開かずの間
久しぶりに妖精王国の自室で眠った。
疑っていたわけじゃないが、掃除をしていてくれたと言うのは本当だったらしい。埃臭いとか、じめじめしているとかもない。いつも窓を開けて換気を欠かさなかったのだと思う。
ハーミアはここ最近一人で仕事をしていたはずだ。にもかかわらず、誰もいない部屋も掃除していてくれたのだろう。なんとありがたいことか。
その事に感謝しながら今日の予定を考えた。
今日はこれから魔界へ行こう。ヴィロー商会から食糧の用意が出来たと昨日の夜に連絡があったからな。一日で準備すると言っていたが、本当に用意するとは驚きだ。
食堂でその食糧を受け取ることになっている。朝食を食べながら待つとしよう。
準備を整えてから部屋の外へ出た。
食堂に着くと、既にヴィロー商会の商人が待っていたようだ。商人の男はこちらを見て少しだけお辞儀をしてきた。
「おはよう、もしかして待たせたか?」
「おはようございます。いえ、そんなことはございません。いま来たばかりです。では、お約束の物です。お納めください」
男は空間魔法が付与された袋をテーブルに置いた。念のため、手を入れて亜空間の状況を確認する。
……うん、間違いないな。十分な食材を用意してくれたようだ。
「ずいぶんと早かったな。こんなに早く用意できるとは思っていなかった」
「フェル様をお待たせする訳にはいきませんので。それにフェル様から投資して頂いたお金ですが、大変な金額となっておりました。ですので今回だけはお金に糸目を付けずに準備しております」
「そうなのか? どれくらいあった?」
食糧を買うぐらいでしか使っていなかったからな。もしかしたら結構溜まっていたのかも。大金貨十万枚くらいあったのだろうか。
「国家予算に匹敵するくらいですね。おそらくですが、人界中にある大金貨の八分の一くらいはあります」
「……枚数で言わなくていいぞ。特に知りたいとは思わない」
「人界中から大金貨が減っているという話が百年ほど前まであったそうですが、もしかすると……」
「だから、そう言うことも言わないでくれ。悪いができるだけお金を市場に流す様にしてほしい。そんなに大量に持っていても意味がないからな」
男は微笑みながら「畏まりました」とお辞儀をする。その後、少し会話を交わしてから食堂を出て行った。
一緒に食事でもどうかと思ったのだが、どうやらすぐにでも店を開けたいらしい。妖精王国と同じようにメイドギルドが色々と宣伝してくれているので、昨日の時点でも多くの客が来てくれたそうだ。
商人らしいことができて嬉しいのだろう。昨日、店に行ったときは閑古鳥だったからな。
それに私の投資したお金が相当な額だったようだし、色々と取引ができるようになるのだろう。正直なところ、ダンジョン経営をしなくても稼いで見せる、くらいの気持ちがあるようだ。まあ、それなりの年齢なので無理はしないでもらいたいけど。
さて、食糧は手に入れた。朝食を食べたらすぐにでも魔界へ行こう。魔族の皆に食糧を渡して、シシュティ商会から魔族を引き離さないとな。
朝食は普通のベーコンエッグだったけど美味しかった。徐々に美味しくなる料理を楽しむと言うのもアリな気がする。
そんなことを考えながらアビスのエントランスへやって来た。
『フェル様、おはようございます。昨日はよく寝れましたか?』
アビスもそんなことを言うようになったか。それとも私が目覚めたばかりだから心配してくれているのだろうか。どっちでもいいけど、アビスは随分と人っぽくなってきたな。
「おはよう。ああ、良く寝れた。『何もない部屋』にあるベッドと品質に違いがあるわけじゃないんだが、あちらの方が良く寝れるようだ」
何もないのにベッドがあるというのもあれなんだけど、昔からそう言う名前だからつい言ってしまう。まあ、アビスは気にしないだろう。
「それは良かったです。今日はこれから魔界へ行かれるのですか?」
「そのつもりだ。食糧を受け取ってきた」
「わかりました。では、ソドゴラの方はお任せください。市長選の準備をしておきます」
一か月後の市長選でエスカを再当選させないといけないからな。アビスにはその参謀として頑張って貰おう。
「よろしく頼む。色々と妨害があるかもしれないから、気を付けてくれ。アビスはともかくエスカが危険な目に遭うかもしれないからな」
「その辺りはジェイにも頼みますので問題ないです。それにレオ達をここへ呼んだと聞きました。戦力的には問題ないでしょう」
「選挙戦なのに戦力が必要と言うのはおかしい気もするが、今回は必要なんだろうな。その辺りは全部任せる。それじゃ何かあれば連絡をくれ。魔界へ行ってくる」
「はい、ではお気をつけて」
魔界のウロボロスへ転移門を開いた。
ウロボロスの私の部屋に繋がるはずなんだけど、私の部屋ってまだ使えるのだろうか。他の魔族が使っていたら申し訳ないんだけど。それにいきなり扉が出現したら驚くかな。その辺りを考慮してなかった。その時は謝ろう。
転移門を抜けると、真っ暗な部屋だった。だが、部屋が私を認識したのか、明るくなる。
宿にある私の部屋とは違ってここは掃除されていないようだ。でも、誰も使っていないのか? 内装はそのままだし、誰かが使っている様子はまったくない。
気にしていても仕方がないので、内側から鍵を開けて部屋の外に出た。
通路には魔族が何人かいて、こちらを驚きの目で見ている。
「お、お前! い、いま、開かずの間から出てこなかったか!?」
開かずの間? この部屋はそんな風に言われているのか?
「ああ、ここから出てきた。この部屋はそんな名前なのか?」
「そ、そうだけど、お前、誰だ? 魔族のようだが、お前みたいな魔族は知らないぞ?」
よく見ると随分と若い魔族だ。見た目で言えば私と同じくらいか。色々と話をしてやってもいいが、まずは今の魔王に会ってからだ。食糧供給とシシュティ商会の話をしないといけないからな。
「私の事は後にしてくれ。魔王はどこにいる?」
「おい、魔王じゃなくて、魔王様だろ? そんな言い方すると怒られるぞ?」
それはそうかもしれないけど、私のなかで魔王様は魔王様一人だけだ。他の奴を魔王様と言うつもりはない。でも、謝っておくか。
「すまない。以降は気を付ける。それでどこにいる?」
「今は第一会議室で部長会議中だけど、本当にお前誰だ? 人界で生まれた魔族か? 人界から魔族が来るなんて話はあったかな?」
「魔界生まれの魔族だが色々あってな。居場所をおしえてくれてありがとう。それじゃあな」
若い魔族達と別れて、第一会議室へ向かって歩き出した。
歩きながらウロボロスの中を見る。特に変わったところはないな。そもそも中を変えるには、ウロボロスの協力が必要だし、そういう事に魔力を使うのを良しとしない感じだから、よほどの理由がない限り変えたりはしないだろう。
『アビスから聞いていたが本当に目を覚ましたのだな』
念話が頭の中に響いた。この声はウロボロスだな。タイムリーと言うかなんというか。
『久しぶりだな。ちょっと寝すぎてこっちには来れなかったが、色々と頑張ってくれたとアビスから聞いているぞ』
『脅したくせに何を言う。だが、約束は守っている。おかげでクロノスへ送るエネルギー量も増えた。計画はかなり前倒しになったと言えるだろう』
計画というのは魔界の浄化の事か。詳しくは知らないが上手く言っているなら何よりだ。
『そうか。ちなみにどれくらいで浄化できそうだ?』
『今の状況なら五千年といったところだろう。一万年以上はかかる計算だったのだがな』
それでも結構掛かるようだ。想像できないが、魔界というのは相当広いのだろう。
そう言えば、いつか浄化された魔界を見て欲しいとお願いされていたんだった。そんな約束を忘れるほど、私は心が弱っていたんだろう。だが、もうそんなことはない。この約束も守らないとな。
『フェル。ここに来た理由はなんだ?』
『イブの息が掛かっている組織が魔族達を上手く利用している様だから、関係を断ち切る様に伝えに来た。それと食糧をそれなりに持ってきている』
『なるほど、ちょうどいいタイミングだったな。いま、魔族達は人界への侵攻を考えているようだ。そう決断した時はこのウロボロス内に閉じ込めるつもりだったが、フェルが何とかするなら傍観しよう』
『そんなことになっていたのか。というか、傍観してないで助けろ』
『余計なエネルギーは極力使いたくない』
仕事熱心というか薄情というか。ウロボロスにとっては魔界の浄化が存在意義とも言えるから仕方ないけど。まあいい。もともと手を借りる予定はなかった。自分だけで何とかしよう。
第一会議室の前に到着した。会議室からは怒声のような声が聞こえてくる。
『このまま人族に使われていていいのか! こんな屈辱をうけるなら人界へ攻め込むべきだろう!』
『その通り! 魔王様! なぜ人界へ攻め込む許可をくださらないのですか!』
『何度も言っておる。人界へ攻め込むことは許さん。どうしても攻め込みたいと言うなら私を倒して新たな魔王となれ。そして魔王として魔族に命令するのだな』
血の気の多い魔族と、冷静な魔王と言ったところか。これは早めに話をしてやらないとダメだな。早速乗り込もう。




