魔法使い
ノストがヴァイアに覆いかぶさるように倒れた。かなりの血が流れているようだ。
くそ、魔法障壁も転移も間に合わなかった。
一体、何がどうなった? ヴァイアに向かってくる剣が見えたので躱す様に言ったが、あのタイミングじゃ無理だったな。その代わりにノストが身を挺してヴァイアを庇ってくれたが、かなりの傷を負ったようだ。
「フェ、フェルちゃん! ノ、ノストさんが!」
どうする? まずは安全を確保しないとまずい。まずは牢屋を出て二人を守らないと。だが、ノストはどうする? このままじゃ出血多量で死ぬかもしれない。
「おい! その男を俺の手の届く範囲に持ってこい!」
ローズガーデンが声を張り上げた。そうか、コイツなら治癒魔法が使える。
「ヴァイア、隣の奴は治癒魔法が使える。言うとおりにノストを運んでやれ」
「え? あ! うん!」
「早くしろ! 生きてるなら絶対に助けてやっから!」
ヴァイアがノストの下から抜け出して、ノストを移動させようとしていた。だが、その周囲に四本の剣が浮いていた。まずい。
転移してヴァイア達を守る様に剣の前に立った。その瞬間、剣がこちらに向かって飛んできた。
手錠の鎖を引きちぎり、素早いパンチで飛んできた剣を叩き落とす。そうすると拍手が聞こえてきた。
「すごい、すごい! 四本の剣を一瞬で叩き落すなんて! それに牢から転移したし、ミスリルの手錠も引きちぎったのかい? あれだけ弱体化されても普通に動けるなんて! これはいい! これはいいよ!」
誰だか知らない男が大はしゃぎだ。コイツが全部やったようだな。なら、ぶちのめそう。
男の前に転移して、渾身の左ボディブローを放った。
金属を殴ったような音が響く。結界か? 一撃で壊せないとはかなりの強度だな。
「おお? ハハッ! この結界に傷をつけるとはすごいね! 宮廷魔導士でもそんなことはできないよ!」
うざい。かなりイラついてきた。
「でも、いいのかい? こんなに近くに来て? 君は強くても、彼女たちはどうかな?」
ヴァイア達の方を見ると、また剣に囲まれていた。
また転移してヴァイア達を守る様に剣を叩き落した。あの男に遊ばれているな。
「四本じゃ駄目だね。なら倍の八本ならどうかな?」
男は亜空間から四本の剣を取り出して放り投げてきた。
今度は八本で狙うつもりか。私一人なら問題ないがヴァイア達はまずい。このままだとジリ貧だ。どうしよう?
「フェルちゃん、ここは任せて。ノストさんをお願い」
ヴァイアから意外な言葉が出てきた。それに普段のやさしい感じの声じゃない。もしかして怒ってる?
「大丈夫なのか?」
「任せて」
心配だが目に意思の強さを感じる。よし、信じよう。
「わかった、任せる。代わりにノストは任せろ」
ヴァイアは力強く頷いた。
「あれ? こっちとしては魔族の子と戦いたいんだけど?」
「フェルちゃんの相手は貴方じゃ力不足だよ。私で十分」
おお、ヴァイアが挑発している。ヴァイアじゃないみたいだ。
「へぇ? なら君を殺してから魔族と戦おうかな? 元々、君を殺して魔族を怒らせるつもりだったからね!」
ヴァイアはその言葉に反応せず、金属の塊を亜空間から取り出して、無造作に床へ投げ出した。
「何の真似だい?」
私も不思議に思っていたが、その金属めがけて周囲に浮いていた剣が引き寄せられた。重力魔法か?
「ハハッ! 君もすごいね! 重力魔法かい? いいよ、いいよ! 君も魔族も僕のコレクションとしてここで飼ってあげるよ!」
コレクション? ここで飼う? という事はコイツが領主なのか? 随分若いな。
「さて、君の重力魔法と僕の念動魔法ならどっちが強力かな?」
どうやら、男の方は念動魔法で剣を動かしていたようだ。金属に引き寄せられた剣を動かそうとしているが、全く動きそうにないんだが。
「ぐっ、嘘だろ……」
ヴァイアは何も答えず、男を見つめている。怖い。
「くそっ、だけど剣はまだあるからね。そっちを使わせてもらうよ」
男が亜空間から剣を数本取り出した。だが、その瞬間に剣が金属に引き寄せられた。
「な……」
もしかして、武器だけ引き寄せるように術式を変えているのか? これなら攻撃を無効にしているのと一緒だな。
「ハ、ハハッ、驚いたよ! 剣はもう駄目みたいだね! なら、これならどうだい! 【炎蛇】!」
男が手をかざすと、蛇の形をした炎が放たれた。
炎の蛇がヴァイアの腕に噛みつくように襲ってきたが、ヴァイアの着ているローブが水っぽく変化すると、噛みついた炎の蛇が蒸発した。……理解が追いつかないんだけど。え、なにこれ?
男の方も絶句している。気持ちは分かる。
「な、なにをした!」
ヴァイアは何も答えない。男を見つめているだけだ。
その後も男が雷鳥とか氷狼とか鎌鼬とかの魔法を使ってきたが、全部ヴァイアは無効化した。すごいっていうか、おかしいだろ。
「そんな馬鹿な……」
男も最初とは違って怯えている感じだ。実を言えば、私も怖い。
「もういい?」
ヴァイアがゴミを見るような目で男に聞いた。
それを聞いた男は階段の方に向かって走った。もしかして逃げる気か?
転移して捕まえようと思ったら、ヴァイアに止められた。
「大丈夫。逃がさないから」
そう言ったヴァイアの手のひらには石が乗っていた。それが一瞬で消える。遠くてよく見えないが、どうやら階段の場所に石を転移させたようだ。
「な、なんだこの結界! 来た時はこんなもの……」
もしかして、階段のところに石を転移させて結界を張ったのか? ありえない使い方してるな。
「駄目だよ? 今さら逃げるのは駄目。今度はこっちの番だよ?」
ヴァイアは両手の指に石を挟んで、計八個の石を男の方に見せた。その石が消えると、男の周囲に八個の石が出現した。
また転移させたのか。というか、八個同時? しかも石が空中に浮いてるんだけど。どんな魔法を付与した?
その石が小規模な爆発を起こした。これは怖い。
だが、爆風が収まると男は普通に立っていた。
「フ、ハハ、ハハハハ! 僕の魔法も効かないようだけど、君の魔法も僕には効かないようだね!」
どうやら男の方は結界ですべて防いだようだ。男は攻撃を防いだことに安心したのか笑っている。
「この結界は壊せないよ! さっきの魔族の攻撃でも壊せなかったからね!」
ヴァイアがまた石を指に挟んでいた。その持ち方、好きなのか? 格好いいような気はするけど。
その石がまた消える。すると今度は男の結界内に石が出現した。
「くそ!」
男は結界を解いて横に飛んだ。そして改めて結界を作り爆風を防ぐ。
「なんで空間座標の計算が即座に出来る! お、お前! なんなんだ!」
その問いにヴァイアは答えない。無視されると精神的にキツイからな。私でも傷つく。
その後も何度か結界内に爆発する石を転移させたが、男の方は結界と張ったり解いたりして躱していた。
「ど、どうだい? 決着はつかないだろう? もし見逃してくれるなら、もう君達には関わらないよ?」
「やられたらやり返す。徹底的に。禍根は残さない。私の村なら常識だよ?」
あれってアンリの言葉じゃなくて、もしかして村の方針なのか? やな方針だな。やられたらやり返すと言うのは共感できるけど。
ヴァイアはまた石を転移させた。だが、結界の外だ。効かないと思うぞ。
「その爆発で僕の結界は壊せないよ!」
爆風が収まると男の結界内でなにかが浮いていた。金属の塊だ。もしかして重力魔法で剣を引き付けていた金属か? さらに結界を囲むように剣が浮いていた。いつの間に転移させたんだ?
浮いていた剣が金属めがけて引き寄せられた。
「ひっ!」
男の結界で剣は止まった。だが、今も金属に向けて剣が引き寄せられている。
「結界を解いたら、貴方にも剣が刺さるかもしれないよ?」
「な、なんだと?」
ヴァイアは両手の指に石を挟んで男に見せた。
「結界を解くのも解かないのも自由だけど、より安全だと思うほうを選んでね?」
結界を解けば剣が刺さり、解かなければヴァイアが転送させる石が爆発するのか。酷い。
ヴァイアは結界内に石を転移させた。
「ば、馬鹿な、僕がこんな――」
数秒後に小規模だけど爆発が八回起きた。しかも結界内。男は消し炭だ。でも、一応、手加減はしたのかな? 意識はないが生きているようだ。
男が意識を失って結界が消えたと同時に、ヴァイアは金属の重力魔法も止めたようだ。遠隔で魔道具を使ったり、魔力供給を止めたりと、ものすごい事をしている気はする。深く考えたら駄目だな。
あと今回のことでよくわかった。ヴァイアを怒らせてはいけない。




