詐欺師
両手で自分の顔を挟むように頬を叩いた。
痛い。だが、目を覚ますには必要な威力だろう。もう、自分に都合のいい夢を見るのは終わりだ。
現実ではもう皆には会えない。
でも、皆が残した物や、気に掛けて欲しいとお願いされていることがある。一方的なお願いじゃない。私はその願いを聞いてやると約束した。親友達との約束を破る訳にはいかないよな。
はるか未来に、私が皆のところへ行くことがあるかもしれない。何もしてなかったら皆に嘘つき呼ばわりされてしまう。そんな不名誉な称号が付いたら嫌だ。もし……もしも、また皆と会う事があるのなら、胸を張って会えるようにしないとな。
そんな決意をしながら、ヴァイアの遺品を亜空間に入れて部屋を出た。随分と時間が掛かってしまったが、隣の部屋にいると言っていたはずだ。行ってみよう。
部屋をノックしようとしたところで、中から言い争っているような声が聞こえた。
『ですから、今はお金がないと言っているじゃないですか。すぐに用意しますから今日のところはお引き取りください!』
『あのですね、レヴィアさん。その言い訳は聞き飽きたんですよ。借りたお金はちゃんと返す、子供だって知ってますよ?』
『ですが、あんな利子はあり得ないでしょう!』
『それは契約時に言ってくださいよ。まあ、あの契約にサインしたのはレヴィアさんのお母様らしいですがね』
『貴方達が他のところへ手をまわしてお金を貸させないようにしたんじゃないですか!』
『心外ですね。名誉棄損で訴えますよ?』
よく分からないが、レヴィアが借金をしているのか? いや、それとも母親か?
入った方がいいような気がする。状況は分からないが、レヴィアの味方をしてやらないと。
ノックをしてから返事も聞かずに中へ入った。
中にはレヴィア、フリートの二人と、三人の男達がいる。
男二人は魔族か? 机を挟んでレヴィアの前に座っている人族の後ろに仕えるように立っている。私を見て不思議そうな顔をしているな。そして偉そうに座っている二十代後半くらいの人族の男。身なりからして商人か? ヴィロー商会のラスナがそんな恰好をしていた気がする。
「揉め事か?」
レヴィアにそう尋ねる。とりあえず、男三人は無視だ。
「あ、えっと、その……」
歯切れが悪そうにしている。あまり言いたくないのだろうか。でも、これが相談したい事なんじゃないのか?
「レヴィア、私は相談を受けると言ったんだ。困っていることがあるなら何でも言え」
レヴィアは驚いた顔になってから、申し訳なさそうにうつむいた。
「じ、実は魔術師ギルドは借金を抱えています。その返済の催促をされている所でして……お恥ずかしい限りです」
魔術師ギルドが借金? 何でそんなことに?
「いきなり入って来て何です?」
座っている男が私を胡散臭そうに見ている。私からしたらお前の方が胡散臭いけどな。
「私はレヴィアの知り合いだ。困っているようだから助けに来たんだ」
男は一瞬だけ驚いた顔になったが、すぐに笑い出した。大笑いだ。笑いが収まると、こちらを見つめてきた。
「貴方は見た限り魔族ですよね? レヴィアさんにそんな知り合いがいたとは知りませんでしたよ。それで貴方はレヴィアさんを助けに来たのですか? いや、面白い……どうでしょう、レヴィアさん、この方に助けて貰ったらどうですか? 助けられるものならね」
男はニヤニヤと笑いながらレヴィアを見ている。少々、いや、かなりムカつくな。
とりあえず、レヴィアの横、というかフリートをレヴィアと挟むようにして三人で座った。さっきからフリートが怯えている感じだからな。安心させてやらないと。
「フリート、レヴィア、もう大丈夫だ。私がいる限り、アイツらには何もさせない。安心しろ」
小さな声でそう言うと、フリートは私の服の袖をきつく握りしめた。それにレヴィアも少しだけ緊張を緩めたようだ。
「で、一体どういう事なんだ? 分かりやすく説明して欲しいんだが?」
男がニヤニヤしながら口を開いた。
「先程、レヴィアさんが言った通りですよ。魔術師ギルドは我々シシュティ商会からお金を借りているのです。なかなか返済してくださらないので、こうして足を運んだわけでして」
シシュティ商会? どこかで聞いたことがあるな。ということは相当昔からある商会なんだろう。
「期限はとっくに過ぎています。なのに返せる当てはない。ならば担保にしていた魔術師ギルドに登録されている術式の権利をくださいと言いに来たんですよ。なので貴方もレヴィアさんを説得してもらえませんか? こう見えて私も忙しい身分でして、何度もこんなところまで来るのは大変なんですよ。こちらが誠意を見せているんですから、そちらもお願いしますよ」
レヴィアの方を見ると、悔しそうにうなずいた。どうやら本当の事のようだ。
「レヴィア、術式の権利と言うのはなんだ?」
「魔術師ギルドに登録されている術式に関しては、著作権といいますか、その術式を使った魔道具を作るのにお金を払う必要があるのです。ですので、借金を返せないならその権利を渡せ、とそう言っているのです」
「おやおや、なんだかこちらが悪者の様ですね? これはちゃんと契約に基づいたものですよ? サインしたのは先代の魔女でしたがね」
「詐欺同然の契約だったくせに……!」
レヴィアがそう言うと、男はまた笑い出した。
「詐欺はそちらでしょう? いえ、貴方が詐欺師と言うのではなく、初代魔女ヴァイアでしたか? その女が稀代の詐欺師だというのは、有名な話ではないですか」
ヴァイアが……詐欺師?
「違います! ヴァイア様は……ヴァイア様は多くの術式理論を作り上げた天才です!」
「それが嘘だと言うのですよ。それが証拠に初代魔女が登録している術式に関しては、タダ同然で使えるじゃないですか。どこかの遺跡で見つけた術式をさも自分で開発したように見せかけたのでしょう。でも、罪悪感があったようですね。だから少ないお金で皆に使わせているんじゃないですか? 大体、自分で開発した術式なら独占するはずですよ。それか高いお金を払わせるものです」
男の言っている事がよく分からない。
ヴァイアはそもそもお金に固執していなかった。皆のために誰にでも使える術式を考案していたんだ。術式を独占なんか、ましてや金儲けなんかに使う訳がない。
それにしても、ヴァイアが詐欺師、か。それが今の評価なのか? 私が眠っている間にそんなことになっていたのか?
そうか、隣の部屋でフリートが言いかけたのは、初代魔女は詐欺師、ということだったのか。だから嘘だと言ったんだな。
嘘なわけがあるか。私はヴァイアをずっと見ていたんだ。ヴァイアが詐欺師なんて不名誉な称号を持っているなら、私が払拭してやらないと……だが、まずは借金か。
「話は大体分かった。それで借金はいくらあるんだ?」
「大金貨で二百枚ほどです……」
レヴィアが元気なく答える。なるほど。大金だな。
「そうですね、正確にはもう少しありますが、一括で返してくれるなら大金貨二百枚でいいですよ?」
男はそう言いながらニヤニヤしている。殴りたいが我慢だ。
「そうか、なら感謝しよう。大金貨二百枚だ。これで借金はチャラだな?」
亜空間から大金貨二百枚を取り出して、机の上に置いた。
「なっ!」
その場にいた全員が驚いている。
まあ、いきなり机の上に大金貨が二百枚でも出てくれば、だれでも驚くか。
私のお金はヴィロー商会で預かってくれと言ったんだが、もう大量に預かっているから自分で持っててください、とラスナから渡されていたからな。役に立って良かった。
「念のために二百枚あるか数えてくれ。だが、それと並行で領収書を用意しろ……いや、借用書か? とりあえず借金を返済したという証明書を持って来い」
「フェ、フェルさん! こ、こんな大金……!」
「レヴィア、安心しろ。術式の権利を渡せなんて言わないから。これは、そう、投資だ。魔術師ギルドへの投資。だから何も言わずに受け取っておけ」
「馬鹿な! なぜ魔族のお前がこんな大金を持っている! この金は一体どうしたんだ!」
「どうしたもこうしたも私が稼いだお金だ」
稼いだというよりも、ヴィロー商会が私に押し付けたんだけど。ダンジョン運営の利益とかで。
男は睨むように私を見ていたが、何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻したようだ。
「……私としたことが取り乱してしまいました。それに忘れていましたよ。元金は大金貨二百枚ですが、利子があります。さらに倍で大金貨四百枚です。借金を返すと言うならそちらも返してもらえますか?」
「元金と同じだけの利子なんてあるわけないでしょう!」
レヴィアが怒りの声を上げた。だが、男の方はどこ吹く風だ。
「それだけ長期に貸していたのですよ。不服なら国に申し立ててください。まあ、国がどちらの意見を聞くのかは分かり切ってますがね」
「借金は全部で大金貨四百枚ということか?」
「ええ、その通り。一括でお願いしますね」
「分かった。なら迷惑料込みで大金貨五百枚くれてやる」
そう言って机の上に大金貨三百枚を追加した。
全員が目と口を大きく開けている。正直なところ、後五万枚くらいはだせるぞ。亜空間が圧迫されていたから丁度いいくらいだ。
「惚けていないで借金返済の証明書を急げ。私もこう見えて忙しい身分なんでな、何度もやり取りするのは面倒だ。一括で全部返すから相応の誠意を見せてくれよ?」
相手の悔しそうな顔をみるという趣味はないんだが、ちょっとだけ気が晴れたかな。




