友達
セラを助け出してから一年が過ぎた。
セラは私が借りている部屋の隣を借りて、冒険者として活動している。
アビスから「手加減するように言ってください」と言われた。どうやらセラはアビスへ潜って魔石を荒稼ぎしているらしい。冒険者ギルドとかヴィロー商会はホクホク顔だ。
そもそもセラを倒せる奴なんていないんだから、いくらでも魔石を稼げる。見方を変えれば、セラはアビスから魔石を寄付されているようなものだ。どう考えてもずるい。
とはいえ、先立つものが必要だろう。準備が整ったら人界を見て回るのだと言っていた。アビスもそれまでの辛抱だ。
そういえば、セラがアビスへ潜って二週間だな。確か今日帰ってくるはずだ。
そう思ったところで外へ通じる扉が開いた。噂をすればなんとやら。セラが帰ってきた。食堂をずかずかと歩き、近寄ってくる。
「フェル、ただいま。今回も結構稼いで来たわ」
「おかえり。そうか、何よりだ。今日の夕食はお前の奢りだから張り切って食おう」
「え? フェルでしょ?」
「寝ぼけてんのか。お前がアビスに行く日は私が奢って、帰って来た時はお前が奢るルールだろうが」
「ああ、そうだったわね。それじゃ用意してくるから待ってて」
セラはそう言うと、階段を上がった。自分の部屋で着替えてくるのだろう。
そしてにわかに周囲がざわつく。
「どっちに賭ける?」
「今日はセラさんね。四十人前は行くと見たわ」
「俺はフェルに賭けるぜ。今日の昼はオムライスだけだった。夕食のために調整してたんだって」
「お前らヴィロー商会で食材をあるだけ買ってこい! あの時みたいに、食材がもうありません、なんて料理長に言わせたら俺達の恥だぞ!」
客どころか厨房も盛り上がっている。私とセラが食事をするのが名物的な物になってしまった。目立ちたくはないのだが、セラが楽しそうにしているので付き合っている。
セラはあの頃に比べたら随分と笑うようになった。でも、いまだに問題というか悩みを抱えているのだろう。
セラはいつも悪夢を見ているようだ。初日はそれでかなり驚いた。
助け出した日の翌日、朝になってセラの部屋から悲鳴が聞こえた。慌てて部屋に行くと、セラはベッドの上で大量の汗をかき、身を縮こまらせながら震えていた。そして誰かに何度も謝っていた。
落ち着くまで結構な時間が掛かったものだ。
いまは部屋を防音の魔法で音を遮っているから悲鳴は聞こえない。だが、おそらくはいまだに悪夢を見る時があるのだろう。朝、げっそりとした顔を見かける時が多いからな。
どんな内容なのか聞いてみても、答えてはくれなかった。セラは「これは私の問題なのよ」というだけだ。おそらくは、婚約者の夢を見ているのだと思う。セラは婚約者の未来を奪ったと思っているからな。
詳しい内容を言ってくれない以上、私にはどうすることもできない。おそらくセラも介入されたくないのだろう。
この大食いバトルで少しでも気がまぎれればいいんだけどな。
しばらくすると、セラが戻ってきた。
体よりも少し大きめの緩いワンピースを着ている。灰色なのはちょっと地味だが、素材は暖かそうな生地を使っているようだ。ニャントリオンで作った一品でセラが気に入っていると言っていたな。
「おまたせ……あら、まだ書いてるの? 途中でもいいから読ませてよ。面白いかどうか判断してあげるわ」
セラがテーブルの上に広げている原稿用紙を見てそんなことを言った。
「断る。お前の判断は必要ない」
「誰にも読ませないで売るつもり? えっと、『恋愛魔導戦記』だっけ? いつも思うんだけど、恋愛物なの? 戦記物なの? というか、魔導書?」
「恋愛物だ。初代魔女がモデルだからな。タイトルに魔導や戦記が入っても大丈夫だ」
「魔道はともかく、戦記って。初代魔女って何をしたのよ?」
「色々だ」
オリン国にいた盗賊団を殲滅したとか、山ひとつ吹き飛ばしたとか、魔氷のダンジョンを拡張したとか。でも、そんなことはどうでもいい。
いまではヴァイアの事を詐欺師と呼ぶ奴はいない。魔術師ギルドで失われたとされる術式の本が見つかったからな。ヴァイアのサインが入った本物だ。それをレヴィアが発見した。
術式の意味が事細かに書かれていて、遺跡で見つけた術式をそのまま使うだけではその本を書けないと判断されたらしい。それにたとえこれまでの術式が、遺跡で見つけた術式だったとしても、それを解析できるほどの頭脳を持っていたのは間違いないという評価だ。
その評価にも不満もあるが、最高の魔女であることは間違いないと世間からは認められているので、暴れたりはしていない。それにこの本を世に出せばヴァイアの素晴らしい所をもっと理解してもらえるはずだ。
「まあいいわ。本になったら読ませてもらうから……それじゃ勝負しましょうか?」
セラがそう言うと周囲に緊張感が走る。そして、ウェイトレスが近寄ってきた。なぜかウェイトレスも緊張している。
「い、いらっしゃいませ。ご、ご注文はお決まりでしょうか?」
「ええ、メニューにあるものを全部持ってきて」
「私も同じだ。飲み物はリンゴジュースで」
「ああ、そうね。私も飲み物はリンゴジュースをお願いするわ」
「か、畏まりました! オールツー! リンゴツーの注文を頂きましたー!」
ウェイトレスが厨房の方へ声を掛ける。厨房の方からもその注文が繰り返された。
「おいおい、いきなり全メニューかよ……今日は荒れるな!」
「やっばい、緊張してきたわ」
「おい、食い物頼んでおかねぇと俺達が食えなくなるぞ!」
「こっちも早く頼もう。飯抜きは御免だぜ」
もっと落ち着いて食べたいのだがまあいいか。これはこれで宴会みたいな感じになってるし。それに合法的に全メニュー食べられるのも素敵だ。一人だと恥ずかしくてできないからな。
少しだけ待つと、最初にリンゴジュースが来た。執筆用の道具を亜空間に入れて、テーブルの上を綺麗にする。そして周囲を防音の空間で覆った。色々と聞かれたら困る様な話もしているから、声が漏れないようにしないと。
私とセラはコップを持った。
「それじゃ、私達の無事を祈って――乾杯!」
「いや、お前、死なないだろ。私もだが――乾杯」
お互いのコップを当てる。コン、と木製のコップが音を立てた。それを二人で飲む。何百年飲んでもリンゴジュースは美味しい。
「一仕事をした後の一杯は格別ね!」
セラが楽しそうにそんなことを言った。そういうのはリンゴジュースじゃなくてお酒だと思うが。
そういえば、セラは二十歳で勇者になったんだよな。私と違って見た目も大人だし酒を飲んでも問題ないはずだ。
「酒は飲まないのか? 見た目の年齢的にも問題ないんだろ?」
「……お酒は飲まないわね。体に悪そうだし」
「お前の体に悪いわけないだろ? さっきから勇者ネタなのか? 微妙だぞ?」
「まあ、いいじゃない。そんな事より聞いてよ、今回はアビスの三十階層まで行ったわよ。魔物も強くなってきたけど、私の敵じゃないわね!」
お前には誰も勝てないんだよ、と心の中でツッコミを入れた。もう何度も言っているから言わない。これも勇者ネタだ。いつまでもツッコミをいれると思うなよ。
「へー、そりゃ凄いな」
「言い方! まあいいわ。それでね、フェル、準備も整ったし、明日、旅に出ようと思っているの」
「急だな。でも、そうか。人界を見てまわると言ってたな」
「ええ、それにもうないかもしれないけど、故郷を見てこようと思ってるの……墓参りもしたいし」
「それはいい考えだ。私も知り合いの墓には全部行った。寂しいし辛いが、楽しかったころを思い出せる。それは私達にとっては大事な事だぞ」
「……そうね、私もそう思うわ。ねえ、フェル。色々見てまわったら、またここへ来てもいいかしら?」
「来れない理由があるのか? 大体、お前は空を飛べるだろ。一日あればどこにいたって来れるだろうが」
「物理的な話なんかしてないわよ。私が言いたいのは、私が勇者で貴方は魔王ってこと。なんとなくだけど、一緒にいちゃいけないって気がしない?」
コイツは本当に何を言っているのだろう?
勇者や魔王なんて創造主達が作ったルールに過ぎない。その創造主達はもういないし、管理者達も何もしていない。魔王と勇者のシステム的に色々な制限はされているが、ルールに縛られる必要などないんだ。
「つまらないことを気にするな。お前が私を殺そうとしない限りはいつ来てくれたって構わない……友達だろ?」
そう言うと、セラは嬉しそうに笑った。
「そうね、フェルと私は友達ね。なら遠慮する必要はないわよね」
「親しき仲にも礼儀ありって言葉がある。お前の場合少しは――いや、かなり遠慮しろ」
「上げてから落とされるのって結構心に来るわ。ああ、小悪魔ってヤツよね? こう、人の心を弄ぶタイプ。それとも魔性の女? フェルってそんな感じよ?」
「その言い方は止めろ。昔もそう言われて暴れそうになった」
そんな話から恋バナになった。魔性の女からの派生だ。
ディーンに告白されたことを話してやったらものすごく食いつきがいい。飢えた獣のようだ。
仕方ない。今日くらいは旅の餞別に色々話してやるか。




