教皇
昨日はナギのテントに泊まった。
いきなり泊まるのは悪いと思ったが、ナギを説得するためにも仕方なかった。そしてナギの両親を巻き込んでアイドルというちょっと特殊な職業につくデメリットを説明した。私はかなり必死だったと言えるだろう。
そんな努力もあってナギは料理人をメインの職業にして、アイドルはサブでやるという形に落ち着いた。
「今日から料理ができるアイドルを目指すニャ!」
「そこは歌って踊れる料理人になれ。メインは料理人だ」
朝から張り切っているナギに釘を刺す。アイドルもそうだが、料理人だって険しい道だ。確かに昨日の料理は美味しかったが、もっと研鑽をするべきだろう。それにナギはあの卵料理くらいしか上手く作れないらしい。
「卵料理なら自信があるニャ。うちには卵料理ばかり伝わっているけど、なんでかニャ?」
ヤトは私が卵料理を好むと知っていたから、そういう料理のレパートリーを増やしてくれたのだろう。もしかしたらヤト自身が卵料理を好きだったのかもしれないけど。
真相は分からないが私のためだと思いたい。
ヤトとはなんだかんだ言いながらも子供のころから一緒だった。当時の魔族と魔界の獣人は主従関係もあったが、ヤトは友達、いや親友だったと言えるだろう。
そんなヤトが獣人の国で英雄扱いだからな。なぜか私も鼻が高い。
今日はヤトの墓参りに行こうとも思ったのだが、アビスからロモン国での準備ができたと起きぬけに連絡があったので、早速向かうことにする。墓参りはイブを何とかしてからだ。
朝食を食べてから、ナギ達に礼をいう。
「ごちそうさま。ヤトの料理っぽい味付けで懐かしかったし美味かった。さて、慌ただしくしてすまないが、そろそろ出かける」
「また、いつでも来てほしいニャ。フェルさんならいつでも歓迎だニャ。昨日の屋台のお礼もあるし、次はもっとごちそうするニャ」
屋台のお礼というのは、私が料理を笑顔で食べた件だろう。その前からヤトの話で注目を集めていたからな。そして私が美味そうに食べたことで他の客を呼び込めた。一瞬で料理が売り切れていた気がする。
そのおかげでかなりの売り上げがあったようだし、リピーターも付いたからしばらくは安泰だろう。
「そうだな。その時はまたごちそうしてくれ……それじゃ私はもう行く。またな」
「絶対また来てほしいニャ!」
ナギと両親に見送られてテントを後にした。
これでウゲン共和国でやることは終わった。早速ロモン国へ行こう。でも、まずはピラミッドだな。ドゥアトに挨拶しておかないと。
入り口で手続きはせずに、ピラミッドに入った。今はピラミッドの管理体制が変わっている最中でフリーパスらしい。それに魔物暴走が起きた直後だから入り口付近で多くの人が色々と調査中だ。特に怪しまれることなく中へ入れた。
入った直後に視界が変わる。目の前にはドゥアトがいた。
「もう行くのか?」
「ああ、アビスが言うにはちょっと問題が起きているらしい。詳しくは向こうで聞くが、どうやら聖都まで行かないとダメらしいからな」
「そうか。手を貸してやりたいが、私はこちらの事で精いっぱいなのでな」
「気にしないでくれ。ドゥアトはこっちに注力してくれれば十分だ。そうそう、これをお願いしたい」
ジャケットの胸に付いているバッジを取ってドゥアトに渡した。
「闘神ントゥの目だな」
「目って言い方はどうかと思うが、その通りだ。それが周囲の景色と音を闘神ントゥの本体に送っている。私の代わりに対応してやってくれ」
「しかし、私はここを出ないぞ? 闘神ントゥが見たいものが見れるわけではないのでは?」
「外に出ればいいだろ?」
なぜかドゥアトはびっくりしたような顔になった。
「そうか、そうだな。その考えはなかった。獣人達の事を見るのも悪くないかもしれないな」
なんで外へ出るという考えに至らないのか不思議だが、出るようになるなら問題ないだろう。
「それじゃもう行く。【転移門】」
巨大な門が目の前に現れて、ゆっくりと開いた。
「死ぬことはないだろうが、気を付けてな」
「ああ、気を付ける。それじゃあな」
ドゥアトに軽く右手を上げてから門の中に足を踏み入れた。
門の先は暗い。一切の光がないので、光球の魔法を使い周囲を照らす。
ちょっとほこり臭い。ここはディアが教えてくれた異端審問官の拠点だ。ちょっと心配だったけど、五百年経ってもまだあるんだな。
入り口をヴァイアの作った魔道具でカモフラージュしているからずっとバレずに今まで残ってくれたのだろう。
部屋の片隅にある空気清浄の魔道具に魔力を通した。
すぐに周囲の空気が綺麗になる。いまだにヴァイアの魔道具は使えるんだな。これだけすごい物を作ったのに詐欺師呼ばわりとか。そんな噂を流したシシュティ商会。イブに関わっているとか関係なく潰したい。
さて、シャワーを浴びたらすぐに聖都へ向かうか。すぐにでも向かいたいところだが、昨日はシャワーを浴びていない。砂が何となく気持ち悪いし、ちょっと身だしなみを整えてから行こう。
シャワーを浴びてさっぱりした。お風呂は毎日入らないとな。
アビスが言うにはちょっと困ったことが起きているとか言っていたが、どうしたのだろう。聖都へ向かう途中に色々聞いておくか。
地下から地上へ出る扉を開けて外へ出た。
こちらもウゲン共和国と同じで快晴だ。空には以前、空中庭園が浮いていたが、今はもうない。あんな大きい物が空を飛んでいたなんて今の人族は信じないかもしれないな。
そういえば、空中庭園の入り口は見つかったのだろうか。そもそも入れなければ女神ウィンにも会えないんだけど。
まあ、それはあとだ。今はロモン国で起きている問題の解決が先だろう。聖都へ向かいながら、アビスに事情を聞くか。
聖都の方へ向かって歩き出してからアビスに連絡する。
『アビス、ロモン国へ移動した。問題と言っていたが、一体何があったんだ?』
『お着きになりましたか。問題というのは、聖人教ですね。問題を説明する前に確認したいのですが、聖人教には派閥があるのをご存じですか?』
『派閥? たしか、聖人教はどの聖人を信仰しても良かったはずだよな。ただ、そのせいでどの聖人がより多くの信者を集めているかで確執というか、派閥ができたとか聞いたことがある。私が眠ってしまう前の話だが、その派閥か?』
『はい、その派閥です。そしてその派閥の中で最も大きいのは聖母リエル様ですね』
『まあ、当時からリエルの人気は高かったからな』
孤児院の子達もほとんどが聖人教に入ってリエルの派閥になったはず。その子達の子孫もおそらく聖人教に入信してリエルの派閥に入るはずだ。これだけの時間が経てば、かなりの信者がいると思う。
『ですが、いま別の大きな派閥ができそうになっています。そして聖人教の教皇自らが、その派閥を支持しているようなのです』
『そうなのか? 少々思うところはあるが、それが問題だとは思わないが?』
『その派閥というのが、不死王シシュティでもですか?』
『なんだと?』
不死王シシュティ? それはつまりシシュティ商会の……?
『シシュティ商会のトップは公に姿を見せることはないのですが、その正体は何百年も生きる人族だと言われています。聖人教でいつの間にか聖人認定されていて、大きな派閥を作っていました。そして本来中立であるはずの教皇がそれを支持しているのです。メイドギルドの話では聖人教の教皇こそが不死教団の幹部だとか』
『問題が多すぎる。なんでそんな奴が聖人教のトップになれるんだ?』
『お金でしょうね。不死教団とシシュティ商会は懇意にしていますから、教皇の座と聖人認定を金で買ったのでしょう』
『身も蓋もないが、そうなんだろうな』
しかも今はそれをソドゴラでやってるわけだからな。市長選は絶対に勝ってもらわないと困る。シシュティ商会には色々と打撃を与えたが、安心はできない。もっと追い込んでおかないと。
『事情は分かった。それで、私はどうすればいい?』
『聖人教の新しい教皇になってください』
『……なんだって?』
『聖人教の新しい教皇になってください』
聞こえなかったという意味じゃない。なんでそんなことをする必要があるのか、という意味だ。
『いや、まてアビス。言葉は聞こえている。意味が分からないんだ。なんでそんな話になる? 例え教皇になる必要があったとしても、教皇は私じゃなくてもいいだろう? だれか候補はいないのか?』
『いませんね。今の教皇を断罪してフェル様が教皇になるのが手っ取り早いです。それにいてもいなくてもいい役職ですから、フェル様でもいいです』
『色々と引っかかる言い方をするんじゃない。そもそも断罪なんてできるのか?』
『メイドギルドの人達がすべての証拠を揃えてくれました。それに聖人教にいる不死教団の団員リストも。フェル様が教皇になって聖人教から不死教団を追い出してください。それで解決です』
有能だなメイドギルド。でも、まだ諦めない。
『断罪できたとしても、その後釜に私がなれるわけないだろう? なにかこう選挙みたいな事をするんじゃないのか?』
『メイドギルドを通して、各派閥のトップに話はつけました。多少フェル様のお金を寄付しましたけど』
有能すぎて涙が出てくる。というか昨日準備が掛かるって言ってたのはそれか? 用意周到なのはいいんだけど、まず本人に話を通しておけよ。それにそれって寄付じゃないと思う。賄賂だ。
『教皇になれるのは分かった。でも、もう一度言うが、私である必要はないだろう? メイドギルドの誰かにお願いしたっていいんじゃないか?』
『いえ、メイドギルドの方はダメですね。聖人教にメイド王メノウ様の派閥がありますので、他の派閥が許さないと思います。その点、魔族のフェル様は理想的です。フェル様は聖母リエル様の派閥に思い入れがあるでしょうが、それくらいは問題ないでしょう』
メノウって聖人認定されてたのか。というか、メイドなのに王って。
『それに聖母、勇者、賢者の派閥にはフェル様の名前が受け継がれているのです。最初は信じてくれませんでしたが、そのフェル様が教皇になってずっと見守ってくれるなら聖人教も安泰だと言ってくださいましたので、決めました』
決めました、じゃないだろうが。
『諦めてください。聖人教の象徴として居てくれればいいのです。教皇として何かをしてほしいとかではありませんから。むしろ、そういう方のほうが教皇として喜ばれるそうです。口は出さずにただ見守ってくれる。そういう教皇が理想だとか』
『その辺りはよく分からないが、今回は時間もないし仕方ないだろう。でも、どこかのタイミングで教皇は辞めるからな?』
『……はい、そうしてください』
ちょっと間があったのが気になる。まあいい、あとで誰かに教皇をやってもらえばいいんだ。どうせ一時的な話だ。イブをなんとかしたらすぐに辞めてやる。
聖都が見えてきた。面倒ではあるが、やるべきことはやってしまおう。




