駄目だよ…?」
「まさか理科室に隠れるとは…」
まいとうさ耳男。図書室にいた遠山と姫愛鈴は。
気色の悪い生き物をホルマリン漬けした棚と、解剖されたミイラがある室内で、身を潜めて固まっていた。遠山は「で、どうしてこうなったの?」と聞くと、まいはうまく喋れないながら記号だけでも伝え、二人は掻い摘んだ。
「つまり、こいつに殺されそうになって逃げてる途中に、そいつが立っていて、切り裂いた。と…」
「ケガしてない?大丈夫?」
「うん!大丈夫だよ姫ちゃん!ウチ、運よくバックだけ斬られただけで。腕とか切れてなかったよ」
「てか、人に銃を向けるとか…しかも女の子にそんなことするなんて、どうかしてるよ」
「アリス以外の生き物は、女とも、人とも思ってませんので…」
「あの。さっきからアリスって…私はアリスじゃなくて、谷姫愛鈴って名前だよ…?」
「アリスですよ!僕がアリスを間違えるわけありませんっ!
今すぐ、この不気味で空気の悪い世界ではなく、我が国。
“ワンダーランド”へ来てください!
そこはお菓子とおもちゃと、楽しいことしかない。まさしくアリスのためだけに存在する世界…!
しかし…とても薄汚く、知能の低い噓つきの住人が我らの国を乗っ取ろうとしているのです。
いえ、私たちの国だけではありません…!
未来都市のような“ユートピア・カントリー”とか。“木春ノ歩”とか…
彼らはまだ奴らの脅威に気づいてませんが、近い未来暗い影が…」
「はいはい、すごいねー」
遠山は次第にめんどくさくなり、投げやりながらうさ耳男を応対する。
うさ耳男は耳をピンっ!と真っ直ぐに立たせて、しかめっ面で怒る。しかし、彼はそんなことをする場合ではないと気づくのはすぐで。
ガラガラっと、扉がスライドする音が耳に入り。四人を黙らせる。
足音がないのが、益々不気味さを醸し出している。姫愛鈴の横にある小さな鏡からはあの死神が見えた。
まるでホラー映画のワンシーンのように、じわじわと蠢く黒いそれが、鏡の中にいる気がしてすぐにでも鏡を消してしまいたい衝動がまいの中からざわめく。
それが、その黒い者に伝わってしまったのか。鏡の人物がまいと目があった…
『くそっ!!理科室は4階、出入口はすでに奴が道を塞ぐように立っていて逃げられない!
さっきみたいに銃を使って打ったとして、何になる!今みたいに死なずに動いているじゃないか!
いや、奴使えないっ!霊体の存在に肉体ある只の人間が、奴に勝てるなんて絶対に無理だ。
どうしたら…どうしたら… こうなったら。こいつらをオトリにっ?』
―――すると。
あろうことか、横から強い光が目に入った。
まるで太陽のような強い光。
それはまいや姫愛鈴、そしてうさ耳男までも。その光の強さに手で目元を隠すほどだった。
光の張本人は“遠山が持っていた本”からだ。
「な、ナニコレ…図書室で見つけた本が、超光ってる…」
「「「「!!?」」」」
光は、益々強くなり。全てを“白”へと変えていく!
音も、物も、そして。
黒い男も全て消したかのように、白が全てを飲み込み。
四人の体は足元も消したかのような浮遊感を与えた…!
誰かが発する声があるはずだが、それも消され、まるで孤独の中に落とされた状態だ。
まいと神は、ただ今いる状況から。どう守るかしか考えられず。
ジッと、白がなくなるのを待っていた…
そして。
その白が終わったと理解したのは。
先にまいの鼻に伝わった“新鮮な木の香り”が入ってきたときだった…
そして、小さな小鳥の声が聞こえた後。ざわざわ、ガヤガヤとした音が耳から入り。
まいが目を開けると―――
まい…いや。
四人は、大きな樹木の足元に倒れるように眠っていることに気が付く。
しかも、ある銀髪碧眼。もこもことした暖かそうなコートを身にまとう。
コスプレ姿をした、どう見ても“召喚者”のような青年が、目を丸くして彼らを覗き込んでいた…!
「…今度は。ナニコレ?」
『…異世界に、来てしまった…』
「ぇ!?」
文章を書いていくと「ありふれた職業で世界最強」はすごいと思ってしまう。(これは本人には秘密ね☆彡