贈り物
世界樹で賢神クオーを目覚めさせた。とりあえず、まずは一柱。残りは魔神ロイド以外の五柱だ。
アビスはイブに管理者達の情報が行かないように細心の注意を払っているらしい。そして今後はクオーがそれを手伝う事になる。管理者達はイブに騙されたが、能力的にはそれほどの違いはない。アビスがいる分、こちらの陣営が有利になっただろう。
次はルハラにいる無神ユニだ。アビスが言うには、虚空領域の情報をダミーで埋め尽くしたいとの話だった。それにはユニの力が必要だとか。
ユニも他の管理者達と同じように創造主を殺した。後で生き返らせるつもりだったとユニは言っていたが、死んだ人間は蘇らない。死んだ人間を生き返らせることができるという嘘の情報に騙されたわけだ。
それをやったのもイブだ。その説明をすれば、ユニも仲間になってくれるだろう。
問題はユニのいる場所へどう入るか、だな。
あそこの遺跡へ入るには、皇帝が持っているペンダントが必要だ。ディーンの時なら借りることもできただろうが、今の皇帝とは全く面識がない。帝都に行ってお願いしても門前払いのような気がする。まあ、行ってから考えるか。
そんなことを考えていたら、エルフの村に戻って来ていた。日も落ちていて、そろそろ宴が始まりそうな感じだ。どうやら間に合ったようだな。
村の広場では光の玉がらせん状に上下に動きながら輝いていた。それを中心にエルフ達が車座に座っている。
「フェル、こっちだこっち」
ミトルがゆっくりとした動作で手招きしている。ミトルの隣の席が空いているようだから、多分そこに座るのだろう。でも、ミトルは大長老なんだよな? ものすごく目立つ位置だと思うのだが。
とはいえ、ここで拒否するのもミトルの面子を潰すことになりかねない。仕方ない、おとなしくミトルの隣に座るか。
私が座ると、宴が開始された。特に挨拶とかはないようだから、それだけが救いだ。
「こんないい場所じゃなくてよかったんだけどな。目立ち過ぎるから居たたまれない」
「何言ってんだ。久しぶりの客人なんだから目立ってくれよ。それにエルフの皆はフェルに感謝してるんだぜ? そのフェルを変な場所に座らせたら、俺が怒られちまう」
「感謝? なんで?」
「まあ、色々あるけど、フェルのおかげで外部との接触を持てた事に、だな。いまもリーンとは取引してるんだぜ?」
エリファ雑貨店の事か。そう言えば、最後に婆さんに会ったのはいつだったかな。婆さんが寝たきりのところへ呼び出されたのに「せっかく来たんだからご飯くらい食べて行きな!」とか言って、料理を振る舞ってくれた覚えはあるが。
でも、そうか。あそことはいまだに交流を続けているんだな。
リーンはあの雑貨屋のおかげで商業都市と呼ばれるほど大きくなっていたが、今でもそうなのだろうか。今のところ用事はないが後で行ってみよう。
あれ? でも、ソドゴラとのやり取りはどうなったのだろう。妖精王国ではリンゴジュースが無かった。もう取引していないのだろうか。
「妖精王国とは取引を止めたのか?」
「シシュティ商会とか言う奴らがソドゴラでの取引を仕切りだしたから行かなくなったとか聞いてる。妖精王国とかヴィロー商会とは取引したんだが、どっちも今は大変みたいでそれどころじゃないみたいだな」
「それなら大丈夫だ。いまシシュティ商会を潰そうとしているからな。とりあえず妖精王国とヴィロー商会に関しては力を貸しておいた。もうソドゴラでシシュティ商会にデカい顔はさせない」
ミトルは驚いた顔になってから、悪そうな笑みになった。
「相変わらずフェルはおもしれーな。目を覚ましたのは数日前だろ? もうそんなことになってるのかよ?」
「寝ていた分、迷惑を掛けたからな。すぐにでも対処しないと皆に合わせる顔がない」
「そーか……しかし残念だぜ。俺もあと数百年若ければ一緒に暴れたんだけどな」
「気持ちだけで十分だ。そんなわけだから妖精王国とヴィロー商会との取引を再開してほしい。あの頃みたいにとまではいかなくても徐々に取引してくれるだけで十分だが」
「なら早速明日にでも向かわせるぜ。エルフとは言え、俺達も結構早めに行動するようになったから安心してくれよ」
ミトルが他のエルフ達を呼び、なにやら話を始めた。エルフ達は笑顔で頷き、私にも一礼する。そしてこの場から離れて行った。
「もう大丈夫だ。明日にはその二つと取引を再開させるから」
エルフなら数ヶ月かかる様な案件もすぐに対応してくれるんだな。ありがたい事だ。最初に取引した時も結構早かったけど、それ並みだ。
「すまないな」
「おいおい、そういう時は、ありがとう、だろ?」
「ああ、そうだな、ありがとう。助かる」
「いいってことよ。さあ、宴料理を食べてくれ。残念ながら肉類はねーんだけど、パンや果物は沢山あるから。リンゴは久しぶりだろ?」
女性のエルフが持って来た食べ物から、ミトルはリンゴを手に取った。そしてそのまま私に渡してくる。
確かに久しぶりだ。手に持ったリンゴの感触、鼻を通る甘い香り、夢の中でも食べていたけど、やはり現実の方がいい。
リンゴを皮ごとかじる。シャクっといういい音がして、口の中に甘い味と少し酸っぱさが広がった。絶妙なバランスで調和されている気がする。美味い。
「どーよ、美味いか? って顔見ればわかるな」
「ああ、美味い。久しぶりの味だ。気のせいかもしれないが、あの頃に食べたリンゴよりも美味く感じる」
「それは気のせいじゃねーよ。俺が何年もかけて品種改良したリンゴだからな」
「そんなことをしてたのか?」
「さすがに冒険者はやれなかったからな。村に引きこもって色々と果物の品種改良をしてたんだよ」
冒険者をやれなかったのは、私のせいだろう。私を待つためにミトルは常に行動遅延の状態異常を受けるようになった。それは最近でなくかなり前からだろう。エルフとしてもっとも活動的な時期だったに違いない。
そんな時期に生活に支障が出るほどだ。本人は何でもないようにしているが、辛い日々だったと思う。
「さて、フェル、渡したいものがあるって言っただろ。これだ」
ミトルが小さな袋を渡してきた。受け取ったが、思いのほか軽い。
「これは?」
「品種改良したリンゴの種だ。試したことはねーけど、エルフの森以外でも実を付けられるはずだぜ。やるよ、もってけ。女の子への贈り物としては色気がねーけどな」
「エルフの森以外でもリンゴの木が育つということか? そんなものを貰えるわけないだろう。そもそも他のエルフ達に許可を得ているのか?」
「当たり前だろ。皆からフェルにならあげてもいいと許可を貰ってるよ。だから安心して受け取ってくれ。でも、あまり量がないんだ。ここぞと言う場所にだけ植えてくれよ?」
どう感謝していいか分からない。これまで生きていてくれたことにも、この森以外で育つリンゴの種を用意してくれたことにも。この恩はどうやって返せばいいのだろう。でも、その前に不思議な事がある。何をするにしてもそれを聞いてからだ。
「……ミトル、なんでここまでしてくれる? 人生を棒に振ってまで長生きしてくれたことも、こんな素敵な贈り物をくれたこともそうだ。私達は友人、いや親友だ。でも、親友だからと言ってここまでするものか?」
「そんなこともわかんねーのか? 好きな女の笑顔を見るために頑張るのは男として当然の事だろ?」
そういう事をしれっと言えるのはミトルのいいところなのだろうか。
冗談で言っているのか本気で言っているのかは分からない。でも、冗談でここまでするとも思えない。自惚れかもしれないがミトルは本当に私が好きなのかもしれないな。
でもそれは付き合いたいとか一緒になりたいとかじゃなくて、もっとこう兄とか父親とか家族的な好きのような気がする。チャラい奴だと思っていたが、意外といい奴だったんだな。
そしてミトルはキメ顔で両手を広げている。私が抱き着くとでも思っているのだろうか。いや、これはツッコミ待ちと言う事だろう。そうに違いない。
「私のプロポーズを断ったくせに何言ってんだ。自分で言うのもなんだが、逃がした魚はメガロドン級だったぞ? 残念ながら二度目はない」
「……はは! そうだったな! でも、ようやく認めたか! これで魔族にプロポーズされたエルフとして歴史に名を残せるな!」
そんなことで名を残していいのか。でも、嬉しそうだからミトルとしてはいいのかもしれない。プロポーズなんかしてないが、そういう事にしておいてやろう。こういうところで恩を返しておかないとな。まったく釣り合いは取れてないけど。
「さあ、フェル、話が長くなっちまったから全然食べてないだろ? いくらでも食ってくれよ。他の果物も美味しくなるように色々研究したんだぜ。肥料を変えたり、水を変えたり、数百年の研究結果を味わってくれ」
「そうさせてもらおう。リンゴ以外でもここの果物やパンは美味しいからな。片っ端から持ってきてくれ」
エルフの皆が楽しそうに色々と持ってきてくれる。どうやらミトルと一緒に研究した結果が今日の宴の料理として出されているようだ。
よし、なら私も覚悟を決めて全部味わってやるぞ。




