真の主
人型のアビスと共に迷宮都市ソドゴラへやって来た。
不死教団とシシュティ商会を相手にするなら個人の力ではなく組織の力が必要になるだろう。それに私が懇意にしているところが、シシュティ商会に色々と妨害されているらしい。それらを一つ一つ排除していかないとな。
まずはメイドギルドだ。
正直、行きたくないという気持ちもある。なんというか、怖い。
だが、そんなことは言ってられない。メノウが大きくしたギルドだ。そのメイドギルドがシシュティ商会に取り込まれそうになっているとアビスに聞いた。どんな状況か確認して、そんなことはさせないようにしないと。
ソドゴラにあるメイドギルド支部。その正面に来た。
本部はどこにあるか知られていないというが、以前、メノウから聞いたことがある。グランドマスターがいるところがメイドギルド本部になるという変わった形態だ。メノウがいた頃はソドゴラに本部があったことになるが、今はどうなのだろう。
メイドギルドへ足を踏み入れると、そこは軽食を頼めるような食堂になっている。支部はカウンターでメイドを雇う依頼をすることが主な役割だが、メイドの訓練のためにカフェもやっているそうだ。
……しかし、客が少ないな。そして客層のガラが悪い。
「いらっしゃいませ。ご主人――」
メイドが挨拶を言いかけたところで、大きな音が響いた。どうやら床に食べ物をぶちまけたようだ。サンドイッチが床に落ちている。
「ここの店じゃ、食い物に毒キノコをいれんのかよ!」
よく見てはいなかったが、私達を確認してから騒ぎ出した気がする。
「メイドを雇わせないように妨害工作をしているようですね」
アビスがそんなことを言いだした。なるほど、客の前でメイドの失敗を大声でいうのか。確かにそんなところのメイドを雇う訳がないな。
「……ご主人様、私共の作る料理にキノコを使う物はありません。なにかと見間違えたのではないでしょうか」
メイドが騒ぎ出した客に頭を下げている。あんなのでもご主人様扱いしないといけないのか。
「あぁ? それは俺が嘘をついてるって言うのか! おいおい、ここは自分達のミスを、客の間違いにする気かよ!」
露骨だ。露骨すぎる。でも、効果的か。これならここでメイドを雇おうとはしないだろう。そうやってメイドを雇う客を減らし、最終的にはシシュティ商会がメイドギルドを取り込むという作戦なのだろう。
だが、私にそんな芝居や作戦が通用するか。
……魔眼で確認したが、この店にいる客は全員シシュティ商会に雇われている奴だ。それなりの腕っぷしはあるようだが、人族の標準範囲内だな。
「申し訳ありません、ご主人様。騒がしくしてしまって……」
私達に挨拶してくれたメイドがすまなそうに謝った。
「どういう状況かは知っている。だから謝る必要はない」
そう言った後、騒いでいる奴らの近くに移動した。
「ご、ご主人様、危険――」
私を止めようとしたメイドをアビスが止める。私が何をするか分かったのだろう。
「随分と騒がしいが、どうかしたのか?」
「アンタ、ここにメイドを雇いに来たのか? やめとけやめとけ、ここのメイドは使い物にならないぜ? サンドイッチに毒キノコを入れるようなメイドしかいないからな!」
男がニヤニヤしながらそんなことを言った。
「演技が上手いな。劇団員にでもなったらどうだ? シシュティ商会に雇われるよりもその方が金になりそうだぞ?」
「なんだと?」
男が床に落としたサンドイッチを拾い上げた。落ちても原型を保っているしっかりとした作りのサンドイッチだ。
「ご主人様、それは私が――」
「【浄化】」
サンドイッチから魔法でホコリを取る。そして食べた。落ちていたサンドイッチ、五個を全部だ。
うん、美味い。当然、毒キノコなんて入ってない。入っていても私には効かないけど。
「毒キノコなんてなかったようだな。さて、お前の嘘がバレた訳だ。メイド達に謝罪してもらおうか」
「てめぇ……あん? お前、魔族かよ。なら分かってんだろ? 俺達はシシュティ商会の者だぞ? 逆らったらどうなるか、馬鹿でも分かるはずだがなぁ?」
「分からんな。馬鹿な私に教えてくれるか? ちなみに魔族はシシュティ商会と縁を切る、いやこれから切らせる。お前達シシュティ商会の魔族に対するアドバンテージなんか何もないぞ?」
全員が一瞬止まった。だが次の瞬間に、男達が大笑いになる。
「こんなに笑わせてくれるのは初めてだぜ! なんだ、お前、もしかして魔王なのかよ? それとも魔王よりも偉いのか?」
男は笑いながらそんなことを言っている。なかなか鋭いな。
「正解だ。私は魔王よりも偉い」
「……あ?」
「そして、お前達よりも強い。目障りだから店から出てって貰うぞ? ああ、お前達が飲食した分は私の奢りだから気にしなくていい。とっとと帰れ」
男の胸ぐらをつかんで、アビスの方へ放り投げた。
「おわ!」
放り投げた男をアビスが片手で掴んだ。投げられた男もメイド達も驚いている。まあ、私も大概だが、アビスも普通の女性だからな。片手で大男を掴んだら驚くだろう。
「お帰りはこちらですよ。ご主人様」
男を掴んだまま、アビスは扉を開け、男を外へ放り投げる。アビスも面白いことを言うようになったな。
店にいる男達を見渡した。
「さて、エスコートが必要なら手伝ってやる。それとも自分の足で店を出ていくか?」
まあ、この中で一番強い奴を最初に叩きだしたからな。他の奴らが掛かって来ることはないだろう。
予想通り、男達は壁際を伝いながら外へ逃げ出した。それを確認してからメイドの方を見る。
「すまないな。暴れてしまって」
「い、いえ、助けていただきましてありがとうございます。しかし、ご主人様は魔族。その、今後が大変になってしまうのでは……」
「気にするな。魔族はシシュティ商会と縁を切るから何の問題もない」
「しかし――」
「何を騒いでいるのですか?」
二階へ続く階段から、一人のメイドが下りてきた。
「ギ、ギルドマスター! 実はこちらのご主人様がシシュティ商会の男達を店から追い出してくださいました」
このメイドがギルドマスターか。なんとなくステアに似ているな。メガネを片手でくいっと上げるところがそっくりだ。
「こちらのご主人様が――」
私を見たギルドマスターの目がくわっと見開く。ちょっとびっくりした。
「黒い羊の角……燃えるような赤い髪……ニャントリオンの執事服……そして主人の風格……!」
このメイドは何を言っているんだろう。
「お名前を! お名前を聞かせてください!」
「近い近い。そんなに顔を近づけるな、ちょっと離れろ……私の名はフェルだ」
「ああ……! ああ……!」
いきなり泣き出したぞ。ものすごく怖い。
「お帰りを……お帰りをずっとお待ちしておりました! 我らメイドギルドの真の主、神殺しの魔神フェル様!」
「ちょっと待て。なんだそれ、メイドギルドの真の主って……? アビス、そんな目でみるな」
そんな物になった覚えはない。
「伝説のメイド、メノウ様の遺言です。我々メイドギルドの真の主はフェル様ただ一人。その方のために命を懸けるのがメイドの務めだと伝わっております」
「伝わるなよ」
メノウの奴、何をしたんだ。確かにメノウが「一日! 一日だけでいいですから!」と頼むから一日だけ主従契約を結んだ。メノウの嬉しそうな顔は今でも覚えている。でも、なんでこんなことに。
「確かにメノウとは一日だけ主従契約を結んだ。でもそれだけだぞ?」
「そうでしたか。ですが、一日も数百年も変わりませんので気にすることはないかと」
「いや、全然違うだろうが。それに気にするのはお前らの方だ」
「まあ、そんなことは些細な事です。ささ、フェル様、二階の部屋へいらしてください。若いメイド達を守ってくださったお礼もしたいですし、何かしらの御用があっていらしてくださったのですよね? 我らメイドギルドが全力でフェル様の希望に応えますので、二階でゆっくりお話を聞かせてください」
この押しの強さ。やっぱりメイドギルドは怖いな。だが、今は色々言っても仕方がない。それにそうなっているなら話は早いだろう。まずはお願いを聞いてもらわないとな。
「部屋にはいかなくていい。経緯は省くが不死教団とシシュティ商会を潰すことにした。そのためにメイド達の情報収集能力を借りたい。それとシシュティ商会から嫌がらせを受けているところへ腕利き……まあ護衛だな、そういう事ができるメイドを送ってほしいんだ。頼めるか?」
メイドを雇う依頼なのに、なにか間違ったことを言っているような気がするのはなぜなのだろう。メイドで腕利きっておかしいよな? いや、いいのか?
「不死教団とシシュティ商会を潰すのですか。さすがはフェル様です。お帰りになると同時にそのようなご命令をしてくださるとは……僭越ながらこの私、そのお言葉をずっとお待ちしておりました」
ギルドマスターが跪いた。そして周囲のメイドもつられて跪く。泣いているのか鼻水をすすっている音が聞こえる。
「まずは立ってくれないか。あと、もしシシュティ商会にメイドが雇われているなら引き上げてもらいたい。違約金は私が払う」
「御冗談を。フェル様のご命令とあらば、どんな契約違反でもして見せましょう。ですが、シシュティ商会に自ら堕ちた暗黒メイド達は戻せないかと。しかし、ご安心ください。メイドギルド四天王の一角、朱雀の名を持つこの私がその者達に引導を渡して見せます」
「……ああ、うん、頑張ってくれ」
メイドギルドの中でも色々あるのだろう。正直、それには関わりたくない。
跪いていた朱雀が立ち上がった。そしていつの間にか集まっていたメイド達を見渡す。
「さあ、皆さん。我らの主はシシュティ商会と不死教団の壊滅をお望みです。私達はそれを手伝える名誉をいただきました。手を抜くことなく取り掛かりなさい。もし失敗すれば、ギロチンですよ?」
ギロチンが受け継がれているのか。部外者だったら最悪の組織に見えるのだが。
「今、この時より、不死教団、およびシシュティ商会は、我々メイドギルドの敵。よって『コード:百花繚乱』を発動します。我々メイドは花。主人のために咲き乱れるのです!」
『はい!』
メイド達が全員返事をする。何を言っているのか分からないのだけど。暗号か?
そんな疑問をよそに、朱雀が私の方を見て頭を下げた。
「我らメイドはご主人様のために!」
『ご主人様のために!』
メイド達が頭を下げながら唱和した。
言っていることはスルーする。でも、こういうのも懐かしいな。メーデイアのメイドギルドはまだあるのだろうか。落ち着いたら行ってみよう。
「メイドって面白いですね」
アビスがメイド達を見ながらそんなことを言った。これを見て面白いと言う感想が出てくるアビスの方が面白いと思う。
「面白いか? どちらかというと怖いんだが」
まあいい。メイドギルドはこれで大丈夫だろう。次はヴィロー商会へ行くか。




