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魔王様観察日記  作者: ぺんぎん
第十六章

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辛い現実

 

 私とセラの二人は妖精王国の食堂で食事をしている。


 目を覚ましたセラが「お腹すいた」とか言い出したからだ。


 お前は腹が減っても死なないから安心しろ、と心の中で思ったが、私にも経験があるし、かわいそうなので転移門を開き、ソドゴラへ戻ってきた。


 アビスはセラが大丈夫そうだと判断したのか、ダンジョンへ戻ってしまった。


 そして目の前にはテーブルが埋め尽くされるほどの料理が並んでいる。


 ちょっとだけ予想外だった。セラはこんなに食うヤツだったのか。片手にパンを持ち、もう片方はフォークで肉料理を刺して、交互にものすごい勢いで食べている。


 セラも不老不死だ。私と一緒で腹がいっぱいになったら、それ以上は魔力に変換されるのだろう。いつまでも料理の味を楽しめるということだ。私のお金なんだから少しは遠慮しろと言いたい。


 それにしても結構元気だな。眠る前は取り乱していたし、涙も流していた。今はそんなこともなく、美味しそうに料理を食べている。


「ここの料理は美味しいわね。味覚調整のスキルをもってるけど、それを使わなくてもこんなに美味しいわ」


「当たり前だ。まずいとか抜かしたらぶっ飛ばすぞ」


 ニアの子孫であるハーミアが、私の渡したレシピで才能を開花したからな。さらには独自の料理も作ったりして人界中から色んな奴がここへ食べに来ていた。そのハーミアも既に亡くなっているが、その料理の腕は子や孫に受け継がれている。


 こうやって色々な事が続いていると言うのは嬉しいものだな。この料理だってニアやハーミアの味をなんとなく思い出せる。


「なにか嬉しい事でもあったの? すごく笑顔だけど?」


 セラが食事を止めてこちらを見つめていた。あらかた料理を食べ尽くしたようだな。


「お前も昔、ここで料理を食べたことがあるだろう? あの頃の料理を思い出さないか? ここで料理を食べると昔のことを思い出せるから嬉しいんだよ」


 料理でなくても、建物でもいい。ロンが建てた家が残っていると思うと、あの頃を思い出せる。それは私の宝だ。


「フェルは強いのね。私には無理。昔を思い出すだけで辛くなるわ。夢へ逃げたくなるほどにね」


 それは人それぞれだと思う。強いとか弱いとかじゃない。誰かにとっては耐えられる事でも、誰かにとっては耐えられない。たまたま私は耐えられて、セラは耐えられなかっただけの話だ。


「セラ。夢に逃げることは悪い事だとは言わない。というのも、私も偉そうなことは言えないんだ。夢の世界に閉じこもって現実を見なかったのは私も同じだからな」


「……そうなの? 確かにイブはフェルがそうなる様に仕向けていたけど……でも、それならどうして現実に戻って来れたの?」


「話すと長いんだが、いいだろう。お前が封印されていた間の話をしてやる」


 セラに空中庭園で別れた後の事を全部話してやろう。




 セラは黙って私の言葉に耳を傾けていた。頷くだけで、質問はない。軽く二時間ほど掛ったが、真剣に聞いていてくれたようだ。


「とまあ、そんな感じだ。その後はお前が目を覚ますのを待っていた」


「そう、あれから六百年も経っていたのね。フェルも三百年くらいは眠っていたようだけど……すごいわ。貴方は自分で目を覚ました。誰にも――おそらくフェル以外には誰にも真似できないわね」


「言っておくが私は何もしてないぞ。私は助けられただけだ。あの頃のみんなにな。あの念話が無ければ、私はイブに体を乗っ取られていただろう」


「だから、よ。フェルは色々な人と絆を結んだ。だから目を覚ますことができた。私とは……違うわ」


 セラはそう言うと悲しそうな顔をした。


 自分とは違う。本当にそうなのだろうか。セラにだって絆を結んだ人がいるはずだ。でも、聞いても大丈夫だろうか。なにかこう、聞いてはいけないような気もするんだが。


 でも、踏み込まないとセラの事は理解できないだろう。聞くだけ聞いてみるか。


「言いたくないなら言わなくてもいいんだが、セラにはいないのか? 絆を結んだ相手が」


 セラは儚げに笑うと、コップのリンゴジュースを少し飲んだ。


「いたわ。私の恋人と言える人がね。でも、もういない。その人はね、私の幼馴染なのよ。私の出身はオリン国の王都からかなり離れたところにある村でね、年齢が近いこともあって結婚の約束もしていたわ」


 結婚。そうか、セラが勇者になったのは二十歳の頃、そんな話が出ていてもおかしくはない年ごろだ。


「ソイツに子孫は――あ、すまん」


 私は馬鹿か。結婚の約束をしてた奴の子孫なら、他の女性と結婚したということだ。それはセラにとって辛い事だろう。絆なんて言ってる場合じゃない。


「大丈夫よ、あの人に子孫はいないわ。それに誰とも結婚しなかった。私は勇者で歳を取らない不老不死の化け物なのに、あの人はそれでもいいって言ってくれたのよ……嬉しかったわ」


「そうなのか? じゃあ、ソイツと結婚を?」


 セラは首を横に振る。


「しなかったわ。私の方から断ったの。私と一緒になるよりも、他の女性と一緒になって欲しいと頼んだのよ? でもね、あの人は私との約束を守りたいと言って、死ぬまで誰とも結婚しなかったわ。最後は私が看取ってあげた」


「そう、だったのか」


 それはそれで辛いだろうな。私はあの頃のみんなを看取ったことはない。耐えられないと思ったからだ。でも、今考えると悪いことをしてしまった。亡くなる直前まで一緒にいてやればよかったと後悔している。


 だから、ハーミア達の事は看取った。魔王の呪いによる暴走も無くなったし、現実をちゃんと受け止めようとして、亡くなる時はできるだけ手を握ったな。みんな、安らかな顔だった。辛さも寂しさもあるが、私には現実を見つめるための重要な事だ。


「嬉しかったわ。私を化け物のように見ている人もいたけど、あの人だけは私をそんな風に見ることはなかった。冒険者として色々な場所へ行ったけど、いつも帰るのはあの人の家。帰った時に女がいたらどうしようって不安に思う事もあったけど、あの人は最後まで私と一緒にいてくれたわ」


 セラは嬉しそうにそう言うと、亜空間から何かを取り出した。小さな箱、だろうか。


 セラはその箱を大事そうに開ける。


 中には指輪が入っていた。


「あの人がくれた結婚指輪よ。本来は精霊に貰う物だけど、私達は結婚しなかったから、細工師に作って貰ったみたいね。いまでも思い出すわ。震える手で私の左手の薬指にはめてくれたのよ? いつもは頑固な職人なのに、付けてくれた後は照れくさそうにしてね、『俺は一緒に生きられないが、これがいつまでもお前と共にある』って言ってくれたの……いま思うとかなり恥ずかしいセリフね?」


「そうは言っても、嬉しそうだぞ?」


「当たり前じゃない。嬉しいに決まってるわ。あの事だけは今でも鮮明に思い出せる……私の大事な記憶よ」


「そうか。でも、その指輪、指には付けないのか?」


「危なっかしくて付けられないわよ。無くしたりしたらこの辺り一帯を焦土にするまで探すわよ?」


「亜空間の中に大事にしまっておけ」


 セラは箱を閉じるとそれを亜空間へ入れた。


 思い出の品か。私にもある。ディアの作ってくれた執事服とかガープの作ってくれたベルトや靴だ。それにヴァイアの術式やニアのレシピ、ロンがくれた猫耳セット……いや、これに思い出はないな。


 話を聞いた限り、セラにも大事な絆があると思う。でも、それがあっても現実より夢なのか?


「セラ、聞いていいか? 一体、どんな夢を見ていた? それは現実よりも大事な夢だったのか? お前にはその指輪や大事な思い出がある様に思える。自分から夢を見ようとすることはないと思ったのだが」


 セラは儚げに笑ってからリンゴジュースを飲んだ。そして私を見つめる。


「フェル、現実は辛いわ。あの人は亡くなる直前になんて言ったと思う? 『すまない』よ。私と一緒にいてやれないことに謝ったの。何を言っているのかしらね? 謝るのは私の方よ。私が勇者になったことで、私だけでなくあの人の人生も狂わせた。私が勇者じゃなかったら……私に会っていなかったら……私がいなかったら……あの人はもっと幸せな人生を送れたのにね」


 そうか。セラも同じか。私もみんなに似たような事を言われた。ただ、私の場合、みんなは幸せだった。私が魔王で人生が狂ったわけではなく、むしろ良くなったと自負している。セラとはその差があるのかもしれないな。


「イブにお願いしたのよ。私が勇者じゃない夢を見せて、とね。私が勇者じゃ無ければ、あり得た未来、それを見せてもらっていたの。平凡で山も谷もない人生が続く夢。ほんの些細な事で喜んだり、悲しんだり、そして毎日忙しい忙しいと言いながらあの人と二人で働く、そんな幸せな夢よ」


「……ああ、いい夢だな」


 そう言うと、セラは嬉しそうに微笑んだ。そして真面目な顔になる。


「……夢の話はこれでおわりよ。そして、その夢を見せてもらうために私はイブに協力したわ」


 昔、言っていた会えない人に会いたいと言うのは、その相手の事なんだろう。そのためにイブに協力したのか。


 分からないでもないか。自分の好きな奴が自分のせいで不幸になったとしたら、現実から目を向けたくなるだろう。


「イブに協力したことに関しては仕方ないと思う。そういう夢を見たいと言うのも分かる。でも、私がイブじゃない事に落胆したのは何でだ?」


「イブはフェルの体を乗っ取ろうとしていた。問題になるのは創造主達と勇者なの」


「答えになっていないが、どういうことだ?」


「まあ、聞いて。イブの目的はフェルとして魔王君と永遠に生きる事よ。勇者である私は魔王を殺せる。イブにとっては頭の痛い問題よね」


 私にとっても痛い問題だけどな。


「そして創造主達は、全員が賛成なら勇者と魔王のシステムをリセットできる……らしいわ。リセット、つまり私やフェルが勇者や魔王じゃなくなるという事ね」


「初耳だ。そうなのか?」


「イブが言っていた事だから何とも言えないけど。それがあるから管理者達に創造主を殺させたって言ってたわよ」


 そういう理由だったのか。魔王様を封印された恨みで創造主達を管理者達に殺させたと思っていたが……いや、両方なのか?


「創造主達はもういない。最後の問題はこの私、勇者よ。だからイブは言ったの。私に夢を見せている間に、私を勇者から解放する方法を探しておくってね。イブと私がお互いに得をする提案だったわ」


「勇者からの解放……? つまり普通の人族になる方法を調べておくって事か?」


「そうよ。私はそれをイブに期待していた。だから貴方がイブじゃないと分かった時、私はこのままずっと勇者なんだって思ったの。それが落胆した理由よ……ごめんなさいね」


 そうか、セラは勇者から解放されたいんだな。でも、イブはもういない。その望みは潰えたということか。


 一応、魔王様がそれをするためのプログラムを作っていたようだが未完成だ。アビスが言うには実際に完成するかどうかも分からないとか言っていた。


 そして魔王様はあと五千年くらい目を覚まさない。私もセラもこのままずっと生きていくしかないが、変な希望も持たせない方がいいだろう。


「話を聞けばそれも仕方ないと思う。だが、悪いと思っているなら、私を襲ったりするなよ?」


「しないわよ。でも、その代わりに色々な話をしましょう? だって友達でしょ? フェルと話ができれば、私も絶望せずに生きていけると思うのよね」


 いや、友達って。イブに協力して私を危険な目に合わせたのは誰だ?


 ……まあいいか。セラは私にとっても同じ境遇の仲間みたいなものだ。


「分かった。私とセラは友達だ――友達なら割り勘でいいか? お前、食い過ぎだぞ? 何人前食った?」


「数えてないけど、かなり食べたわね。というか、お金なんか持ってないわよ。奢ってよ。親友でしょ?」


「家族でも縁を切りそうなくらい食っておいて何言ってやがる。しかも友達から親友にランクアップするな。ただの友達だ、友達」


「えぇ?」


「親友じゃないの? みたいな顔をするな。いいからアダマンタイトの冒険者としてお金を稼げ……わかった。今回は奢ってやる。次はお前が私に奢れよ。これ以上食ってやる」


「フェルに奢ったらすぐに破産しちゃうわよ……でもまあいいわ。次は私が奢ってあげる。お金を稼ぐまでちょっと待ってて」


「ああ、時間はいくらでもある。大量にお金を稼いできてくれ」


 その後もセラとは色々と話をした。


 見た限りは大丈夫そうに見える。たまに見せる辛そうな顔がちょっと気になるが、時間が解決してくれるだろう。


 さて、私も本気をだして食べるか。セラの食べっぷりを見ていたら、お腹がすいてしまったからな。


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