相変わらず
よく分かっていないアルマに色々と説明したら、理解してくれたようだ。
「あ、あの、私に治癒魔法の才能なんてあるんですか?」
「ある。治癒魔法というよりは医学知識が最初から備わっているということだな。特に勉強していなくてもある程度感覚で人体の仕組みを理解しているはずだ」
「そうなんですか……? でも、私は治癒魔法を使えません。勉強したいとは思っていたのですが、近くに教えてくださる方がいらっしゃらなかったので……」
この町に治癒師がいないということはないと思うが、教えてくれるほどの知り合いがいなかったのかもしれないな。それにまだ小さいし、魔力も少なそうだ。教えるには早いと判断されたのかも。
でも、そんなことはどうでもいい。アルマに勉強したい意思があるのは分かった。
「本来、アルマのような子供に治癒魔法を教えるのは良くないと言われている。だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。私が治癒魔法の術式を教えてやる」
「ほ、本当ですか! ぜひお願いします!」
興奮気味なアルマを押しとどめる。一応、覚悟のほどを聞いておきたい。
「教えるが、その前に言っておくことがある。医学知識を持っていてもより治癒魔法の効果を上げるために、術式の勉強をしながら医学に関しても教えることになる」
「はい! 望むところです!」
「いい返事だ。だが、この病の治療をするだけの知識を叩き込むには、三日程度は寝ずに勉強してもらう事になるぞ? さらに全員の治療をするまで眠っている暇はない。正直、アルマのような小さな子にそこまでさせるのは心苦しいが、そうしなければこの都市の住民は救えないだろう。それを成し遂げられるだけの覚悟はあるか?」
都市の規模から考えて病人は一万人以上いるのではないだろうか。下手したら数万はいる。全員を救うとなればそれこそアルマに相当な無理を強いることになるだろう。
そこで委縮するならそこまでだ。別の手を考えないといけない。でも、いい考えも思いつかないな。セラに知恵でも借りるべきだろうか……いや、どうやらそんな心配は必要なさそうだ。アルマの目がギラギラと輝いている。
「私が頑張れば皆さんを救えるのですね! ならいくらでもやりますよ! さあ、すぐに始めましょう!」
「良く言った。なら私も全力でアルマをサポートしよう。シスター、貴方はまだ病が軽い方だな? ヴィロー商会に行って眠気覚ましの薬と栄養剤を貰ってきてくれ。それに町へポーションの無料配布をするようにも伝えて欲しい。あとメイドギルドへも連絡してくれ。フェルという名前を出せばどちらも協力してくれるはずだ」
シスターはちょっとびっくりしていたようだが、すぐに力強く頷いて孤児院を出て行った。
次はスライムちゃん達だな。状況が変わった。病人を連れて来ても対処できない。別の事をやって貰わないと。
『ジョゼ、聞こえるか?』
『フェル様、はい、聞こえます』
『すまんが、状況が変わった。病人は連れて来るな。連れてくるのは三日後か四日後だ。私が治療するのではなく、別の者が行う。だが、治癒魔法や医学の知識が少し足りなくてな、これから叩き込むつもりだ』
『畏まりました。では、私達は何をしますか?』
『連れてきてしまった病人を戻してから、なにか栄養のある物をもってきてくれ。肉でも野菜でもなんでもいい。栄養をつけて病人の抵抗力を上げよう。本格的な治癒が始まるまで耐えて貰わないといけないからな』
『それでしたら、大霊峰へ転移門を開けて貰ってもいいでしょうか?』
大霊峰? ドラゴニュート達がいるところだが、そんなところへ何しに行くのだろう……いや、そうか。ドラゴンステーキか。確かにあれは栄養価が高い。でも、この都市は人が多い。そんなに振る舞えるだろうか?
『ドラゴンがいなくなるほど狩っては駄目だぞ?』
『いえ、交渉で卵を貰うだけです。肉ですと病人にはきつそうですから。たしか、フェル様も昔、ドラゴンの卵を病人たちへ振る舞ったとか聞きましたが?』
あれか。確かにあの時と状況が似ているな。あの時のドラゴンオムカレーは美味しかった。ドラゴンの卵なら一個でも相当な量になるし、何とかなるかもしれない。よし、その案に乗ろう。
『分かった。なら病人を戻したらすぐに孤児院へ来てくれ。大霊峰への転移門を開こう』
『畏まりました』
さあ、忙しくなるぞ。
アルマは結構飲み込みが早い。あっという間に治癒魔法の術式を覚えてしまった。医学知識も時間はかかるが問題はないだろう。私が勉強用に渡した医学の本を「聖母リエルが書いた本だ」と言ったら、崇めだした。そこからの集中力がすごい。というか怖い。
帰って来たシスターに事情を聞いたら、どうやらアルマは聖人教に入信していて、聖母リエルを信仰しているらしい。アルマ自身は孤児ではなく、孤児院を運営している両親が孤児だったらしいから、リエルの事を聞かされていたのだろう。
千年経ってリエルは神格化された。男好きなところに目を瞑れば色々といい奴だったとは思う。でも、ちょっと複雑だ。なんというか、リエルがやったことが色々と意味がある様に捉えられている。それはモテるためだけにやってたことなんだぞ、と声を大にして言いたい。
まあ、暴露するつもりはないけど。
さて、この調子なら三日後には治癒魔法は何とかなるだろう。問題は魔力量だ。
ルゼとは逆にアルマの魔力は少ない。いや、少ないと言うよりは人並みだ。治癒魔法を使いまくったらすぐに枯渇するだろう。その対策を考えないとな。
……セラに聞いてみるか。アイツは結構博識だ。何か知っているかもしれない。念話を送ってみよう。
『セラ、聞こえるか?』
『あら、フェル、元気? ちょっと久しぶりね、一年ぶりぐらい?』
そういえば、この一年、ルゼの指導ばかりしていたような気がする。半年は住み込みでみっちりやったし、もう半年は週一だったけど、他にもやることがあったからセラに連絡してなかった。
『そうだな、久しぶりだ。いま、大丈夫か?』
『もちろんよ、なにかしら?』
『ソーマとかネクタルという飲み物以外で魔力を回復させる方法を知っているか? 知っているなら教えて欲しいのだが』
『一体なんでまた? フェルは魔力高炉が使えるでしょ? ほぼ無限に使えるじゃない』
そっか、こんな聞き方をしたらそう答えるよな。詳しく事情を説明しよう。
ロモンで疫病が発生したこと、小さな子に治癒魔法と医学を教えていること、その子の魔力が低いこと、この辺りを簡単に説明した。こんな拙い説明でもセラは理解してくれたようだ。
『ああ、そういうこと。そうねぇ……』
セラでも駄目だろうか。困ったな。いざとなったら、魔界の宝物庫からありったけのソーマとネクタルを持ってくるか?
そんな風に思っていたら、セラが「あ、そうだ」と言った。
『魔力を回復させるというか、譲渡するって感じの術式ならあるけど? フェルがその子に魔力を提供してあげればいいんじゃないかしら?』
『魔力の譲渡……そんなことができるのか?』
『ええ、できるわよ。でも、いま忙しいからそっちへ行けないの。だから術式のイメージを送るわね』
術式のイメージを送るって、そんなことができるのか?
念話を通してセラの術式イメージが頭の中へ入ってきた。すごいな。こんなことができるとは。
『どうかしら? フェルのほうは魔力がほぼ無限というほどあるのだから、試す価値はあると思うけど?』
『十分だ。ありがとう。セラのおかげでみんなを助けられそうだ』
『大げさね。でも、そう言われると悪くないわ……それにしても、フェルは相変わらずね』
なんだか、セラは楽しそうにそんなことを言った。相変わらずってなんだ?
『なにが相変わらずなんだ?』
『その疫病なんだけど、フェルが何とかする必要ってあったのかしら? 当然のように首を突っ込んでいるけど、フェルにはあまり関係ない事よね?』
そう言われるとそうなのか? いや、でも、治さないとみんな困るよな? そうだ、それに私は聖人教の教皇だ。嫌々だけど。
『ほら、私は聖人教のトップだし、そういう事をするものだろ? お飾りでも色々やってやらないとな』
『そんな取ってつけたような理由なんていらないわよ。フェルは困っている人がいると思ったら誰でも助けるわ。どうせ今回も特に理由もなく疫病を何とかしようと思ったんでしょ? それを相変わらずと言ったのよ』
『いや、そんなことはないぞ?』
言われてみたらそんな気もするけど、それだけじゃないと思う。なにかあったはずだ。すぐには思いつかないけど。
『フェルは凄いわ。貴方は他人のために頑張れる。持っている強大な力を他人のために惜しみなく使える――私とは違うわ。私は勇者の力を自分のためにしか使えない。私の何が勇者なのかしらね……?』
セラは何を言っているのだろう? セラだって色々やっているだろうに。
『セラ、お前だって同じだぞ? それに今回はお前の知識のおかげでみんなを助けられそうなんだ。お前の知識だって勇者として得られた力だろ?』
『……ふ、ふふ。そうね、今回はそのとおりね。でもねぇ、フェルから連絡が無かったら何もしなかったわよ?』
『するさ。お前だって疫病の事を知ってたらなんとかしようとしたはずだ。多分だけど』
『そこはするって言いきりなさいよ! 台無しじゃない! はぁ、もういいわ。この遺跡の探索が終わったら迷宮都市へ帰るから、その時は奢りなさいよ?』
『わかった。それくらいなら安いもんだ。いくらでも食べてくれ』
『楽しみにしているわ。じゃあね』
『ああ、またな』
セラとの念話が切れた。
とりあえず、セラのおかげでアルマの魔力に関しては何とかなりそうだ。あとはアルマの勉強をしっかり見てやるか。




