牢屋
牢屋に入れられた。解せぬ。
あの後、ノストがヴァイアと一緒に来たと思ったら、いきなり私に手錠をした。
そして冒険者ギルドの地下にある牢屋に入れられた。確かに門を壊したけど、報復しただけなんだけどな。
それはともかく、現在はノストとヴァイアが牢屋の外からこちらを申し訳なさそうに見ている。
「ノスト、これはどういうことだ?」
「申し訳ありません。バリスタと門を破壊しておいて、お咎め無し、という訳にはいかないのです」
「そっちが先に仕掛けてきたんじゃないか。やられたから、やり返しただけだ。ソドゴラ村なら五歳の子でもそうする」
「もちろん、それは分かっています。牢屋ではなく、詰所の一室に滞在してもらおうとしたのですが、この町の冒険者ギルドと女神教が牢屋に入れろと圧力をかけてきまして……申し訳ないです」
なんだろう。胡散臭い奴らが関わって来たな。
「ご、ごめんね、フェルちゃん。ノストさんも懸命にかばってくれたんだけど……」
「ただ、さきほど、念話を使って領主様に釈放の許可は頂きました。書類の手続きが必要なので、一日だけ、ここで大人しくして頂けないでしょうか?」
一日だけか。それなら許容範囲かな。バリスタと門を破壊したのは間違いないしな。目立たないつもりだったけど、攻撃されたから、ちょっとテンションが上がってしまった。勢いって怖いな。
「わかった。食事はちゃんとしたものを出せよ。変な食事を出したら暴れるからな」
「はい、わかりました」
ノストは少し安心したようだ。何もしなければ暴れたりしないのに。夜盗退治の時に知っているはずなんだけどな。
「話は変わりますが、フェルさんはどうしてリーンの町に? それに、こちらの方はソドゴラ村で雑貨屋をしているお嬢さんですよね?」
お嬢さんと来たか。そんなに年齢は変わらないと思うけどな。ヴァイアも照れるな。
「冒険者ギルドの依頼で来た。この町でシスターが行方不明になった話を知らないか? そのシスターを探しに来たんだ」
「女神教のシスターですか? いえ、存じません。女神教からの捜索依頼もありませんね」
シスターがこの町に来たのは間違いないんだけどな。爺さんが着いた連絡を受けたと言っていたし。それに教会でも着いた日は見た、という情報があったと聞いてる。もしかして、すでにソドゴラ村に向かっていて、森で迷子になっているとかじゃないよな?
「ヴァイア、探索魔法で調べてみてくれないか?」
「うん、ちょっと待ってね」
金属の棒をポシェットの亜空間から取り出して魔法を付与したようだ。前も思ったが、偽名でも探索できるってどういう術式を組むのだろうか?
「あ、いた。町の中央付近に反応があるよ」
森じゃなくてよかった。
「ノスト、町の中央には何があるんだ?」
「その辺りは商業地区でしょうか。中央広場という場所がありまして、そこにギルドや商店が多く集まってますね。他にも貴族の方が滞在するような宿や別荘などもあります」
そんなところで何をしているのだろう? まあ、見つければ理由もわかるだろうから考える必要はないか。
「ヴァイア、すまないが反応の近くまで行って詳細な場所を確認してくれないか?」
「うん、わかった。近くまで行ってみるね」
でも、ヴァイアだけじゃ心配だな。よし、ノストに頼もう。以前、町を案内するとか言ってたし、良い奴そうだから頼めばやってくれるはずだ。
「ノスト、悪いがヴァイアに付いて行ってくれないか? ちょっと心配だからな」
「わかりました。実は領主様から、お二人の護衛をするように言われていますので、しばらくはご一緒させて頂きます」
何でだ? ここの領主とは面識がないけど。
「実は領主様がフェルさんに会うため、こちらに向かっています。その、色々と困ったお方でして……」
なにか言いにくい事なのか? 言いづらそうにしてるけど。
「魔法の研究が大好きな方でして、以前、魔族のフェルさんに助けられたことを報告しましたら、ぜひ、会いたいと言っておられましたね。そして今回の事を報告しましたら、すぐここへ来るとおっしゃいまして」
「良く知らんが、領主がそんな勝手にうろついていいのか?」
ノストが暗い顔をして、うつむいた。
「領主様はお仕事をほとんど配下に任せて、ご自身は魔法の研究ばかりしているのです。正直、居なくても問題ないのです……」
最後の方は小声だった。出来た領主だと聞いていたのだが違うのだろうか?
「でも、素晴らしい方なんですよ。普段、仕事は丸投げなんですが、領民に困ったことがあればすぐに対応するように指示を出しますし、そういう時にお金を出し惜しみしませんから。その、ちょっと、魔法が好きなだけで」
ちょっと、という部分は、かなり、という意味なんだろう。完璧な奴はどこにもいないな。魔王様は別だが。
「領主については分かった。じゃあ、ヴァイアの事をよろしく頼む。今日はもう遅いから明日報告に来てくれ」
「はい、わかりました」
「うん、フェルちゃん、また明日ね」
ヴァイアとノストは牢屋を出て行った。
さて、牢屋に入れられたのは予想外だが、人探しは順調と言ってもいいかな。うまくいけば、明日で終わる。
それにしても、この牢屋、ボロいな。格子は鉄でできているようだけど、ちょっと殴ればすぐに脱獄できそうだ。そんなことしたら怒られそうだから、しないけど。
さて、本でも読みながら食事を待つか。
足音が近づいてくる。食事が来たのかな? そうだ、本は亜空間にしまっておこう。没収されたら嫌だ。
四十代ぐらいの厳ついおっさんが来た。食事は持ってない。残念だ。見た限り強そうだけど誰だ?
「お前が魔族か?」
「魔族のフェルだ。お前は誰だ?」
「俺は冒険者ギルドのギルドマスター、グレガーだ」
怪しい奴、其の一か。何しに来たんだ?
「フン、魔族と聞いてどんな奴かと思ったら、ガキでしかも女じゃねぇか。爺共は何をこんな奴にビビってるんだか」
それは差別だぞ。魔族なら男でも女でも子供でも老人でも強い奴は強い。
「ここで大人しくしているということは、その手錠で魔力を抑えられて何も出来ないと言ったところか。門を破壊するほどの魔法を使えても、その状態じゃ魔族も怖くねぇな」
エルフに着けられた手錠よりも効果が低いし、魔力を抑えられても意味はないけどな。大人しくしているのは、暴れると怒られるからだ。それに門は物理的な攻撃で破壊したんだ。魔法は使ってない。
グレガーは、いきなり私の鼻先に剣の切っ先を突き付けてきた。そこそこな速さで鉄格子の隙間を通すのは、なかなかの剣捌きなんだろうが曲芸レベルだな。当てる気も無かったようだし、何をしたかったのだろう?
「チッ、速過ぎて反応も出来ねぇか。本気だったら鼻が無くなってたぞ? 魔族が強いんじゃなくて、爺共が弱かっただけじゃねえのか?」
当てる気が無かったから、躱す気も無かったんだが。もし本気でやってたら、先にお前の首が無くなってたぞ。それに爺さん達のことは知らんが、お前は明らかに弱いと思うのだが。
なんだろう? ちょっと残念な感じがする。冒険者ギルドのギルドマスターって皆、そうなんだろうか。私の知っているギルドマスターもかなり残念だしな。
あれ? 今、気づいたけど、コイツの剣、もしかして……。
「この剣、ミスリル製か?」
「ああ? だったらどうした?」
「いくらぐらいする?」
リサーチしておこう。コイツが持っているということは、リーンの店で売っているのだろうし。アンリも何でこんなものが欲しいのかな。
「ハッ、お前にこの剣は勿体ねぇよ。値段を聞くだけ無駄だ。どうせ払えねぇしな。俺に勝てたらくれてやってもいいぜ」
笑いながら言われたが言質は取った。タダで手に入るのは助かる。後で殴ってから貰おう。
「分かった」
グレガーは剣を腰の鞘に戻すと、見下したような顔になった。殴りたい。
「夜中にお前を別の牢屋に移動させる。寝てんじゃねぇぞ」
「なぜ移動させるんだ?」
「領主様の指示だな」
ニヤニヤしているのが、かなりムカつく。だが、領主の指示なら仕方あるまい。ヴァイアやノストにも連絡はいっているのだろう。余計な問題は起こしたくないから大人しく従おう。
「分かった。暴れないから安心しろ」
「暴れられない、の間違いだろ?」
グレガーは笑いながら出て行った。
最後の最後まで勘違いしてたな。人族って相手との実力差が分からないのかな?
まあ、いいか。アンリへのお土産もタダで手に入るし。さて、食事まで本でも読んで時間を潰そう。




