一人じゃない
本が出回るようになってから数ヶ月、意外と本の売れ行きは好調だ。
どうやら口コミで広がったらしい。なんでも本を持っていると恋愛事が上手くいくとの噂だ。正直、本の出来じゃなくて、ジンクスで売れているのがちょっと悲しい。
これにはジェイとエリファ雑貨店が絡んでる。
ジェイの本屋では客が少ないし売れないだろうから、エリファ雑貨店で売ろうという提案をしてきた。
婆さんの子孫は私の事を知らないが、魔族には良くしておけという家訓というか決まりがあるらしい。頼みに言ったら普通に本を売るスペースを用意してくれた。さすがにタダでスペースを借りるのはどうかと思ったので、場所代として一ヶ月単位で支払う事になっている。
そこまでは良かった。
でも、借りられたスペースが良くない。ワガママを言うつもりはない。お金を払っているとはいえ、こちらは借りている立場だ。でも、あの派手な下着売り場の横ってどういうことなんだ? しかも、初代魔女も下着を購入して結婚できたと大々的に公表していた。
私が書いた小説にそんなシーンはない。意図的に削除した。勇気の出るものを買ったというくらいの表現だ。でも、どっちも恋愛事を叶えるアイテムとして売り出されてしまった。
これはどうなんだろうと思っていたら、アビスがこんなことを言った。
『いい宣伝効果じゃないですか。いいですか? 本はまずは読まれるところからなんです。日の目を見ずに消えて行った小説がどれほどあると思ってるんですか。悪名は無名に勝る、という言葉があるように、まずは目立たないと」
言ってることは分かる。でも、あの下着と同じ枠で売られると言うのがちょっとモヤっとする。
まあ、もう仕方ない。とりあえず、内容が酷い、という話は出ていないので大丈夫だろう。でも、売れている理由が、恋愛がうまくいくというジンクスなのか……。
今日はやけ食いしよう。そんな日があったっていいじゃないか。一人全メニューは恥ずかしいので、十人前くらいにしておくか。
ウェイトレスに注文すると、「日替わりテン、入りましたー」と言いながら厨房の方へオーダーを届けに行った。
料理を待っていると、扉が勢いよく開いた。どうやらセラのようだ。数か月ぶりだな。
セラがこちらを確認すると、笑顔で近寄ってきた。
「ちょっとちょっと! いつの間に本を出したのよ! リーンの町へ寄った時に『恋愛魔導戦記』を持っている子がいるじゃない! こういうのは最初に友達に見せるものでしょ!」
「いや、お前の帰りがいつになるのか分からないのに、そんなことするわけないだろ。でも、ほら。お前にはこれをやる」
亜空間から本を取り出してセラへ渡した。
「……もしかして、くれるの?」
「お前から金を取るつもりはない。大事にしろよ」
セラは嬉しそうに本の背表紙を撫でた。そして状態保存を掛けると大事そうに亜空間へしまう。
「ええ、大事にする。あとでゆっくり読ませてもらうわ……これから食事でしょ? なら、またバトルしましょ! 今、宿の手続きをしてくるから待ってて!」
先に十人前頼んでしまったが仕方ないな。ちょうどやけ食いしたかったところだ。勝負を受けよう。
「分かったから、慌てるなよ」
セラはそう言ってカウンターへ向かった。
私より五十年多く生きているのが疑わしいくらいのはしゃぎようだな。もしかしたら墓参りでなにかいいことがあったのかも。食べ終わったら色々聞いてみるか。
まずは五人前ずつ日替わりをたべて、その後二人で全メニューを食べた。久しぶりの大食い対決だったので、客も含めて大盛り上がりだった。
「いやー、食べたわね! 今日はフェルの奢りでいい? 本が売れてお金が入ったんでしょ?」
「お前な……まあいいだろ、今日くらいは奢ってやる。その代わり、土産話を聞かせろよ。この数ヶ月何してたんだ?」
セラはリンゴジュースを飲んでから話を始めた。
以前言っていた通り、故郷へ戻ったらしい。村は無くなっていると思っていたそうだが、ちゃんと残っていたそうだ。しかも町くらいの大きさになって。
「六百年近く経っていたから、あの頃の面影なんて何もなかったけどね。ああ、でも、昔、二人で遊んだ広場はそのままあったわ。子供達が楽しそうな声で遊んでいたの。しばらく眺めちゃった」
「そうか……その、婚約者の墓参りはどうだった?」
「そんなに恐る恐る聞かないでよ。あの人の墓は町からちょっと離れた二人だけの秘密の場所ってところでね、ちょっと大き目な石を置いただけの墓だったけど、まだあったわ。気のすむまで墓参りしたわよ」
「少しは、その、なんだ、気は晴れたか?」
「そうね、少しは気が晴れたわ。でも、私はずっと謝る必要があるのよ。フェルは気にしなくていいわ。前にも言ったけど、これは私の問題なの」
そうはいっても心配だ。セラ本人の心配をしているのは嘘じゃない。でも、セラが暴れたりしたら、誰にも止められないと言う事を一番心配している。
「フェル、私が暴れたらどうしようって顔をしてるわよ?」
しまった。顔に出てしまったか。
「もう! 友達として私の心配をしなさいよ。それに暴れたりしないわよ、失礼ね」
「セラ本人の事は心配しているぞ。だがな、セラが暴れたら私でも止められない。そういう不安はいつだって頭を掠める。まあ、私が魔王だからってこともあるんだが」
「大丈夫よ、意味もなく暴れたりはしないわ……フェルがいてくれるし、寂しくないもの」
意味があったり、寂しかったりしたら暴れるのかよ、と言うのは無粋か。
「分かった。信じてるぞ、セラ」
「信じてくれてありがとう、フェル……ところで聞いていい? 魔王君がどこにいるか知っているの? ずっと聞こうと思っていたんだけど、なんとなく聞いちゃいけない気がして聞かなかったんだけど」
これはどう答えるべきだろう。いや、ダメだな。セラが抱えている悩みや問題が解消されるまでは魔王様の居場所を言わない方がいい。
「居場所は知っている。だが、セラには言えない」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
「わかった。友達だからな。ちゃんと話そう。イブはセラが創造主達を憎んでいると言っていた。自身を勇者にした魔王様に復讐するかもしれない、と、そんな風に言っていたな」
「イブがそんなことを……そう、そのとおりね。だから魔王君の居場所を教えられないのね?」
「そうだ。もしセラから憎しみがなくなったら居場所を言おう。でも、今はダメだ。すまないな」
セラは首を横に振った。そして笑顔になる。
「フェルがそういう心配をするのは当然よ。気にしないでいいわ。ああ、でも、これは教えてもらえる? 魔王君はいつ目が覚めるの? 大体の期間は分かっているんでしょう?」
「セラ、魔王様に何かを期待しているのか? いや、希望を持っているのか? その、悪いんだが、かなりの年月が必要だぞ?」
「期待、希望……そうね。もってるわ。覚悟はしてる。聞かせて」
セラは真剣な眼差しで私を見つめている。期待と不安が入り混じった目だ。
希望を打ち砕くような年月だが、知っていても知らなくても待たなくてはいけないんだ。なら教えておこう。
「……約五千年だ。あれから百年経ったから正確には四千と九百年くらいだろう」
「五千年……そんなにかかるのね。フェルはそんな期間を待てるの? フェルは以前、二百年程で絶望したのよね。そんなに長い期間を絶望しないと言い切れるの?」
「今度は絶望しない。イブとの戦いで魔王様に会った時、約束した。ずっと待っているとな」
「そんな約束をしたのね」
「それに私には従魔達やアビスがいる。一人じゃない。だから耐えられる。もちろん、セラもだぞ。お前がいてくれるなら私はどんな長い時間でも待てると思うんだ」
これは本心だ。セラとは色々あったが、なんというか、同じ仲間という感じがしている。私とセラは魔王と勇者という関係だが、セラが私を殺そうとしないなら友達だ。それに普通にしているセラはそんなに悪い奴じゃない。
「そう、そうなのね。私もフェルが一緒にいてくれるなら魔王君が目覚めるまで待てそうな気がするわ」
「気がする、じゃなくて待ってくれ。期待をさせないように言わなかったが、魔王様は魔王や勇者のシステムを無効化するプログラムを作っている途中だった。時間はかかるだろうが、セラは普通の人族に戻れるはずだ」
セラががばっと立ち上がって私の肩を揺さぶった。目が血走っているし、かなり怖い。
「そ、それは本当の事なの!?」
「お、落ち着け。本当だ。未完成だったがそういう物を作っているとアビスが言っていたから間違いない。魔王様が目を覚まして、それからまた時間はかかるだろうが、高い確率で勇者を辞められるはずだ」
「そ、そうなのね、私が普通の人族に戻れる……不老不死じゃなくなる……そんな日が来る……」
「ああ、そうだな。だが、それには相当な年月が必要だ。だからそれまでお互い頑張ろう」
「そうね。わずかな希望だけど、それにすがりたいわ。あ、でも、フェルはどうなの? 魔王を辞めて、普通の魔族に戻る気なの?」
私? 私の考えはずっと前から決まってる。
「いや、私は魔王のまま、魔王様と生き続ける。魔王様の罪を一緒に償っていかないといけないからな」
セラが眉間にシワを寄せた。変な物を見るような目でこっちを見つめている。
「それってノロケ? というか、フェルって重すぎない? 魔王君から引かれるわよ?」
魔王様だけじゃなく、セラにも重いって言われた。そんな馬鹿な。
「命を救われたんだぞ? それくらいしなくてどうする?」
「そうかもしれないけど、ちょっとねぇ。いい? 恋愛は男から追わせるものよ。女の方からガンガン行くなんて愚の骨頂。そんなことしたら男はつけあがるわよ?」
「なんだ? 経験があるのか? 婚約者がそんな感じだったとか?」
「あの人がつけあがる訳ないでしょ! いつだって優しくしてくれたわよ! 不器用だったけど!」
「お前の方こそ、ノロケだろうが。自分の恋人だけは違うなんていうなよ? それだったら魔王様だってそうだ。不器用って言うか、ちょっと駄目なところはあるが、つけあがることはない。いつだってお優しい」
「言うわね。ならこんなエピソードを教えてあげるわ。あれは私が十歳の頃――」
いつの間にかセラの婚約者自慢になった。
そして防音の魔法を使っていたのに、女性の冒険者達が集まってくる。どうして分かったのだろう。
そしてセラの話が終わると、自分達の恋バナが始まった。でも、大半は「男は駄目だ」という愚痴だ。
そういう駄目なところもいい、という意見は少数派だった。肩身が狭い。
まあいいか。セラも楽しそうだ。笑っている時は辛いことも嫌な事も忘れられるだろう。
これから長い時間を共にするんだ。できるだけ笑わせてやらないとな。




