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魔王様観察日記  作者: ぺんぎん
第十六章

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魔王アール

 

 謁見の間をゆっくりと歩く。静かな場所に、靴が床に当たる音だけが響いた。


 ここに来るのも久しぶりだな。でも、ここは変わらない。昔のままだ。


 石でできた床は隙間なくタイルが張られていて見ていて気持ちがいい。以前聞いた話ではウロボロスの自信作だとか。ダンジョンコアって芸術肌なのだろうか。アビスもドゥアトもそんな感じだ。


 奥に見える玉座に誰かが座っている。おそらくアイツが魔王アールなのだろう。


 二十三歳とか言っていたか? なるほど、体つきや魔力が年齢にしては桁外れだ。魔王になるのもうなずける。


 玉座の十メートル手前で、そのアールがこちらに気付いた。


 そして不思議そうな顔をしてこちらを見つめていたが、徐々に顔が険しくなる。


「魔王の前だぞ、ひれ伏すがいい」


 魔王の前か、その通りだな。だが、私がひれ伏すのは魔王様だけだ。お前じゃない。


 それにそんなことをしに来たわけじゃない。人界への侵攻をやめさせるために来たんだ。


「人界に攻め込むことは許されていない。即刻中止しろ」


 許していないのはこの私。もちろん魔王様もそう思っているだろうし、オリスア達もそうだろう。


 今の魔族達に辛い思いをさせているのは申し訳ないと思う。でも、下手に逆らえば、ウロボロスが魔族をここへ完全に閉じ込めてしまうだろう。そうなると、人界からの食糧供給も止まる。


 私が転移をして食糧を届けるのは可能だが、ウロボロスが私の転移を拒否するかもしれない。そうなるとアウトだ。


 アールは険しい顔から一転、なんだか力が抜けたような顔になった。


「俺は魔王だ。魔王の決めたことに誰の許可がいるのだ?」


 その通り。アールは魔王だろう。先代の魔王を倒して新たな魔王になった、正真正銘の魔王だ。だが、魔王は魔族のために働く者の事だ。その代わりに、みんなにちょっとお願いを聞いてもらう。それが王。


 誰の許可がいるのかなんて簡単だ。みんなの許可がいる。お前が魔王としてすべてを決めていいわけじゃない。


 魔族の考えとして、一番強いから王というのは分かりやすい。でも、それが強権を振るっていい立場だと考えるのは王ではなく愚か者だ。


 それに魔王という立場は私が貸してやってる……はずだ。多分だけど。


「魔王? 借りものの地位で王になったつもりか?」


 何かの琴線に触れたのだろう。アールはこちらを睨みながら立ち上がった。そして亜空間から禍々しい剣を取り出す。


 かなりの殺気だ。なるほど、オリスア並の殺気をだせるのか。それは勘違いもするな。


「例え魔族でも、お前の発言は許されるものではない。死をもって償うがいい」


 魔族なら当然だな。気に入らなければ力ですべてを解決する。最近は魔族でもそういうのは減ったが、私みたいに古い魔族はその方がしっくりくる。アールも同じで喜ばしい。面倒な事は抜きだ。


「そうか。なら先手は譲ってやる。来い」


 舐めているわけではないが、本気を出すまでもないだろう。なら先手は譲らないとな。


 アールは怒りの形相で剣を振るってきた。


 本気で殺す一撃。でも、私には届かない。


 左手で攻撃してきた剣を弾いた。鈍い音が周囲に響き渡る。


「な……!」


「もっと本気で来い。その程度じゃ私には勝てないぞ? それとも今の攻撃が最強の一撃か?」


 イブを倒してからも、トレーニングは欠かしていない。セラには悪いが、いつかセラが暴走した時のためにずっと強くなる努力をしている。


 セラは良く笑うようになったし、他の人との関わりも増やしている。だが、ふと、辛そうな顔をすることがある。そして怒りの顔も。私を見ると笑顔になるが、なにか私にも言えない悩みや辛さを抱えているのだろう。


 おっと、今はそれどころじゃないな。


 戦いに集中して、アールのほうを見ると、左手をこちらへかざしていた。


「【爆炎地獄】」


 周囲が炎に包まれる。かなりの魔力を使った魔法だが、燃やそうという魂胆か? ……いや、周囲の空気を奪うつもりか。さっきからちょっと息が苦しい。


「【送風】」


 自分を中心に全方位へ風を飛ばした。その勢いで火が飛散して消えた。水でも良かったけど玉座の間がずぶぬれになるからな。


「ぐっ! 暴風の魔法か!」


 いや、生活魔法の送風だけど。


 アールは自身に強化魔法をかけて突っ込んできた。そして両手で剣を振るう。速いし重い。並みの魔族ならさばききれないだろう。でも、私の防御をかいくぐることはない。


 必要最低限の動きでアールの攻撃を弾く。上下左右からの変幻自在な攻撃、さらにはフェイントと色々織り交ぜているが私にはバレバレだ。


 無理だと分かったのか、アールが少し距離を取る。そして剣を上段に構えた。


「オリスア流剣技! 【羅刹】!」


 なんだそれ?


 アールが高速の打ち下ろしをしてきた。魔力の乗ったかなりの攻撃だ。両手をクロスさせてそれを受ける。


 これまでで一番大きな音が鳴った。でも、私を斬るほどじゃないな。足がちょっとだけ床にめり込んだけど。


「なんだと!」


「なかなか強力な一撃だ。でも、オリスア流剣技ってなんだ? オリスアが作った流派の技ということか?」


 アールはその問いに答えず、後ろに下がった。そして私を睨む。


「お前が夢か幻かは分からんが、負けたら人界侵攻にケチが付く。次の一撃で仕留めさせてもうらぞ」


「人界侵攻か。お前がどういう気持ちで人界侵攻をしようとしているのかは分からない。だが、あまりにも勉強不足だ。なぜ今までの魔族がここで生活してきたと思ってる」


「そんなことは知らんな。だが我々魔族が人界へ行けば、もっと素晴らしい人生が送れるはずだ。俺は魔王として皆にそんな人生を送らせたい。それを邪魔する奴は、例え魔神だろうと斬って見せる!」


 私の事を魔神だと思っての発言じゃないな。そういう例えなのだろう。浅慮ではあるが、魔族のためにそういう考えをできる奴が魔王なのは好感が持てる。


「そして我ら魔族が全ての種族を支配してやる! 弱き種族など我らに使われていればいいのだ!」


「……そうか、そういう考えだったか。少しでもお前が魔王として魔族を導ける奴だと思った事が恥ずかしい。お前にふさわしい罰を与えよう」


「貴様は何を言っている……? いや、なんでも構わん! 【百万一心】!」


 もしかしてユニークスキルか? どんな効果なのだろう?


 ……周囲の魔族の人数によって能力を向上させる? なるほど、私の百鬼夜行みたいなものか。人数に比例するだけで、個体の強さは関係ないようだけど。ウロボロスには魔族が大勢いる。相当強くなるわけだな。


 その状態でアールは構えた。左手を開いて前に伸ばし、横を向いている。右手の剣はその左手に平行になるように並べて剣先をこちらに向けた。


「これは受けれんぞ! オリスア流剣技! 【阿修羅】!」


 体を極限まで使った超高速の突きか。確実に心臓を狙う攻撃。オリスアもえげつない剣技を作ったものだ。


 だが、どんなに速くても今の私にはスローモーションだ。


 剣が胸に突き刺さる前に、両手の手のひらで挟み込むように剣を止めた。


 おそらく突き刺す勢いが止められて、アールの手のほうが持たなかったのだろう。右手首が少し変な風に曲がっている。どうやら折れたようだ。アールは剣を持っていられなくなり、右手首を左手で押さえながら離れた。


「お、俺の突きを受け止めるなんて……!」


 セラの八岐大蛇とかいう技も似たようなものだからな。あれに比べたら遅いし、威力もない。まあ、いい練習にはなった。今の攻撃の十倍くらい速さと威力を想定しておけば、セラの八岐大蛇も受けきれるだろう。精進あるのみだな。


 そんなことよりもまずはこちらか。


「武器を手放すとは。ならこれは不要だな」


 ちょっともったいない気もするが、アールには「強い」ということを教えてやらないとな。そして「弱い」ということも。


 剣を、柄と剣先を持つようにして横にした。そして勢いよく剣の腹に膝を当てる。バキっと音を立てて剣が折れた。


「な……! そ、それは魔剣だぞ!」


「だから何だ? 敵の武器を壊すのは当然の戦術だろう?」


「何を言っている! 簡単に壊せる物じゃないという意味だ!」


 そっちか。でも、それはどうでもいい。折れた剣を床に捨ててアールの方を見た。


「さて、お前の攻撃は終わったな。今度は私の番だ」


 アールは武器を持っていないが、それでも戦おうとしている。そういうところは悪くないんだが、他種族を見下すのは駄目だ。


 アールの目の前に転移する。そしてボディブローを放った。


「ご、は!」


 深々とパンチが腹に突き刺さった。能力の制限は解除してないから死ぬことはないだろう。まあ、瀕死ではあるけど。


 アールは腹を押さえながら、ヨロヨロと後ろへ下がった。


 そこへさらに追撃。


「自分が弱いことを理解しろ。それに上には上がいることもな」


 魔族にとっては大切な角。悪いが折らせてもらう。二度と変な考えを起こさないように。


 アールの右側の角をめがけて、左ストレートを放った。


 右角が三分の一くらい折れ、床を転がった。アールも攻撃の衝撃で床に仰向けで倒れる。そこへ近づき、顔を覗き込んだ。


「さて、お前は力のない種族を見下しているようだな? 他種族を支配するだと? 教えておいてやる。例えここにいる魔族が全員で人界へ侵攻したとしてもそれは失敗に終わる」


 アールは何も答えない。どうやら喋ることもできないようだ。


「勇者が止めるという話ではないぞ? 止めるのは私だ。例え同じ魔族であっても、そんなことをするなら全力で止める。自分より弱い他種族を支配するなど、それは力に溺れた愚か者がすることだ……その角を見る度に思い出せ。自分の愚かさをな」


 聞こえているだろうか。目を開けているから大丈夫だとは思うのだが、ボディへの一撃でかなりダメージを受けているようだ。さらに角が折れるほどの衝撃を頭に与えたからな。意識が朦朧としているのかも。


 アールは仰向けでこちらを見つめていたが、そのまま目を閉じてしまった。意識を保っておけなかったのだろう。


 死ぬことはないだろうが、誰かに言っておいた方がいいな。それと、先代の魔王が重体らしいからちょっと見ておこう。この新米の魔王に色々と教えて貰わないといけないから、寝ている場合じゃない。


 ちらりとアールを見た。チャンスは一度だけだ。二度目はない。ずっと愚か者のままなら、その時は物理的に魔王を辞めてもらおう。


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