懐かしい技
私の偽物が、私よりもいい物を食べている。許せるわけがない。
それにしても私の偽物か。
昔、ジェイの奴がアンリを呼び出そうとして私の恰好をしていたが、あれがコスプレなのだろうか。黒い角が生えた赤い髪のカツラを被っていた気がする。お世辞にも似ているとは言えなかった。
今回の偽物はどれくらい似ているのだろう。一応情報を集めておくか。
「城にいる奴は私に似ているのか?」
「それは逆だと思うけどね。君が似せているんだろう?」
屈辱だ。でも、我慢。この怒りは偽物にぶつけよう。
「なら、私のコスプレはどの程度だ? 城にいる奴に似てるか?」
「残念ながら私なんかじゃフェル様の近くまで行けないから、君が似ているかどうかは分からないよ。ただ、城にいるフェル様については色々聞いたことがある。簒奪王アンリ様が大事にしていた絵というのがあってね、その絵の中央にいるフェル様と瓜二つだったと言う話だよ」
大事にしていた絵。妖精王国で集合している時の絵だな。あれにそっくりという事は、かなりの再現度だと言う事だろう。
なんのためにそんなことをしているのかは分からないが、随分と凝ったことをしているんだな。
「ちなみにそのフェルは城で何をしているんだ?」
「フェル、じゃなくて、フェル様、だろう? あの方がいなかったらアンリ様が王位につくこともなかったと言われてるんだからね。真似をするならちゃんと敬意を払いなさい……それともそんな恰好をしてフェル様の評判を下げようとしているのかい?」
門番に疑いの目で見られた。自分自身に敬意を払え、か。言ってることは分かるんだが抵抗があるな。だが、我慢だ。私は我慢できる魔族。魔王様の捜索だって我慢して後回しにしたんだ。これくらい余裕で我慢できる。
「フェル……様はお城で何をしているんだ?」
「さあねぇ、残念ながらそれは分からないよ。知っていても教えられないしね」
私の葛藤を返せ。無理をして様付したのに。でも、これ以上この門番に何かを聞いても答えてはくれないだろう。
私にそっくりな奴がいるということが分かっただけで十分だ。
トレイに乗せられたパン二つ口に入れてよく噛んだ。そして牛乳で流し込む。美味い。
「ワイルドな食べ方だね。よく噛んだ方がいいよ」
「美味しかった。ありがとう。それとすまないな」
「え?」
牢屋の鉄格子を掴んだ。右手と左手で一本ずつだ。それを左右に開く。鉄格子が私の力に逆らえず、ぐにゃりと曲がる。開き過ぎて、鉄格子がはまっている天井と床の部分が取れてしまった。
「な、な、な……」
門番が尻もちをついた。そしてこちらを驚愕の顔で見ている。
曲がったまま取れてしまった鉄格子を牢屋の内側に投げ捨てた。そして牢屋を出る。
出たところで、大きく伸びをした。
牢屋の中はそこそこ広いが快適じゃなかったからな。それにかなりの時間が経ったからちょっと疲れた。
「だ、脱獄する気か! い、いや、その前にこの牢屋はミスリル製だぞ!? 魔族だからって壊せるはずが……!」
鉄格子じゃなくてミスリル格子だったか。今の私にはどっちでも変わらないけど。アダマンタイト格子だって変わらないと思う。
「信じてはくれなかったようだが、私が本物のフェルだ。偽物が城にいるならぶちのめして事情を聞かないとな。牢屋の弁償は、事が済んだらお金を払いにくる。それまで待っててくれ。それじゃあな」
牢屋なので転移しても良かったが、できれば魔力の消費を抑えておきたい。もしかすると偽物と戦う羽目になりかねないからな。私の真似をするという事はそれなりに強いのだろう。
門番をそのままにして、地上へ向かう階段をのぼった。
のぼった先は兵士達の詰所のようだ。何人かの兵士が私を見ているが、思考が停止しているように動いていない。
「お、お前、なにを……?」
一人の兵士が我に返って私へ問いかけている。仕方ない、答えてやろう。
「脱獄だ。世話になったな。見送りはいらないぞ」
そう言って出口の方へ歩き出した。このまま城に乗り込むつもりだ。偽物がいると言う名目で城の中に入れる。これはこれで良かったのかもしれない。
まあ、偽物がいなければ、名前を告げるだけで入れそうな気もするけど。
「だ、脱獄すると言われて、逃がすわけないだろうが!」
「安心できるように行先も教えておこう。これから王城へ行く。私の名を騙る偽物がいるらしいからな。軽くぶちのめすつもりだ」
何処のどいつだか知らないが私を騙るとはいい度胸だ。しかも私よりいい物を食べてるなんて許せるわけがない。殴られる覚悟はあると見た。
「み、皆、コイツを止めるぞ! 城へ向かわせるな!」
兵士達が武器を取り構えた。
何の罪もない兵士を殴るのは気が引ける。とはいえ、邪魔だ。ここは兵士達の訓練ということにしてもらおう。訓練でちょっとくらい怪我をするのは仕方ないはずだ。うん、仕方ない。
「トラン国の兵士がどの程度なのか見てやろう」
兵士達は槍を構えている。
……武器の選択からして駄目じゃないのか? こんな狭い場所で槍を使うなんて悪手以外の何物でもないと思うのだが。
「えっと、その武器でいいのか?」
「相手は怯んでいるぞ! 少しずつ詰め寄って隅に追いつめるんだ!」
怯んではいない。アドバイスしてやったんだが、別に構わないようだ。リーチが長いとそれなりに有利ではあるからな。でも、それは広い場所だけだと思う。
三人が隊列を組んで矛先を向けてきた。突こうとしているが、ただの威嚇だな。当てる気はないのだろう。私の見た目は十五、六の少女だからやりにくいのかもしれない。
私から見て右端にいる兵士の槍を右手で右から左に払った。
兵士はその威力に引っ張られて隣にいる兵士にぶつかった。さらに隣の兵士にもぶつかり三人とも倒れる。
「何をしている!」
巻き込まれた兵士達の中でもちょっとだけ偉そうな奴が、倒れた兵士達を叱咤していた。気持ちは分かる。槍が邪魔で立てなくなってる。武器を離さないのは間違っていないが、時と場合によると思うぞ。でも、これで分かった。どうやら、トラン国の兵士は練度が低いようだ。
戦争はなくなったし、戦うにしても意思の疎通ができない下位の魔物だけだろう。人相手では訓練しかしてないだろうし、こんなものか。
もがいている兵士達を横目に出口の方へ歩き出した。そして外に出る。
外はもう暗い。街灯があるから明るい方ではあるけど。
さて、城はあっちだな。早速向かおう。
歩き出したら、けたたましい音が聞こえた。これはサイレンだろうか。
『城下町の皆様。狂暴な魔族が脱獄しました。速やかに近くの家に避難してください。外を歩いている人は犯罪の有無にかかわらず捕らえることになります。繰り返します――』
どうやら狂暴な魔族とは私の事のようだ。そんなに狂暴な事をしたかな。ちょっとショックだ。
少しだけ精神的なダメージを受けたが、すぐに誤解は解けるはずだ。予定通り王城を目指そう。
大きな通りを歩いていると、目の前に武装した集団が見えてきた。
「そこのお前! 止まれ!」
集団の先頭にいる奴がこちらに命令してきた。ゴーグル付きのヘルメットをしていて顔は見えないが、声からして女性のようだ。
「私の事か?」
「そうだ! お前だ! ……なに? アイツで間違いない? フェル様の恰好をしている魔族? ……なるほど、当たりだな」
女性に兵士が耳打ちしている。私が脱獄した奴かどうか確認していたのだろう。
「お前には第一級犯罪の容疑が掛けられている! 大人しく投降しろ!」
第一級犯罪ってなんだろうか。まあ、それはいい。どんな罪も冤罪だ。
「断る。私はこれから王城へ行ってフェルという奴に会わないといけない」
兵士達がザワザワしだした。女性が右手を上げるとその騒ぎが収まる。どうやらあの女性は隊長格のようだ。
「フェル様に会ってどうするつもりだ?」
「事情を問いただす。私の名前を騙っているんだ。それ相応の理由があるのだろう。どんな事情があっても殴るつもりだがな」
また兵士達がザワザワしだした。
「静まれ!」
今度は手を上げずに、言葉で兵士達を制した。なかなかの統率力だな。
「お前の名前を騙っている? お前はフェル様のコスプレをしているだけだろう? なんでそんな考えになる?」
「コスプレ言うな。私が本物なんだからコスプレじゃない。それに自分の偽物がいるのだから、殴るくらい当然の行為だと思うぞ? さて、お喋りはここまでだ。素直に道を開けるか、私に倒されるか好きな方を選べ」
女性は腰に差している剣を抜いた。そして剣先をこちらへ向ける。
「選択肢はまだあるだろう? お前を倒して牢屋に入れるという選択がな。今度は大犯罪者を入れるようなアダマンタイトの牢に入れてやる」
「なるほど、私に倒されるほうを選ぶのか。いいだろう、先手は譲ってやる。来い」
アダマンタイトの牢屋に入れられても脱獄できるけど、それは言わないでおいてやろう。
隊長格の女性はこちらに近づくと剣で突いてきた。ミトルが持っていた剣と同じ、レイピアという剣だ。かなりの速度で突いてくるので反撃するのは難しいだろう。
それは普通の奴なら、って意味だけど。
いったん距離を取ってから女性を見る。
「先手は譲った。次はこちらの番だ」
転移はせずに普通に近寄ってジャブを繰り出す。レイピアを持つ部分が光り、障壁が展開された。面白い武器だな。あの剣で盾みたいなこともできるのか。
だが、そんな障壁じゃパンチの威力を吸収しきれない。三発目が当たった時点で障壁が割れた。あとは手加減したパンチで終わりだ。
ボディ目掛けてパンチを放つ。
だが、思っていた手ごたえはなく、めり込むような変な感触が手に伝わった。
あ、これはマズイ。すかさず亜空間からコップを取り出した。とりだした直後、女性が私に抱き着いてくる。
「捕まえたわ」
念のため、魔眼で確認。
……ああ、やっぱりそうなのか。本人を見てはいないが、どうやらスザンナの子孫のようだ。
こんな状況ではあるが頬が緩むのが分かる。初見殺しの懐かしい技だ。なら、もう少しだけ遊んでやるか。




