報復
ヴァイアが亜空間からロープを取り出して男を縛った。
「フェルちゃん、その腕輪と首輪を貸して」
貸すもなにも鍵が掛かったままなんだが。手錠の鎖は引きちぎったけど。
ヴァイアが石を取り出して、腕に残った手錠に触ると、石が割れて手錠の鍵が外れた。解錠魔法を付与した石で手錠を外したのか? もう、何でもありだな。
その手錠を男の手に付けた。なるほど、拘束的な能力はないけど魔力を抑えるのか。
そんなことを考えている私の隣で、ヴァイアが手錠の鎖をくっつけた。
どういうことだろうか? 鎖の結合部分に重力魔法を付与して引き合うようにしたのか? 普通、そういうことしないよな?
今度はヴァイアが私の首にあるチョーカーに触れてきた。
「あ、これには無理に外すと爆発する魔法が付与されているよ」
なんてものを着けさせるんだ。死なないけど、近距離で爆発したら痛いし、服が破れるだろうが。どうしようかな?
ヴァイアが無造作にチョーカーを外した。何してんの? あれ? 爆発しない? ヴァイアに嘘をつかれたのだろうか?
「無理に外しても爆発しないように術式を書き換えたから大丈夫だよ」
魔法付与のスキルってそんな事を出来たっけ? というか、出来たとしても術式を書き換えるっておかしくないか? 術式の解読って、数ヶ月掛かるよな?
ヴァイアはそのチョーカーを男の首に着けた。
「これで大丈夫だね。あ、そうだ! ノストさんは大丈夫かな!?」
ヴァイアには色々驚かされるが、まずはノストの方だ。流血が酷かったが大丈夫だろうか?
「おう、安心しろ。傷は塞がった。死ぬことはねぇだろ」
ヴァイアは横になっているノストの隣に座った。ヴァイアはノストの右手を両手で握りながら笑顔で泣いているようだ。自分を庇って怪我をしたんだから、死なれたら目覚めが悪いよな。
「でも、出血が多いから血が足りねぇんだ。俺の魔法じゃ血は作れねぇんだよ。ポーションとか持ってねぇか?」
そういえば持ってる。夜盗退治の時に買った物だ。亜空間からポーションを取り出して、ローズガーデンに見せた。
「これでいいか?」
「それで問題ねぇよ。よし、じゃあ、男の顔を鉄格子の隙間に寄せてくれ。俺が口移しで飲ませてやるぜ!」
口移し。マウストゥマウス。意識のない奴に何かを飲ませるときにする行為だな。医療行為の場合はノーカンと聞いたことがある。なにをカウントしないのだろう?
「ぐへへ、こんなイケメンなら、ドンとこいだ! 俺に任せろ!」
女なのに、ぐへへって言ったぞ。大丈夫か?
ヴァイアは何も言わずにノストを引きずって牢屋から離れた。
「おい、なんだよ! それじゃ出来ねぇだろ!」
「わ、私がする……」
「あん?」
「わ、私が、く、口移しするの!」
ヴァイアの顔は真っ赤だ。大丈夫か? ノストより重症な感じだぞ?
「なんだぁ? 独り占めする気か! 俺にもさせろ! イケメンとの接吻は大金貨の価値があんだよ! 減るもんじゃねぇんだから俺にも寄越せ!」
酷い。女として色々酷い。
「ぜ、絶対に駄目!」
ノストはモテモテだな。だけど二人とも気づいていない。言っておくべきだろう。
「おい、ヴァイア」
「い、いくらフェルちゃんでもこれは譲れないよ!」
「そうじゃない。よく見ろ。ノストは意識が戻ってる。自分でポーションは飲めると思う」
二人がノストを見つめると、ノストは申し訳なさそうにしている。口はパクパクさせているが、声は出ていない。喋れるほどまでは回復はしていないのかな?
「ヴァイア、ポーションを飲ませてやれ」
ヴァイアは慌ててポーションをノストに飲ませた。青ざめていたノストの顔に血の気が戻った気がする。ポーションすごいな。
「ゴホ、ゴホ、た、助かりました……」
本調子では無いようだが、ノストは立ち上がれるぐらいにはなったようだ。
「い、いえ、た、助かったのはこちらの方です。か、庇ってくれて、あ、ありがとうございました!」
ヴァイアは改めて顔を真っ赤にしてから、ものすごい勢いで頭を下げた。九十度ぐらいの角度で。
「頭を上げてください。護衛中であるにもかかわらず、危険な目に遭わせてしまったのですから。責められることはあっても、お礼を言われるようなことはしていませんよ」
ノストは牢屋にいるローズガーデンの方を見た。
「貴方にお礼を。うっすらとですが、治癒魔法を掛けてくれたことを覚えています。ありがとうございました」
「おう、気にすんな。だから結婚してくれ」
私の耳がおかしいのかと思ったが、聞き間違いじゃないのが分かった。ヴァイアの目が怖い。あれは殺し屋の目だ。
「は? すみません。良く聞こえなかったのですが……」
「俺と結婚しよう! 安心しろ、養ってやるから。大丈夫だ、俺、金はあるぞ?」
最低な口説き文句だ。ミトルより酷い。そんな風に思っていたら、いつのまにかローズガーデンの周りに石が浮いていた。この光景はさっき見たな。
ローズガーデンも自分がどういう状況に置かれているか理解したようだ。
「冗談! 冗談だよ! 女神教ジョークだってば! 結婚はしたくないです。さっきのは嘘です。すみませんでした」
ローズガーデンがそう言った瞬間、石が地面に落ちた。
「えーと……」
「ノスト、色々と察しろ。私もそうする」
「あ、はい」
さて、色々聞かなくては。だいたい、この意識のない男は誰だろう? この牢屋の持ち主のようだが、領主なんだろうか。
「ノスト、色々聞かせてくれ。まず、この男は何なんだ? 一緒に来たようだが」
「この方は、領主様のご子息で次男のスティン様……もう様は要りませんね。スティンです。フェルさんをヴァイアさんの探索魔法で探したら、この家の地下でしたので許可を取ろうとしたのです。その時に地下に案内すると言いましたので、一緒に来たのですが……」
「なるほど。領主の子供ということは、こいつは貴族なのか? ヴァイアが怪我を負わせたが、何か罪に問われたりするか?」
「それはありません。相手が貴族とはいえ正当防衛です。それに、よく見たらこの牢屋には調教されていない魔物がいますね? この行為は犯罪です。おそらくですが、王都で裁判にかけられて、良ければ終身刑、最悪、死刑かと」
この国は貴族に対してもそういう事をするのか。なんとか特権とかで罪にならないかと思ってた。しっかりした国なのかな?
「ギルドマスターや司祭も犯罪者として裁かれるのか? コイツと関係がありそうだが」
「決定的な証拠がない限りは無理ですね。その、言いにくいのですが、魔族の証言だけではなんとでも言い逃れが出来るかもしれません」
そうなのか。なら、仕方ないな。
「あの、フェルさん? どうされましたか?」
おっと、ちょっと笑ったのがバレてしまったかな?
「決定的な証拠がない限り、アイツ等を裁けないんだろ? なら、仕方がない。私が今から行って、直接、報復する」
「そんなことをしたらフェルさんが捕まりますよ!」
「誰が私を捕まえられるんだ?」
「そ、それは確かに無理ですが、立場上、私は止めなくてはいけないんですよ!」
そうは言っても、そのままアイツ等を野放しにする気はないんだよな。どうしようかな?
「おーい、出してくれよー。もう、結婚を迫ったりしないからよー」
忘れてた。そうだ、ローズガーデンはともかく、魔物達はどうなるんだろう?
「ノスト、ここにいる魔物達はどうなる?」
「そうですね……調教されていない魔物はおそらく処分されるかと」
それはそれで後味が悪いな。せっかくリンゴも分けてやったんだし、せめて牢から出して野に放してやりたい。
「魔物達に報復させないと約束させるから、見逃してくれないか?」
「それは難しいですね。そもそも、この魔物達を飼っていることをスティンの罪にするつもりですから、居なくなると困るのですよ」
そういう事なのか。うーん、どうしよう?
「そうだ、フェルさんの従魔にしてしまいませんか? 魔物達を証拠として書類を作った後なら従魔にしてかまいません。その後、町を出たら解放するなり、村に連れていくなりしてもらえれば。それでどうでしょうか?」
「わかった。とりあえず、それで魔物達に打診してみる」
全員に聞いてみると、それで問題ないとの回答を貰えた。まあ、断ったら処分されてしまうし、選択の余地は無いよな。あとで野に戻るか、村まで来るか聞いてみよう。
「とりあえず、皆、その対応で問題無いそうだ」
「分かりました。では、フェルさん。私はこれからスティンの罪に関する手続きをします。しばらくの間、皆さんとは別行動になりますね」
「そうなのか?」
隣でヴァイアが露骨に残念そうな顔をした。分かりやすい奴だな。
「つまり、私は皆さんの行動を知ることができない、という事です。えっと、分かりますよね?」
なるほど。自分が見ていない間にギルドマスターと司祭に報復しろ、という事だな。
「普段は真面目なのに、いざという時にそういう事が出来る奴は好感が持てるぞ。……ヴァイア。そういう意味じゃない。石で囲むな。危ない」
迂闊なことを言ったら爆破されるな。言動に注意しよう。
「なあなあ、俺も行っていいか? 罪の手続きなら、俺が牢屋に居なくてもいいだろ? あとで証言するし」
「そうですね。魔物達は残りますので、証拠としては十分です。それに後で証言してもらえるなら、問題ありませんよ」
「おっしゃ! フェル、俺も連れて行ってくれよ! 司祭の奴に報復するんだろ? 俺も一枚噛ませろ!」
とくに断る理由はないな。護衛対象だし、居なくなったら困るから連れていくか。
「分かった、いいだろう。ただ、危険なことはするなよ? お前は一応護衛対象だからな」
「おっけ、おっけ。行こうぜー」
とりあえず、牢屋の鉄格子を何本か外して通れるようにした。でも、よく考えたら、ヴァイアに解錠をしてもらえばよかったな。
さあ、行くか。まずはギルドマスターだ。お土産に剣を貰わないとな。




