伝説級の冒険者
少しだけ懐かしい気分になっていたら、案の定、女性から水が吹き出して私を覆った。やっぱり、スザンナが使っていた技だ。水結界とか言ってたかな。
いま思い出すと、スザンナが不用意な事を言わなければ、私は窒息して負けていただろう。
それと比較するとよく分かる。あの頃の技に比べるとこれは色々と甘い。
スザンナの時と違って水に色が付いていない。これなら転移でも逃げ出せる。それに拘束が弱い。体に力を入れて泳げば外に出られそうな感じだ。せっかく水の出るコップを用意したのに。
水の塊の中から外側へ視線を移すと、兵士達の間から女性が歩いて来るのが見えた。ゴーグルは付けていないが首元に掛かっている。そして水色の髪。年齢は二十くらいだろうか。あの頃のスザンナにそっくりだ。
その女性が近寄って来て、水の塊に触れた。
『聞こえる? 水を通して念話のようにしているのだけど?』
『ああ、聞こえる』
『冷静ね。でも、状況は分かっているはず。貴方はそこから抜け出せない。ちょっとだけ苦しい思いをさせるけど、殺したりはしないから安心して。気付いた時には牢屋だけど』
勝ちを確信しているのだろう。当然だな。この状況になったら魔族でも逃げるのは困難だろう。でも、私へこの技を使うのは意味がない。
『状況は分かってる。残念ながらこの技は二度目、いや、三度目か? タネの分かってる手品じゃ私は倒せんぞ?』
ちょっとだけ魔力を消費してコップから水を出した。徐々に水の塊に別の水が混じっていく。
そろそろかな、と思った瞬間に水の塊が形を保てなくなり弾けた。水が地面に落ちて、水溜まりができる。
水の塊に触っていた女性はすぐに逃げたようだ。
見事な判断力だな。状況が分からないなら逃げるのが一番だ。
それはいいとして体が濡れたままだ。状態保存の魔法を使ってるから、ジャケットやズボンなんかは濡れたりしないが、シャツと下着が濡れてべとべと体にくっ付くから気持ち悪い。
昔ヴァイアに貰った乾燥させる魔道具で乾かそう。普段は髪の毛を乾かすためにしか使ってないけどこういう使い方もアリだろう。
濡れたシャツや下着をつけたまま乾かしていたら、女性がこちらを警戒しながら見つめていた。
「貴方……何者? どうやってあの水の檻を破ったの?」
「私が何者か聞いていないのか? 私は本物のフェルだ。あの技はスザンナに食らったことがある。だから対処法も知ってる」
「本物のフェル? 何を言っているの? 本物のフェル様は王城にいるわ」
「王城にいるのは偽物だ。何をしているのかは知らんが、私を騙っているようなので問いただすつもりだ。あと殴る」
それは決定事項。あと、ソイツよりもいい物を食べる。ニアほどの料理は出てこないだろうが、宮廷料理人とかが作っているだろうし、美味しいだろう。
「そう、本当の事を言うつもりはないという事ね」
「私は正直者で通ってるぞ。話を理解して欲しい所だが、似ているというだけで私と偽物の区別もつかないようなら話すだけ無駄だな」
シャツや下着が乾いた。もう大丈夫だろう。
「さて、どうやらお前達は私と戦う事を選択したようだ。急いではいるが、もう少し遊んでやる」
スザンナの子孫と手合わせするのがちょっとだけ楽しみだ。どんなものだか見ておこう。
転移は使わずに高速で近寄る。
「くっ! 水よ!」
スザンナが使っていた細長い水筒が腰の周りにズラリと装備されている。その内の二本をこちらに投げてきた。筒から水が飛び出して小さな塊になり襲ってきた。
まだまだ曲芸レベルだな。水の操作も甘い。
パンチで二つの塊を潰す。
さらに近寄ろうとしたが、女は飛び道具を構えていた。それに背中側からも水の触手が出ていて、飛び道具を構えている。あれもスザンナの技だな。
「死んでも文句は言わないで」
「死んだら文句も言えないんだがな」
「【ショットガン】」
小さな水の塊が、何十もこちらに向かってくる。
だが、これも甘い。スザンナの方がもっと多かった。触手を使ってこの程度じゃ精進が足りない。
「【ショットガン】」
全然違う物だけど、同じ名前の私の技。それを使って水の塊を全て叩き落す。
「な、なんで貴方がその名前の技を……!」
「昔、スザンナに教わった。全く異なるものだが、同じ名前にして欲しいと言われたからそうしてる」
技の名前なんて何でもいいんだけど、術式を言葉に乗せないといけないからな。旧世界の武器の名前だし、イメージしやすいからそのままだ。
「それじゃ続けるか」
「……待て! いや、待ってほしい! お前達も構えを解け!」
なんだろう。戦意喪失というか、敵わないと思ったのだろうか。近くの兵士達にも構えを解く様に言ってる。
仕方ないな。とりあえず、攻撃しないでおこう。
「貴方を王城へ連れて行く」
なんだいきなり? どうしてそうなるのだろう?
「急にどういう事だ。そのまま牢屋に連れて行くとか言う魂胆じゃないだろうな?」
「違う。水の檻から抜け出たことといい、今の技といい、ただの魔族にできる事ではない。それに貴方は私の家に代々伝わっている話の内容を知り過ぎている。フェル様がスザンナ様と戦ったことがあるなんて、普通は知り得ない」
おお、どうやら少しは信じて貰えたみたいだ。
「それに王城にいるフェル様にはそれとなくスザンナ様の話をしたが、いつもはぐらかされていた。貴方が本物だという確証はないが、このまま戦うのではなく話を聞くべきだと思っている」
「賢明だな。分かった。襲ってこないなら手を出すつもりもない。だから王城にいる偽物に会わせてくれ」
「残念ながら貴方を完全には信じていない。王城の中ではなく、中庭、もしくは城門の外で会えないかトラン王に進言しよう。会えるならどこでも構わないな?」
「もちろんだ。だが、相手が偽物だとわかったら、ソイツは私の好きにさせてもらうぞ」
女性が頷いた。
よかった、これで戦わなくて済む。それに相手はスザンナの子孫だからな。どれくらいの強さなのかは知りたいが、できれば穏便に済ませたかった。でも、そうか。昔の話をすれば、私が本物だと信じて貰える可能性が高いという事だ。色々と話をしてみよう。
おっと、その前に名前を聞いておくか。
「名前はなんていうんだ?」
「私か? 私の名はサリィだ。トラン国親衛隊の隊長代理をしている」
「隊長代理? 隊長は別なのか?」
「機密でも何でもないから教えるが、隊長は私の父だ……隊長は手が離せないのでいまは私が親衛隊を率いている。それはともかくこちらだ。貴方を信頼して拘束したりはしないが、もし暴れるような真似をしたら周囲の兵士が攻撃するからな?」
どうやら兵士達は私とサリィを囲むようにして移動するようだ。攻撃されたところでどうにかなるわけじゃないが、大人しく従っておこう。
「安心してくれ。私は襲われない限り襲わない。そっちが手を出さないのなら、こちらも暴れる理由はないからな」
「わかった。ではついて来てくれ」
サリィが歩き出したので私もそれに続く。兵士達も数メートル離れた状態で付いてくるようだ。
歩きながら、サリィがこちらを見た。
「聞きたいのだが、あの水の檻……本当は水結界という名前だが、あれをどうやって破った?」
「ええと……」
この場で言ったら不味いよな? 本人だけに聞こえるように小声で言うか。
「お前の魔水操作は自分で作り出した水を操るユニークスキルだろ? 操っている水に別の水が一定以上混ざると操れなくなる」
コップを亜空間から取り出した。
「これは水を作る魔道具だ。水に捕らわれる前に取り出しておいた。あの中で水を増やし、操作できない状態にしたというだけの話だ」
「……なんで貴方がそんなことを知っている? 私でも知らないのに」
サリィはかなり驚いている様だが、スザンナから伝わっていなかったのだろうか?
だが、そうか。ユニークスキルを持てるのは一人だけだ。スキルを持っている人が亡くなってからでないと他の人が受け継ぐことはできない。それに遺伝するかどうかも確実じゃない。
スザンナと同じ技を使っていたようだが、事細かにユニークスキルの内容を受け継いではいないのだろう。もともと弱点みたいなものだし、文章で残すのも危ないだろうからな。
自分のユニークスキルの内容くらい知っておくべきだと思うが、よく考えたら当時のスザンナも知らなかった。鑑定スキルや分析魔法で見られるのも嫌だろうし、本能的に使うだけで調べてはいないのだろう。
なら、魔眼の事は特に言わないでおくか。あえて言う必要もないだろうからな。
「戦っていた時も言っただろう? スザンナとは戦ったことがある。だから知っていただけだ」
「そう、貴方はスザンナ様の事を知っているのね。まだ信じたわけではないけれど、スザンナ様ってどんな方だったの? スザンナ様が親衛隊隊長になる前の経歴って伝わっていないのよ。貴方が本物なら知ってるでしょ?」
「どんな、か」
もしかして探りを入れているのだろうか。まあ、嘘をつくわけじゃないし何の問題もないな。色々と話を聞かせてやれるけど、出会った頃の話をしてやるか。そもそもその前の事は良く知らないし。
「スザンナに初めて会った時は私の命を狙っていたな。当時、冒険者ギルドのアダマンタイトに私の命を狙えという依頼が出されたのだが、すぐに取り下げられたんだ。だが、そんなこと関係なくスザンナは襲ってきた」
懐かしいな。
戦った後、メーデイアの町まで連れてきたが、スザンナはそれ以降も私について来た。そしてスザンナはソドゴラ村でアンリに会ったんだ。そこからはアンリと本当の姉妹のように育ったと思う。スザンナはあの頃には既に両親がいなかった。アンリの家族がスザンナの家族になったと言っても過言ではないだろう。
「それから色々あってな。ソドゴラ――今の迷宮都市だな。あそこでスザンナはアンリに会った。寝食を共にして本当の姉妹の様だったぞ」
「そんなことがあったのか……」
「そういえば、当時、スザンナは十代前半だったが、お前よりも数倍強かった。精進が足りないな」
「……本当に?」
「本当だ。そもそもあの水に色を付けて私が転移できないように対策してたし、水の拘束ももっと強かった。それに雨を降らせる魔法を使って水のドラゴンを作ったぞ。まあ、サリィもできるかもしれないが」
「そんな事はできない……まさかとは思うけど、天候を操ったアダマンタイトの冒険者ってスザンナ様のことなの?」
「ああ、そういえばそんな風に言われていたな。畑仕事で重宝されてた」
「スザンナ様って伝説級の冒険者だったのね……」
なにやらサリィはショックを受けているようだ。あまり感情がでない顔をしているのに、ショックを受けているのが分かる。偉大なご先祖様なら嬉しいと思うのだが……もしかして想像以上だった?
そんな話をしてたら城門についた。さて、そろそろ偽物とご対面だな。




