皇帝
昨日、泊まった家の前で、エルフ達とウル達が面と向かっていた。かなり緊迫した状態だ。
エルフのほうは三人の長老が座っており、そのすぐ後ろには隊長とミトルが立っていた。そしてその周囲をエルフ達が取り囲んでいる。
ディーンのほうは、ディーンがプレートメイルを脱いだ状態で座っており、ウル達がその後ろに立っていた。
「ディーンと言いましたかな? 謝罪をしたいとのことですが、本当の事ですかな?」
「待て待て、なぜここでやるんだ。もう帰りたいから、私達が帰った後にやってくれないか?」
家から村の出口まで行くのにものすごく邪魔だ。私は転移出来るが、他の皆はこの対立している間を歩かないと帰れないだろうが。窓から出ろとでも言うのだろうか。
「ほっほっほ、フェル殿もぜひ居て頂きたいですな」
「ああ、アンタにも居てもらいたい」
嫌だ。早く帰ってニアの料理を食べたい。……もしかして、依存症なのだろうか。
「戦の匂いがする。フェル姉ちゃん。見ていこう?」
「アンリはちょっと黙っていてくれるか。それに、言っておくが、これからアンリは村長に怒られるんだぞ。もしかしたらここに来た奴ら全員が怒られる。少しでも早く帰って謝った方が良い」
ディア達がびくっとした。気づいていなかったのだろうか。
「大丈夫。たんこぶは子供の勲章。問題ない」
なるほど。覚悟ありか。なにか違う気がするけど。
「まあまあ、俺に任せてくれよ」
ミトルが何か言い出した。どうせロクでもないことを言い出すに決まっている。
「フェル、土産にリンゴを十個やる。だから聞いていけ」
「良いだろう。出来ればジャムもつけてくれ」
「リンゴ十個に、ブルーベリーとリンゴ、それに桃のジャムもつけよう」
ミトルが輝いて見える。実はいい奴だったのか。
「わかった、とりあえず、謝罪が終わるまで居てやろう」
エルフがゴザを持ってきてくれた。ここに座れと言うことだろうか。仕方がないので胡坐をかいて座った。
ヴァイアに「フェルちゃん、その座り方は女子力が低いよ」と言われた。大丈夫だ、そんな能力値はない。
座っていると、何も言わずにアンリが胡坐をかいている足の上に座った。重いんだけど。
「はじめて。あと、リンゴジュースもってきて」
なんでアンリが仕切るのだろうか。だが、リンゴジュースは賛成だ。
長老とディーンが呆気に取られている。安心しろ、私もだ。
「まずは名乗らせてもらおう。傭兵団『紅蓮』の団長をしているディーンだ。早速だが、謝罪しよう。エルフ達にいらぬ騒動を与えてしまい申し訳ない。今は無理だが、落ち着いたら今回の詫びに何でもしよう」
ディーンは頭を下げた。土下座ではないがそれなりに謝罪の意思はあるように見える。エルフ達はどう思っているのかな。
しかし、傭兵団の名前が紅蓮? 紅じゃないのか? ディーンはフリーの傭兵とか言っていたから、団長になったときに名称を変えたのだろうか?
「なぜこのようなことをしたのかを説明してくれぬか?」
「わかった。まず、俺の仲間をエルフの長老達に成り代わらせることで、エルフ達を操り、戦力にするつもりだった」
戦力? さっきも仲間になれとか言っていたから、傭兵団を強くしようとしているのだろうか?
「なぜ、そのようなことを考えたのじゃ?」
「俺はこれから大きな戦を起こす。そのために力のある奴らを増やす必要があった」
私の目から見るとエルフ達はそれほど強くないけど、ウル達は規格外みたいだし、スライムちゃん達は問題外だからな。エルフ達を戦いにつかえるならそれなりの戦力になりそうだ。
「今、俺はこの傭兵団の奴ら以外に頼れる人族はいない。だから、エルフやドワーフ達を戦力として仲間にしようと考えていた」
「普通に頼まなかったのは何故じゃ?」
「エルフ達が人族のことに興味があるとは思えない。騙すしかないと思っていた」
それは分かる。ミトルはともかく隊長なんかは絶対に首を縦に振らないと思う。
「そうじゃな。人族の事は特に興味はないの。魔族には興味があるがの」
長老が私の方を見て少し笑った気がした。聞いてるだけだから話題に上げないでくれ。
「それは奇遇だな。俺も興味がある」
やめろ。
「ひゅー、フェルちゃん、モテモテだね!」
「ヤト、ディアをその辺に埋めておけ。魔物に襲われたことにしよう」
「エルフの村に人族を埋めないでくれないか」
隊長に怒られた。これは魔族ジョークだ。笑うところだったのだが。もしかして、私には笑いのセンスがないのだろうか。
「そこで、だ。改めてエルフ達に協力を求めたい。今度起こす戦争で力を貸してほしい」
「お断りしましょう。エルフは人族の争いに力を貸すことはありませんな」
一瞬も考えなかったな。同じ種族同士で戦争するなんて人族ぐらいだし、人族同士が争っても他種族には関係ないことだから考えるまでもないか。
魔族が人族を襲っていたのは勇者がいるからだ。それ以外の理由では人族に興味はない。今は事情が違うけど。
ヤトも同じかな。獣人は人族に恨みがあるだろうから、同じ人族に協力することはないと思う。
「だろうな。だが、俺の起こす戦争の相手はエルフ達にも関係がある」
そういえば、ディーン達は誰と戦争するのだろうか。
「我々エルフが関係のありそうな相手と言えば……」
「そうだ。ルハラ帝国だ。俺はあの国と戦争する」
ヴァイアの話では二年前で五百人程度の規模だと言っていたな。その後にどれぐらいの規模になったか知らないが、国を相手取って勝てるものだろうか。
それにしてもエルフ達とルハラ帝国は何か関係があるのか? 地理的には近いけど。
「我々エルフが関係あると言いましたな? 理由を聞かせてもらっても?」
うーん、長老や周囲のエルフが食いついたな。ディーンが主導権を握っている気がする。謝罪がメインじゃなくなってきた感じだ。さて、どうなるかな。
「ルハラ帝国が境界の森へ侵攻する可能性が高い。半年ぐらい先だとは思うがな」
半年。結構早いな。
「おいおい、今は休戦中だが、あの国はウゲン共和国やトラン王国と戦争しているだろ? こっちの森に侵攻してくる余裕なんてないはずだぜ?」
ミトルはルハラ帝国にある街を拠点にしていると言っていた気がする。それなりに情勢には詳しいだろうから情報は合っているんだろうな。
「その通りだ。だが、ルハラ帝国にあるダンジョンからかなり強力な戦略魔道具が見つかった。おそらく、この森で試し撃ちをするはずだ」
戦略魔道具か。数十人規模の魔力を消費して広域魔法を発現させるやつだったな。メテオストライクと似たような感じかな。それにしてもルハラ帝国にはダンジョンがあるのか。一度行ってみたい。
「【戦略魔道具が見つかったのは本当の事ですかな?】」
「本当だ」
長老は質問に虚偽を見抜く魔法を使ったようだ。長老の様子を見た限りディーンの回答は嘘ではないようだな。
「では、なぜ、境界の森で試し撃ちをするのですかな? 特に条約や協定はありませんが、エルフとルハラ帝国はお互い不干渉でしたぞ?」
「試し撃ちについては、周辺国への威嚇だ。力を見せつけて隷属させるつもりだろう。それに今までは不干渉だったとしても、これからもそうだとは限らない。とくに今の皇帝は本気で人界を征服するつもりだ」
おお、人界征服。これまでの歴史でも達成した奴は居ないと聞くが出来るのかな。
「そして、今の皇帝は人族至上主義だ。人界から人族以外を滅ぼすか、奴隷にする以外は考えていないぞ」
長老がミトルの方を見た。それに対してミトルが頷く。どうやら本当の事らしい。
「俺はルハラ帝国でもかなりはずれの町を拠点にしているから、エルフでも迫害されたりはしてねーけどな。だが、帝都まで行けば、多分捕まって奴隷にされる可能性がたけーよ」
なんで、そんな国の町を拠点にしているのだろう? 長老達も森の奥の方に住んでいるし、エルフってマゾなのかな?
「俺はルハラ帝国で情報収集をしているんだよ。定期的に情報をこっちに送ってるんだって。変なものを見る目をやめてくれ」
おっと、顔に出ていたようだ。
「ふーむ……」
長老が考え込んでしまった。時折、他の長老達とぼそぼそ話している。
「そこで先程の提案だ」
ディーンがエルフ達を見渡した。そして、私とも目が合う。
「俺が今の皇帝を殺し、新たな皇帝となる。そうすれば、ルハラ帝国がエルフの森に攻め込んだりはしない。だから、俺が皇帝になるために力を貸してくれ」




