帰還
大きな音で目を覚ました。
しまった。安心し過ぎた。魔界でこんな事したら命とりなのに。危機管理が足りない。
慌てて周囲を見渡すと、カブトムシが村の入り口を通ろうとして、入り口を壊したようだ。何してんだ。
どうみてもカブトムシのサイズでは村の入り口が狭すぎる。なんで無理に入ろうとしたのだろう。
先程の音で村の広場に村人が集まってきた。
周囲からは「フェルちゃんだ」「カブトムシ、でか!」「襲撃?」「フェルちゃんがとうとう本性を」とか聞こえてくる。
そうこうしていると、村長がやってきた。私を見て微笑んでくれたが、村の入り口を見て、笑顔のまま固まった。まずい気がする。
「フェルさん、これはどういう状況ですかな?」
笑顔なのになにかの圧力を感じる。私は何もしていないのに。
誰かが私の背後に立った。誰だ?
「皆で怒られよう?」
ディアが私の背中から囁いた。まさかコイツ……。
他の奴らを見ると目をそらした。アンリだけは真っすぐこちらを見ていたが、なにか言いたそうだ。
「一蓮托生」
エルフの村に行ったのを怒られるから、私を巻き込みやがったな。なんて奴らだ。
「待て、村長。これは罠だ。私を巻き込むためにコイツらがわざと入り口を壊したんだ」
「なるほど。ありえますな。良いでしょう、そこの者たちにじっくり聞いておきます。さて、まずはご無事でなによりでしたな。お疲れでしょうし、宿で休憩してください。その後に家に来ていただけますかな? エルフ達とどうなったのか、お話を伺いたいので」
「分かった。すこし休んだら村長の家に向かおう」
「お待ちしておりますぞ」
危なかった。村長は色々と察しが良くて助かる。
「お前達、どこに行くつもりだ? お前達はすぐに家に来なさい。説教する」
ディア、ヴァイア、アンリ、ヤトは村長に連れていかれた。頑張れよ。
スライムちゃん達は我関せず、という感じで畑の方に移動していった。お前らが一番問題なんだけどな。
宿に行こうとしたが、村の奴らに囲まれた。「おかえりー」「お土産はないのか?」「エルフの女性を紹介してくれ。マジで」とか言ってる。いや、私はエルフに捕まったのだけども。捕まった時、見てたよな、お前ら。まあ、いいか。
とりあえず、適当に話をした後、宿に入った。
「おお、おかえり! さっきの大きな音はフェルだったのか!」
宿に入るとロンに出迎えられた。なんだか懐かしい感じだ。
「ただいま。エルフ達に無実を証明してきたから帰ってきた。ニアは居るか?」
「ちょっと待ってな。おーい、カミさん! フェルが帰って来たぞー!」
厨房の方から慌てているような音が聞こえてきた。しばらくすると、ニアが笑顔で厨房から出てきた。
「フェルちゃん、おかえり! 大丈夫だったかい? 怪我とかしていないかい?」
「ただいま。問題ない。多少、服が汚れたぐらいだ」
「無事でなによりだよ。あれ? 他の子達はどこだい?」
「今、村長の家で説教中だ」
ちょっとは感謝しているが、村の入り口を破壊して、私を巻き込もうとしたのだ。当然の報いだ。
「あー、あの子達、ここで作戦会議してたからねー。さすがにアンリちゃんが居なくなったときは焦ったけど、スライムちゃん達が護衛する、と看板の書置きを残していたからね」
「いや、それでも慌てるところじゃないのか?」
「ははは、そううなんだけど、村長が、『可愛い子には旅をさせろと言う言葉がある』とか言い出したからね。娘さんにかなり怒られていたけど」
村長も駄目な部類の大人だったか。まあ、それは良い。まずはお土産を渡そう。
「これを見てくれるか」
亜空間からリンゴとジャムを取り出す。それをニアに渡した。
「エルフから土産としてもらった。今日の夕食時に何か作ってくれないか?」
「リンゴとジャムかい? どっちも高級なものなんだけどねぇ。さすがにいきなり料理は思いつかないからちょっと待っとくれよ」
料理LV4でもさすがに無理か。仕方ないな。今日は普通の料理で我慢しよう。
「分かった。楽しみにしている。では、すまないがまた部屋を借りるぞ。もう一週間ぐらいは無料で良いんだろ?」
「おう、もちろんだ。部屋の掃除はしたが、それ以外はそのままにしているから好きに使ってくれ」
「助かる。少し休んだら村長の家に行くので、まずは昼飯をお願いできないか。かなり昼を過ぎているが」
「あいよ。うちの食事は久々だろう? 味わって食っておくれよ」
「そういえば、弁当が美味かった。弁当箱って開けるまでワクワク感があるな。開けたら全部同じだったけど」
ニアは笑いながら厨房にひっこんだ。
「さて、それじゃ、俺は家畜たちの面倒を見てくるか。フェルは疲れているだろうからゆっくりしていけよ」
「分かった。そうさせてもらおう」
ロンが宿を出て行ったので、食堂に居るのは私一人になった。
それにしても、結構疲れたな。色々あったが、昨日が一番疲れた気がする。今日は早く寝よう。
しばらく待っていたら、ニアが料理を持ってきてくれた。
どうやら、ワイルドボアのステーキだ。久々だ。だが、これは夜のメニューではないだろうか?
「昼の料理は食材が切れてしまってね。重いかもしれないが、すぐに準備できるのはこれしかなくてね」
何の問題もない。肉類はお弁当でも食べたが、干し肉と出来立ての料理では雲泥の差だ。味わって食べよう。
「それとこれ」
なんだか、ウサギのようなものが出された。
「リンゴをこう切るとウサギに見えるだろう? 味は変わらないけど、見た目だけでも変えてみたよ」
おお、何かの本で読んだことがある。料理は見た目も大事だと。
「面白いな。食後に頂こう」
それにしてもウサギか。魔界のウサギは首を狙ってくるけど、人界のウサギはどうなんだろう?
美味かった。久々にニアの料理を食べれて満足だ。
久しぶりに食べると、肉の焼き加減が絶妙だということに気付いた。私の焼き加減はいつも超ウェルダンだった。肉は焦げるまで焼いてはいけないんだな。この知識だけで、なんとなく料理スキルが上がった気分だ。また、いつか料理にチャレンジしよう。
さて、村長の家に行くか。




